05 三品目、魔魚の塩釜焼き-Ⅱ
さて、涙の主成分は水。
塩分がどのくらい入っているかは知らんが、これだけしょっぱければ取り出せると思う。
問題はこれだけの水をどう処理するかだが……。
「水を一気に蒸発させる方法なんてないよな」
うろ覚えの知識だが、海水を沸騰させると最後に塩が残るはず。サバイバルな基本だ。ちょうどいま塩も切らしているし、多めに確保しておきたい。
「なんじゃ。それなら任せておけ」
俺の隣で、チャトラーに猫じゃらってた村長が、川に手をかざした。
ぼばーん、と川が蒸発した。
「これで、いいですかな?」
「あ、はい」
川の底見えてるし、魚がピチピチのたうち回っている。このじいさんを敵に回してはいけないと本能が察した。
「魔法が使えたのね、村長」
女神が「すごいわ」と目を丸くしていった。
いや、ここはお前が使えるべきシチュエーションだろう。
「実はワシ、昔、賢者やっとんたんじゃよ。大賢者ワイズといえば結構有名でのぅ」
「へぇ……」
賢者って川、蒸発させられるもんなのか。
もっとヒーリングな職種だと思っていたよ。
「あ、そういえば」
そうだ、村長といえば、ちょっと聞こうと思っていたことがあったんだ。
俺は女神がチャトラーと塩を回収しはじめたのを見て、村長にこっそり声をかけた。
「なぁ、村長」
「大賢者と呼んどくれ」
「……あのさ、大賢者様」
「なんじゃ」
なんか、急に偉そうな態度になったぞ、このじいさん。
「魔王復活とか、本当にいいのか? 村長——あ、いや大賢者なら
「あぁ、そのことならば問題はなかろうよ。なにせ、魔王よりもあの女神様のほうが厄介じゃからのう」
村長はひげをさすりながら、息を吐いた。
「そうなのか?」
「うむ。実は魔王が封印されてからというもの、竜肉が食べたいといって、ワシら人間に絶滅したドラゴンを見つけてこいと、女神様から
まじか。それは
下手したら魔王よりも
「そういうわけじゃから、さくっと魔王を復活させて女神様の機嫌を取ることが最優先じゃ。ブイっ」
村長がブイっと、ピースサインをした。
それはいったいどういうコミュニケーションの取り方なのだろうか。
「へー、なるほどー」
俺は村長をスルーし、目の前の塩を黙々と袋にかき集めていった。
◇◇◇
塩が集め終わったので、料理を開始した。
適当に、勇者が解体した
うまそうな匂いが
「魔魚の
「さかなー!」
女神の歓声があがる。
後ろを振り向けば、全員が皿を持って立っていた。準備良いな。
俺のぶんの皿もくれ。
「こっちはフィッシュフライか! うまいな」
勇者が衣をつけて油であげた魚を口に運んでいる。
その隣で、村長が魔魚の刺身を、チャトラーが女神と一緒に仲良く塩釜を割って食っている。
「いいもんだな、こういうのも」
みんなで
〝——お前の料理はレシピ通りで味がしない〞
ゆらゆらとゆれる炎の中に、ふと、師匠の言葉を思い出す。
俺は幼いころから、父の知人の店に通い、料理の道を目指していた。
だが、途中で諦めた。なぜかって? そうだな。
これは俺の持論だが、料理というものは
「その先の一歩に、まだ踏み出せていない」
そう言われ続けてどのくらい経ったか。
師匠に認めてもらうことは、ついぞ叶わなかった。
実際、師匠が作ったものと、自分が作ったものでは客の笑顔が違う。
それが、ひどく悔しかったし、悲しかったことを今でも覚えている。
「……ま、だからもう、料理なんてやめたはずだったんだけどな」
たまたま、ほんとうに気まぐれに、店の制服ひっぱりだして昼飯を作っていたら、女神に呼び出された。
いま思えば迷惑すぎる話だったが。
「本当にみんな、俺の料理をうまそうに食うな」
俺は周りには聞こえないよう小さくつぶやき、みんなをみる。
あふれるような笑顔で、楽しそうに食事をする姿が俺の目にうつる。
それはとても嬉しい。
むこうでは見ることができなかった光景なのだから——
「ちょっとー、料理人。食べてないじゃなーい!」
女神が絡んでくる。
いま、いい感じの回想中だったんだが。空気がよめないやつめ。
しかも女神は酒に酔っているらしく、少し酒臭い。
「あーんみゃ」
なんの
フォークのうえに乗るのは、塩釜焼きの魚。
ふっくらとよく蒸されている。口にいれれば、身がほろほろと溶けていきそうだ。
……いや違う。待て。魚の蒸し具合はこの際どうでもいい。
これはちょっと恥ずかしい展開だ。
「じゃあ、私もー」
女神が参戦した。そこに勇者と村長も加わる。後半ふたり、なぜ。
「な……」
目の前に差し出される四本のフォーク。これ、どうしたらいいんだ?
戸惑う俺。選択肢は二つ。チャトラーか、女神か。どっちの魚をいただくべきか。
悩んだ末、俺は——!
「「「「……あ」」」」
俺以外の全員が声をあげた。
まさかの第三の展開が。そう。
「あぶっ!」(訳:熱い)
嘘だろ……。
調理したのに、動くとか。切り身なんだぜ、これ。
あぁでも、最近の子供は、海の中で切り身が泳いでいると思っているらしいから、これはこれでアリなのか……?
いくらスーパーに切り身が並んでいるからといって、まんま泳ぐと思うその発想。すごいなーと感心していたら、まさか本当だったとは。
まったくキノコといい、なんなのだろうか、この世界の食材は。
というわけで、結果——地獄の甘さだった。
「あま……」
新鮮な魚の身は甘い。
うん、よくそう言うな。だが、これはやりすぎではなかろうか?
例えるなら、蜂蜜そのまま食ってる感じ。
塩でより甘く感じるだとか、新鮮だからだとかそういうレベルの話じゃない。危険な甘さだ。塩気でなんとか中和しているものの、食えたものではない。
いつになったら、この世界でうまいものを食べられるのだろうか。
俺はそっと涙をふいた。
本日の教訓。
『異世界の魚は調理しても動く。注意しよう』
あぁ、それから勇者が仲間になった。魔王復活の旅なのに。
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