三章 最初の勝利
「進め! 怯むな、怖れるな! 波状攻撃をしかけて間断なく攻めつづけろ! やつに一時たりとも休む暇を与えるな!」
戦場に騎士マークスの
「いくら強くてもやつはひとりだ! 助けはこない、かわりはいない、休むことも出来ない! 攻めて、攻めて、攻めつづければ、いずれは体力も
おおおっー!
マークスの
一〇〇人、二〇〇人、いや、それ以上。それだけの数の兵士たちがひとつの塊となって突進していく。剣を、槍を、斧を、ありったけの武器をもって
そのたびに
世界を異界へとかえないために。
自分たちの子や孫や、さらにその子たちの未来を守る、そのために。
戦っているのは兵士だけじゃない。傷ついた兵士を救うために同行している看護士たちも必死の戦いを繰り広げていた。
いまだ
――これは、どう見ても助からないだろう。
素人の僕でさえそう思うような重傷の兵士たちも見捨てない。抱えあげ、背負い、必死になって後方の拠点へと運んでいく。
拠点には何十人という医師たちが控えていた。運ばれてきた兵士たちに次々と応急処置を施し、船旅に耐えられるようにする。そこからは船乗りたちの仕事だ。傷ついた兵士を船に乗せ、体力のつづく限り海を行き来して兵士たちを人間の世界へと運んでいく。兵士たちはそこで治療を受け、作り物の手足をつけられ、再び戦場へと戻ってくる。
――これが、千年前の戦い。
僕はその光景に圧倒された。唖然とし、呆然とした。
なんて言う過酷な戦いだろう。伝説には聞いていた
勝って生き延びるか、負けて滅びるか。
そのどちらかしかない究極の戦い。
それを差し引いてもやっぱり、この戦いはひどいものだった。見るに耐えなかった。でも、見なければならない。見届けなければならない。この人たちがすべてを懸けて
ともすれば、背けてしまうそうになる顔を必死に正面に向けて、僕は人類と
兵士たちは突進を繰り返す。殺されても、殺されても、後からあとから次の兵士が現れて突進を繰り返す。そんな兵士たちを鼓舞し、守っているのは騎士マークスの
『人類』という種は決して
その戦いを見つめるうち、僕の目頭は熱くなった。
涙がこらえられなかった。
悔しかった。
悔しくて、くやしくて、仕方なかった。
どうして、僕はあの戦いに参加できないんだろう。戦うことが出来ないならせめて、傷ついた兵士たちに包帯のひとつも巻いてあげたい。死に行くなかでただ一口の水を求める兵士の口元に水を運んであげたい。
でも、出来ない。
マークスの記憶に共鳴して過去を見ているだけの僕にはこの世界になにかをすることはできない。ただ、見ていることしか出来ない。
いつの間にか僕は手のひらに血が滲むほど強く、拳を握りしめていた。
戦いは一年にもわたってつづいた。
人類の総力を結集した一千万の精兵たち。
その精兵たちが一年の間、一時たりと休む間もなく攻めたててなお、倒すことの出来ない存在。
それが、
最初にいた数は一千万。そこに、さらに何十万という補充があった。それなのに一年たったいま、満足に動ける兵士はほんの数千にまで減っていた。
――なんてことだ。
僕は震えた。
恐ろしさに身がすくんだ。
――これが、
指揮すべき兵士たちのほとんどを失ったマークスはいま、
マークスの目に宿る光は全然、衰えていなかった。
――愚かな騎士よ。
――いや、罪深き人間、か。見よ。おのれのまわりを。この島を埋め尽くすほどにいた人間どもはいまやほとんどおらん。皆、死んでいった。きさまの指揮のもと、きさまに煽られ、無駄に死んでいったのだ。それなのに、きさまはこうしてのうのうと生きている。なんとも罪深きことよな。
「……黙れ」
マークスは答えた。
「無駄などではない。無駄に死んだ兵などひとりもいない。その証拠に見ろ! きさまは一年前には何百という人間を一瞬で
嘘だ。
強がりだ。
マークスは嘘をついている。
僕にはそのことがはっきりとわかっていた。他ならない、マークスその人の記憶に共鳴している僕には。
――何百万という兵を無為に死なせながら、自分はこうして生きている。
そのことに対する罪悪感、その大きすぎる罪に対する不安、恐怖。それは、
――だが! だからこそ。
マークスは心に叫ぶ。
――おれがこいつを倒さなければならない。そうでなければ、何百万という兵士たちはなんのために死んでいったんだ!
見ていろ、皆。おれは必ずこいつを倒す。
その思いと共に――。
マークスは最後の切り札を取り出した。
それはひとつの小瓶。透明な水晶の瓶のなかに深紅の液体が入っている。
それは、
瓶のなかに封じ込められて一年以上の時を経てなお、固まることも、乾くこともない、神聖な生命力に満たされた聖なる血。
マークスはその血を
「いいですか、騎士マークス」
「戦いの最後にこの血を使ってください。この血を使えば
ですが、くれぐれも言っておきます。この血を使うのは最後の最後、
マークスは
増えるばかりの被害。次々と死んでいく兵士たち。弱らない
それを見ているうちに何度、この血を使って
マークスはそっと小瓶の蓋を開けた。
――おれも行くぞ、皆。おれを
その思いを抱えながら――。
マークスは突撃した。
「これで終わりだ、
マークスが叫ぶ。
そして、ついに――。
マークスの剣が
――ぐおっ! こ、これは……!
「
渾身の力をもって振るわれたマークスの剣。その剣が
そのとき、その瞬間こそ――。
歴史上はじめて、人間が
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