06 四品目、ドラゴンステーキ

 ときの流れは早いもので、最初の村を出てからはや数ヶ月。

 動く壁石へきせき集めもやっと終了し、俺たちは最初の村まで戻ってきていた。

 

 おかげで装備が結構すごい。

 冒険者らしく、オルハリコンのコック服になった。


「準備はいい?」


 女神は神妙な面持おももちで震える手をおさえながら、最後の石を壁にいれた。そんな演出されても。


「うわっ」


 ぴかーっと光る壁。その瞬間、ごごごごごっと地面がゆれた。


「なんだ!」


「あっちですじゃ」


 勇者の叫びに、村長がほこらを出て村のほうを指でさした。

 そこは、俺と女神がこの世界に下りたった村の中央あたり。

 一本の光の柱が天まで伸びていた。


「魔王がでるわ!」


「え、あっち? こっちの壁は?」


「こっちはスイッチよ。封印されてるのはあっちよ」


「へぇ……」


 まぎらわしいな。てっきり絵の中に入って、魔王の世界にいくとか、そういうワクワクな展開を期待していたのに。


「最終決戦ね。みんな、ここまでよく頑張ってくれました。女神はみんなの協力を頼もしく思います。でもこれからの戦いはきっとさらに厳しくなる……無理にとはいわないわ、でも、お願い! 私についてきて!」


 女神はめに入った。その言葉に俺以外の全員がうなずく。

 いや、急に最終決戦前の会話ぶっこまれても困るぞ。


「料理人もいい?」


「え、あぁ」


「それじゃ、いくわよ、みんな!」



◇◇◇



 村の中央。魔王の前にきた。


われを目覚めせし者よ。礼をいおう、おかげで再びこの世界に君臨くんりんできようぞ」


「魔王! 覚悟」


 勇者が斬りかかる。返り討ちにされた。


「ふぁいあーす……」


 村長が呪文をとなえた、途中ではらわれた。


「みゃー!」


 チャトラーが疾風しっぷうのごとく魔王へかみつく。だが、魔王に頭をでられ、その場でゴロゴロと鳴いている。


「愚か者め、うぬらの攻撃など痛くもかゆくもないわ!」


「くっ、卑怯な、魔王。おとなしくそのドラドラハンマーを私に渡しなさい!」


「断る。これはこの世で最後のドラゴンの肉、やすやすと奪われてなるものかぁ!」


 魔王が女神に攻撃をした。黒炎こくえんの大蛇が女神に襲い掛かる。


「きゃあああああ」


「めがみー」


 女神の悲鳴に勇者が叫び、立ち上がる。


「オレの仲間は、傷つけさせない……!」


 ……うん、なにやら盛り上がってるところ悪いが、バトルシーンとかだるいからサクッと終わしたい。


「すみません、もういいですか」


 俺は魔王に確認した。


「ほう、これはなかなかのたたずまい。そうか、貴様が我を目覚めさせたのか」


「えぇまあ」


「ならば礼をいおう。貴様のおかげで再びこの世界に君臨できた」


「どういたしまして」


「ふむ、その物怖ものおじしない態度、気に入った。なにか褒美をとらせよう、汝、我が配下となるか?」


「いや、配下とか嫌なので、褒美にそのドラゴンミート? ミートハンマーをください」


 女神のやつ、そのたびに呼び名を変えるから魔王の武器の正式名がわからない。


「それは断る」


「そうですか。じゃ」


 俺はフライパンを取り出す。

 そう、もちろんオルハリコン製のフライパンだ!


「必殺! ドラゴン! ゾーラァ‼」


「ぐわ————————っ」


 放たれる竜炎りゅうえん

 青白い業火ごうかうずは敵を封じ、その身を灰燼かいじんへとかえた。

 散りゆく灰は空高く舞い、天へと消えていく。


「……やったわ!」


 ひとときの静寂せいじゃくのあと、女神が涙を浮かべ感嘆の声をあげた。

 広間に響く、喜びの声。そんな中、俺はつぶやいた。


「あの、ほんともういいかな」


 そろそろ茶番いいかな。

 さっさと魔王からドロップしたミートなんとかを食べようぜ。


「じゃあ、料理人。ステーキが食べたいわ!」


 女神は今日一番の笑顔で言った。


 こうして、魔王は倒され、女神にドラゴンステーキが献上され、世界は平和になりました。めでたしめでたし。



◇◇◇



「って、ことでもう元の世界に帰らせてくれ、女神」


 美味しそうにステーキを頬張る女神。

 ほんとガッツリいってるな。女神のくせに。


 いつものように、き木を囲って、みんなでわいわいと竜肉を楽しむ。

 戦いは終わった。

 でも、なぜだろう、戦いの余韻よいんなのか、俺の心は不思議とき立つものがあった。  

 なんか楽しい。でも、この楽しさももう終わってしまう。そう思うと、無性に寂しかった。

 

 そんな俺を、女神がきょとんとした顔で見上げた。


「…………?」


「いや、きょとんとするな。俺、明日バイトがあるんだ」


 まぁ、とうぜん明日という概念が向こうの世界でも通用するかは別ではある。

 大抵は、向こうの一日とこちらの一日は時間がずれているというのがお約束だろう。

 

 行方不明扱いになっていたらどうしようか、俺はやや真剣に考えるが、女神は間の抜けた顔で言った。


「無理よ」


「なに?」


 疑問に思う俺をよそに、女神はもっとも残酷な事実をのべた。


「だって貴方、こっちのご飯食べちゃったでしょう?」


 ————え? ご飯?


「ほら、よく言うじゃない。異世界の食べものを口にすると帰れなくなるってやつ。それよそれ。だから貴方もう、帰れないわ」


 女神は弾ける笑顔で言った。その美しい顔で。


「…………………」


 たしかに、言われてみればそんな話を聞いたことがある……。

 え、うそ。ここ、そういう世界なの?


 あぁ、なんてこった。どうやら俺は、悪い女神にたぶらかされたらしい。

 いや、違うな。

 コイツは女神なんかじゃない……。そう。


「………悪魔だぁああああああああ!」


 俺はその場に崩れ落ち、泣いた。



 最後の教訓。

 『異世界で、飯は食うなよ、絶対に』


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