七章 天詠みの島へ
マークスはいまもただひとり、船の舵を取って海を渡っていた。
あの頃となにもかわらないまま
マークスが
この数十年、マークスは世界中を旅した。
その方法を知っているかも知れないと言われた
その間には無数の冒険があり、無数の出会いと別れがあった。その一つひとつが伝説として後の世に語り継がれるものだった。
僕がおばあちゃんから聞かせてもらったマークスの伝説のほとんどは、この頃のことが元になっていた。その伝説を聞いたおとなの人たちは、
『あんなものはただの伝説さ。物好きな連中がおもしろおかしくでっちあげただけで、実際にはそんなことはなにひとつなかったのさ』
なんて笑っていたけれど……でも、ちがった。僕の聞いてきた伝説なんてマークスの経験した冒険のなかのほんの一切れに過ぎなかった。
マークスは誰にも知られず、伝説にもならない歴史の裏で、数えることも出来ないほどの冒険を、生命の危険をくぐり抜けてきていた。
そのたったひとつの目的のために。
そして、いつの頃からかマークスは『海賊王』の名で呼ばれるようになっていた。それでも――。
マークスは
そのための方法を見つけ出すことすら出来なかった。
そして、その方法を知ると言われる
マークスはすでに海賊として世界中の至る所を旅していた。いまや、行っていない場所はただひとつ。
マークスはいま、最後に残されたその場所に向かい、舵をとっていた。
「……そうだ。なにも、世界中を旅する必要などなかった。神代の英知を残す
マークスはそう呟いた。
そうだ。最初からわかっていたんだ、そんなことは。
それなのに、『あの場所』にだけは近づこうとしなかった。無意識のうちに、いや、自分をごまかしていただけで実は意識的に避けていたのかも知れない。
その
「今度こそ……今度こそ、あなたを人間に戻してみせる」
マークスはその決意を言葉にし、最後の場所へと向かう。
もちろん、そんな名前が正式につけられているわけじゃない。ただ、ただ、
それがいまでは正しい名前。島にとっては迷惑だっただろうけど。
マークスは船を
もう何十年前になるのか。
マークスは
そこは、あの頃となにもかわっていなかった。
異界の
「……かわらないな。ここだけは」
マークスはそう呟いた。
この何十年もの間、人類は異界に汚染された地域の浄化作業に必死に取り組んできた。
マークスの去ったあともマークスの残した組織は立派に機能していたし、マークスの育てあげた後進たちはそれぞれに自分の責任をきちんと果たしていた。
その意味でマークスは決して『人類への責任』を投げ出したわけじゃない。『人類への責任』を果たした上で、
必死の努力の甲斐あって、世界のほとんどはすでに浄化されていた。異界の
この
この島だけはなぜか、誰も浄化しようとはしなかった。
単純に、他の陸地から遠すぎて手がまわらなかったのかも知れない。
何百万という人間が生命を落とした場所に近寄りたくなかったのかも知れない。
あるいは――。
それ以外のなにか別の、近づくことを
ともかく、この
マークスは異界の匂いのこびりついた空気を吸いながら、腐った体を引きずってうごめく、生ける死体のなかをひとり、城に向かう。
マークスは城の前で立ちどまった。その城を見上げた。白亜の壁をもつ美しい城を。
「……そうだ。どうして、あのときに気がつかなかった。この城は異界のものではない。この世界のものだ。
この城がただの城であるわけがなかった。そのことに気がついていれば、
自分のうかつさを噛みしめながらマークスは城のなかに入った。
真っ先に大広間に向かったのは自然なことだったろう。何十年もの昔、マークスはこの大広間で一千万の兵士たちを指揮して
「……やはり、誰もいない、か」
静まり返った無人の大広間。
あの頃となにかわらないまま、ただ人の気配だけが失われた大広間。
その大広間を見渡しながらマークスは呟いた。
心のどこかで期待していたんだ。
あの戦いで散っていった兵士たちが亡霊となって現れて、自分に対する恨み言を述べてくれることを。
あの犠牲は仕方のないことだった。
死者のひとりも出さずに
みんな、世界の未来のために死を覚悟して戦った。それを悔やむなど、その人たちの覚悟に対する
まして、亡霊となってさ迷っていることを期待するなんて、あってはならないこと。
それはわかっている。
わかっているからマークスはかの
――多くの兵士を死なせながら自分は生き残ってしまった。
その罪悪感はあれから何十年もたったいまでもマークスの心を縛っていた。
だからこそ――。
もしかしたら、ここに来たら死んでいった兵士たちの霊に会えるかも知れない。そんな期待を無意識のうちにしていた。でも――。
「……あるはずがない。死んだ生命は戻らない。だからこそ、生命は尊いのだし、生命を奪うことは許されざる罪なのだ」
その現実を受けとめ、マークスは大広間を去ろうとした。そのとき――。
大広間の一番奥、そこでなにかが動いた。
なにか、モヤモヤとした黒っぽいものが漂っていた。
火事のときに出る黒い煙を半分、透明にして薄めたような、そんなもの。
そのモヤモヤが徐々に姿をはっきりさせた。その姿を見たとき――。
マークスは目を見開いた。
「馬鹿な……。なぜ、きさまがそこにいる」
そこにいたもの、それは――。
人類の天敵。
かつて、人類がその総力をあげて戦い、
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