03 二品目、キノコのクリームシチュー

「わーい、マッシュルームがいっぱい!」


 次の村へとやってきた俺たち一行は、村人から森の魔物を退治してほしいと依頼を言われて、マッシュ森とやらにやってきた。


 女神の台詞どおり、やたらとマッシュルームが生える森だ。赤とか、緑とか、カビでも生えてんのか。なんかまだら模様だし。


「女神、魔物対峙が先だろ」


「わかってるわよ」


 あれから女神とは少しだけ話すようになって、敬語が外れた俺。というか、こんな駄女神を敬う心は無くなった。


「あ、マッシュプリンス!」


 なにその、雑なネーミング。

 茂みから飛び出してきたそれは、名前通り姿かたちも、雑なデフォルメだった。

 なんか、中ボスとかに出てきそうなキノコ型のモンスター。そこに王冠をつけただけのやつだった。もう少しなんかあるだろう。


「戦闘よ、料理人!」


「はい」


 女神にそう言われ、渋々俺はフライパンを取り出す。

 ちなみに昨日到着した村で新調した、鉄のフライパンだ。いままではごく普通のフライパンだった。

 ちょっとだけ、頑丈さがアップした。


『マッシュー』


 敵は仲間を呼んだ。マッシュが二匹増える。


 敵は胞子ほうしを投げてくる。黄色くて丸い、テニスボールみたいなやつ。

 俺はそれをスマッシュよろしく、ズパーンと打ち返す。

 マッシュが一匹倒れた。残りも倒す。あっけなかったぜ。


 ところで余談だが、スマッシュって外したとき結構恥ずかしいよな。

 体育の授業でさ、いいとこ見せるぜ! と意気込んだあと、こう、すかっと……。ラケットの面積もうちょい大きくしてほしい。


「流石ね、料理人!」


 隣で女神が喜んでいる。できれば女神にも戦ってもらいたい。こいつ、道中食うことばかりで、戦闘の役に立たなかった。


「村人が言ってた魔物って、さっきのでいいのか?」


「そうね。ツガイだって言ってから、合ってると思うわ。ほら、二匹いるし」


 女神がマッシュを指でつんつんとしながら言う。

 キノコにツガイがあるのかはひどく疑問だが、ひとまず村人の依頼は達成できたようだ。良かった良かった。これでこの、毒々しいキノコの森とはおさらばだ。


「じゃあ、これもって——」


 女神がそういいかけて、林の茂みがガサっとゆれた。


「魔物か?」


 俺はフライパンを構えた。女神は何かの武術の構えをしている。戦わないくせに。

 おっと、何か飛び出してきた。

 草の茂みから、魔物……いや動物だろうか。

 猫らしきそれは……


「うにゃ?」


 なんだ、獣人か。猫耳が生えた愛らしい少女だった。


「————って! 獣人⁉」


「あれ? 獣人ははじめて?」


 当然だろう。どこの世界に獣人がいる。あ、ここか。

 女神が獣人の少女に近づく。


「獣人族の子供かしら。こんな森でどうかしたの?」


 こんな森よばわり。気持ちはわかるけど。


「幻のマッシュを取りに来たみゃ、この森に生息しているみゃ」


 少女が口を開いた。

 みゃ、が語尾らしい。話しにくそうだ。


「幻? それはどんなものかしら?」


「マッシュプリンスのキノコ肉みゃ」


 キノコ肉。斬新な呼び名だ。

 肉厚なという意味だろうか。どんこシイタケみたいな。


「これ?」


 女神がさきほど倒したマッシュをみせる。


「それにゃ!」


 どうやら少女の望みのものだったらしい。

 嬉しそうにしっぽをゆらしている。

 可愛いな。昔買っていたペットの猫を思い出す。茶トラ柄の、ザリザリとした舌で、よく頬をなめてくれた。なかなか愛情表現の激しい子だった。


 少女はそんな愛猫と同じ毛色をしている。

 茶トラ柄の淡い毛並みに、くりっとした琥珀こはく色の瞳。

 腰には、薬草袋らしきものをさげ、冒険者っぽい服装をしている。


「ちょうだいみゃ」


「だが断る!」


 女神がずいっと手を前に出して言った。ちょいちょい、言動がおかしい女神。

 少女はすねる。なにやら、もめはじめたようだ。

 こんなところで喧嘩はやめてくれ。

 しかたがないので、俺はふたりの仲裁をした。


「落ち着け、こういうときは仲良くみんなで食べるもんだ」


◇◇◇


 料理が始まった。

 マッシュルームか。やはりここはキノコといったらシチューだろうか。


 少女が——いや、名前はチャトラーというらしい。そのまんまだな。

 チャトラーが、その辺のキノコをみ取り、俺が材料を切って煮る。

 味付けは女神が担当した。不安しかない。ところで、マッシュをさばいていたら、中から石ころみたいなのが出てきた。


「石? なにか書いてある」


 一度水で洗ってみれば、文字……いや何かの絵が描いてあった。


「あぁそれ、例の壁石へきせきよ」


「これがか? 動いているようには見えないが……」


「んんー?」


 不思議に思う俺の隣に、女神がしゃがみこむ。


 ふわっと甘い香りがする。心臓に悪い。

 急に隣に座るなよ女神! などと甘いイベントをこなしていると、女神がぞっとする言葉を吐いた。


「あー、モンスターに食べられて、手足が溶けてしまったみたいね」


「そんなことってありますかね」


「あるあるよ」


 そうか。あるあるかぁ。怖い世界だなぁ。

 そうこうしているうちに秋の味覚、きのこシチューが完成した。

 なお、向こうの世界は春である。


「シチュー!」


「みゃー!」


 ふたりが喜んでいる。

 女神が満面の笑みでシチューを豪快に口へと流し込んだ。こう、だばぁーっと。

 一方、チャトラーはしっぽをふりふりとしながら、行儀よくシチューを食べている。


 うん。女神、チャトラーを見習いたまえ。


 とはいえ、まぁ良かった。料理を作る身にとっては、その笑顔は何事にもかえがたい代金だ。おいしいと笑ってもらえることが一番なのだから。

 そんなふたりを尻目に俺もシチューを口に入れる。


 ——結果。腹が痛くなった。


「ぐ……腹が……」


 シチューを口にして数秒後、やばい波がきた。

 腹の中でビックウェーブ。

 なにもしていないのに、胃の中でシチューが暴れまわる感覚。


 動くシチュー? いやいや考えたくないので、やめておこう。

 とにかく胃が気持ち悪い。これはやばいやつ。下手したらあの世行きだ。


「流石は私の味付け。味はどう? 料理人」


 待ってくれ。この状況で感想をきいてくるとか、悪魔かこの堕女神は。


「……は……」


「なに?」


 はやく、薬草を。そう言いたいというのに、口に出せない。

 俺の意識はそのまま遠のいていった——



 本日の教訓。

 『異世界に行ったらキノコを口にしてはいけない』

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