六章 巫女さまただおひとりの騎士である!
「やれやれ。今日もまた同じ曲を弾きつづけているな、あの『壊れたオルゴール』は」
「ああ。まったく、嫌になるぜ。毎日まいにち一時の休む間もなく同じ曲ばかり聞かされるんだぜ。たまったもんじゃねえよ」
「まったくよね。こんなことじゃ、あの曲が頭のなかにこびりついておかしくなっちゃうわ」
「
「まったくよね。王さまも『壊れたオルゴール』なんてさっさと片付けてほしいもんだわ」
王都のいたるところでそんな会話が交わされるようになっていた。
『壊れたオルゴール』
人々はいつか、王宮の最上階に安置され、
気持ちはわからないでもない。なにしろ、毎日まいにち途切れることなく同じ曲ばかり聞かされるんだ。うんざりもするだろう。頭にもくるだろう。耐えられない思いもするだろう。でも、やっぱり――。
恩知らずだと思う。
人類が
でも、もう、人々はそんなことは忘れていた。
そのマークスは今日も激務の合間を縫って、
「……
マークスは
「あなたがこの世界を
マークスは呟く。
皮肉なことだけど、人々から
『
そう言って、日に一度は王宮の最上階に向かい、巫女さまを崇めていた。でも――。
この数年で事情はすっかりかわった。騎士団の活躍によって残されていた
それはすべてマークスの指揮によるもの。マークスが騎士団を率いて
そのなかで、人々はこう言うようになった。
『我々を守ってくれているのは勇者マークスだ。毎日まいにち飽きもせずに同じ曲ばかり奏でている『壊れたオルゴール』などに用はない』
そう。
マークスが世界の復旧に努めればつとめるほど、人々は
その分、マークスに対する声望はどんどんあがっていった。マークスは歴史上の、いや、神話上の神々と比べてもずっと大きな賞賛を受ける人類史上最大の英雄になっていた。
「ちがう! ちがう、ちがう、ちがう!」
マークスは両拳を握りしめて叫ぶ。
「おれは英雄なんかじゃない、ただの人殺しだ! 『よくも夫を殺したな』、『息子を返せ!』、そう
「マークスさま」
静かな、だけど、その裏に深い怒りと苛立たしさを込めた声がした。
マークスの婚約者、第一王女サライサ姫だった。
「相変わらず、巫女さま
――未練がましい。
お姫さまの目がはっきりとそう言っていた。
「……殿下」
「わずかでも時間が空くとすぐここにおいでになられるのね。いったい、いつまでこの自動人形にこだわるおつもりなのです?」
「………」
「いい加減、過去よりも未来のことに目をお向けなさいませ。あなたはいったい、いつになったら、わたしを抱くのです?」
「なんとはしたない。一国の姫さまともあろう方が婚前交渉を望むなど……」
「ならば、さっさと結婚すればよいでしょう。父上も、母上も、それになにより民衆たちがそう望んでいるのです。あなたが一刻も早くわたしと結婚し、玉座を継いでくださることを。あなたが
「……世界にはいまだ多くの
はああ、と、お姫さまは溜め息をついた。はっきりと――。
マークスの態度を
「あなたはいつもそう。そうやって、ご自分の責任から逃げつづける。世界の復旧が大切だからこそ、あなたはわたしを抱かなくてはならないのでしょう。
「……あなたはまだお若い。子を産むことをあせる必要はありません」
「また、くだらないごまかしを。女が子を産める時間には限りがあります。ひとりでも多くの子を産むために、早くから
「………」
お姫さまの言葉に――。
マークスは押し黙った。拳を握りしめ、うつむき、じっと床を見つめていた。つまり、マークスはお姫さまの言うことに反論することが出来なかったんだ。
はああ、と、お姫さまはもう一度、溜め息をついた。
「あなたは結局、戦場以外ではなんの役にも立たないのですか? そうではないと言うのなら、男としての
お姫さまはそう言ってその場を去った。あとには――。
うつむいたままのマークスと、
「どういうことなのです、陛下⁉」
マークスは玉座の間にいる国王に詰め寄った。
国王はあからさまに怯えた姿を見せた。王さまとしてはあまりに威厳のない姿だけど……これは、仕方ないと思う。だって、このときのマークスの形相ときたらまさに『鬼』と呼ぶにふさわしいものだったから。
王さまの護衛である衛士たちも、王さまを守るためにマークスの前に立ちはだかるべきかどうか迷っている様子で、槍を構えたままウロウロしていた。なにしろ、相手は第一王女の婚約者で次期国王。そんな相手の前に立ちはだかり槍を向けるなんて、たしかにはばかられるだろう。それでなくても相手は王国最高の騎士。しかも、怒り心頭。下手に立ちふさがったりして剣を向けられたりしたら……。
――なんで、よりによって自分が当番のときにこんな事件が起こるんだ!
そう運命の理不尽さを呪っているのがはっきりわかる顔になっていた。
マークスはそんな衛兵たちのことなんてお構いなしに王さまに詰め寄った。
「
「し、しかたないのだ!」
王さまは叫んだ。
ほとんど
そう。このときのマークスの様子を見れば誰だってそう思うはずだ。それぐらい、このときのマークスは怖かった。王さまは半ば逃げ出そうとしながら――このときのマークスを相手に半ばは踏みとどまっているなんてすごい。本当の勇気の持ち主なんだと思う――説明した。
「王都中の民から陳情が寄せられているのだ。『毎日まいにち一時の休みもなく同じ曲ばかり聞かされるのはもう耐えられない! なんとかしてくれ。出来ないならこっちでやるぞ!』とな。これ以上、巫女どのをあのままにしておけば暴動が起きてしまう。曲が聞こえないようにするしかないし、そのためには宝物庫の奥深くにしまうしかないのだ」
「しまうなどと! 巫女さまは物では……」
「見苦しい」
氷みたいな声と共に現れたのは――。
マークスの婚約者、第一王女サライサ姫だった。
「……殿下」
「そんなに巫女さまのことが大切なら、さっさとわたしと結婚して王となれば良いでしょう。そうすれば国王特権で巫女さまを演説用のテラスに飾り、人々に感謝の念を捧げるよう命令することも出来ますよ。どうです? あなたにそれだけのことをする度胸がおありですか?」
「くっ……」
マークスは唇を噛みしめ、そして――。
その場を立ち去った。
そんなマークスにサライサ姫は
「父上。早く、あの自動人形を片付けてしまってください」
「あ、ああ……」
娘に言われ――。
国王陛下は巫女さまを宝物庫に移動させるよう命令を下した。
宝物庫の一番奥。
王国伝来の数々の宝と共にしまい込まれた
その巫女さまの前にマークスはひとり、立っていた。
「……
その呼びかけにもかかわらず――。
「どうか、人々の忘恩をお許しください。かの
マークスはそこまで言って口を閉ざした。その両目にはっきりと怒りの色が浮かんだ。
「お許しください、だと? そう。確かに巫女さまは許してくださるかも知れない。だが、マークスよ。お前はどうだ? お前はこの忘恩の行いを許すことができるのか? いや、許したいのか? 許していいと思っているのか? 否! 断じて否! このような忘恩の行い、許してたまるものか!」
マークスはそう叫ぶと王国の紋章を引きちぎり、床に投げ捨てた。
「
「
「『壊れたオルゴール』を持ち出して逃げる気だ、とめろ、騎士マークスをとめろ!」
港は大騒ぎだった。
そこには、マークスがいた。右手に血塗られた剣をもち、左肩にハープをかき鳴らしつづける
あたりにはすでに何人もの騎士たちが倒れている。
マークスは王国最高の、いや、人類最強の騎士。だからこそ、
「さがれ! 騎士マークスはすでに、
その宣言に――。
マークスを取り囲む騎士たちは明らかに怯んだ。
マークスはそのなかを歩んでいく。堂々と、力強く。まるで、
そして、居並ぶ騎士たちに見送られながら
港には美しい顔を怒りの形相にゆがめた『もと』婚約者、第一王女サライサ姫が立っていた。
「……マークス、マークス」
手のひらに爪が食い込み、皮膚が破けて血が噴き出した。それほどに強く拳を握りしめながらサライサ姫はその名を呼びつつける。
「マークス。わたしはあなたを許さない。あなたのこの裏切りを決して許さない。逃がしはしない。あなたがどこに行こうと……必ずや、裏切りの報いは受けさせる」
第一話完
5月22日19:00より、第二話開始
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