02 一品目、スライムの刺身

「やってきました! 始まりの村」


 女神が両手を広げて、「ようこそ」と言ってくれた。

 どこに行きたい? あっちはね、と村の中を案内してくれる。

 しかしこの様子。


「村というより、廃村に見えますけど」


 そう。家はぼろぼろで、そもそも戸というものが存在しない。

 確実に誰も住んでいなさそうな家が数軒。それだけ。

 村人の気配なんて一切ない。


「見かけだけよ☆」


 女神が言う。

 そうかぁ。見かけだけかぁ。

 もう何でもよくなってきたところで、ふらっと崩れた家から老人が現れた。


「おや、女神さん。こんにちは。なんの御用ですかな?」


「こんにちは、村長さん。今日は魔王復活しに来たわ」


「それはそれは。大変なお仕事ですなぁ」


「ふふん。それほどでもないわ。私にかかればこんなこと——」


 村長とよばれた老人と、女神がなごやかに挨拶あいさつを交わしている。

 でもそれ、普通に「大変なお仕事で」で済む話なのか。世界滅ぶ案件だぞ。

 そんな俺の心を察していないのか、女神と村長の会話は続く。


「それで、ちょっと封印のようす、見せてもらえる?」


「もちろんです女神様。こちらへどうぞ」


 村長に案内されて、村外れのほこらという場所に向かった。


「あ! スライムよ!」


 女神が唐突とうとつにさけぶ。スライムが一匹あらわれた。え、いまどっから出てきた。


戦闘態勢せんとうたいせい!」


 女神の合図に、俺たちはスライムから距離をとる。

 すごい。まんまロールプレイングで見るやつだ。あれだな、きっとゲーム作ったやつは、ここの出身なのかもしれない。


「俺、いまフライパンしか持ってませんけど」

 

 現在の装備。

 コックコート、ご家庭用のフライパン、靴下


 せめて包丁とか、持ってきたかったよ。あと、靴な。

 足の裏が痛いんださっきから。


「大丈夫よ。それでいいから思い切りたたいてみて!」


 女神にそういわれ、スライムを力いっぱい叩く。ごめんな、スライム。

 すると、ぐにゃん、と謎のSEが鳴った。スライムは気絶した。


「やった! 今夜の夕飯げぇぇぇぇっと!」


 女神が喜ぶ。興奮気味にスライムを回収している。


「それ、食べられるんですか?」


「もちのろんよ! 新鮮なままでお醤油につけると美味しいの」


 言葉古いな、流石女神。長生きなんだろうな。女神だから。

 しかし、スライムの刺身ってどんな味なんだろうか。さわやかラムネ味?


「おぉ、フライパンの人、お強いですなぁ」


「そうですか?」


 俺がスライムの味について考えていると、村長が話しかけてきた。


「もしや勇者様で?」


「違います」


「ふむ、ではその服装、料理人さんですかな。なるほど、昨今さっこんの料理人は戦闘がお得意とは……時代も変わりましたなぁ」


 もさもさの灰色のひげをゆらしながら、ふぉっふぉっと笑うじいさん。

 いろいろとツッコミどころはあるが、とりあえずフライパンの人はやめてほしい。

 それから、勇者は魔王を復活させないと思うぞ。


「あー、あった。あったわ祠」


 俺が村長と雑談をしていると、女神が洞窟らしき場所へ走っていった。

 祠と呼ばれた洞窟に入ってみれば、中はひんやりとしていて、ときおり天井からぽつりぽつりと水が落ちてくる。

 ちなみに水の色が紫なのは、毒という解釈でいいだろうか。


「あれ? 石がない……」


 女神がつぶやいた。石? なんのことだろうか。

 洞窟の壁をみる。そこには何かの絵が描いてあるようだった。

 その壁絵へきえの前で村長が難しい顔をした。


「実は……壁石へきせきの一部が逃走してしまいましてな……見ての通り、封印も弱まっておりますのじゃ」


 石の逃走……?


「そっか、それだと封印を解除できないわね」


「えぇ、そうですねぇ」


 どういうことだ……? 

 石って走るのか? いや、それよりも封印が弱まっているのなら、解除しやすいと思うが。


「封印が弱まっているなら、そのままけばいいんじゃないですか?」


「駄目よ。正しい方法で解除しないと世界が滅ぶわ」


「なにそのとんでもない設定」


「封印解除の方法はひとつよ。この壁の絵に向かって、女神たる私の力をそそぐこと。それで解除できるわ。だけどね、絵が完成していない状態で無理に開けると、力が暴走してこの次元ごと吹き飛ばしてしまうの」


 おい、怖いなそれ。なぜそんな仕様にした。

 しかしそれなら、正しい順序で開けなければならなくなる。


「それで……絵を完成させるにはどうすれば」


「逃げた壁石へきせきをつかまえて、絵を完成させることね。いうならば、石板集めってところかしら」


 あぁ。セブン的なやつね。あれは大変だった。町を作るのとか楽しいよな。


「じゃ、方針は決まったところだし、今日はここでスライムでも食べて、もう寝ましょう」


 女神がさっきつかまえたスライムをこちらに渡してきた。飯作れということか。

 祠の外を見れば、夕暮れになっていた。


「あ、私ポン酢の気分~」


「ワシは塩がいいのぅ」


 ポン酢ないし。村長も一緒に食べる気なのか。

 ひとまず、しかたなくスライムをさばいてみる。村長がナイフをくれた。

 装備がひとつ増えた。


「うわ……ぶるんぶるん」


 ナイフをスライムにあててみる。意外と弾力があって、ぼよよんっと刃がはじかれた。


「コツがあるんですじゃよ」


 村長が近くの大きな石をつかみ、それでスライムを叩きはじめた。

 なんかこう、罪悪感を感じる絵面えづらの悪さだ。村長、容赦ようしゃがない。


「こうやって、ふん! 強く叩いて、ふん! 表面のすじを柔らかくするとっ、切りやすくなりますん、じゃ!」


「はぁ……」


 表面の筋とはなんぞや。ゼリーだよね、それ。 

 村長が叩くたびにスライムは、ぼよよん、ぼよよんと変な効果音が聞こえてくる。

 どこから発しているのだろう、その音。


「どうぞ」


「どうも」


 村長が、もういいですよと俺にうながす。スライムに包丁を入れた。


「——っ! すごい」


 スッと、さきほどが嘘のように切れていく。

 まるで、肉に吸い込まれるような切れ味。これは上等な肉と見た。

 いや、スライムに肉があるかという概念は置いておいて。


「わぁ、おいしそう!」


 すでにどこからか、ポン酢を用意したらしい女神が歓声をあげる。

 その手にはフォークが握りしめられていた。

 女神、刺身をひとくち。


「んん——っ! おいひぃ」


 うっとりと幸せそうな顔。そうか、うまいのかコレ。

 恐る恐る俺も口に入れてみる。

 料理人たるもの、未知の食材にも動じないものだ!


 ——結果。吐いた。


「まずぅぅぅぅぅ……」


 思ったより、あぶらまみれの味で全然うまくない。

 見た目さわやかゼリー味、もしくはイカとかマグロとか、刺身というからにはそんな味を想像するだろ? 


 全然だったよ。もうね、ステーキとかの脂身レベルじゃない。

 脂身をかして更に凝縮させたゼリーって感じの味だった。

 野性味あふれる味。それがスライムです。


「おいひー」


「うむ。この時期の旬ですな」


 ちらっと横を見れば女神と村長がうまそうに食事談義を展開している。

 入れない俺。だってこれ、マズいんだもの。

 それにしても、この女神、食いっぷりが豪快だ。女神なのに。


 そんなわけで本日の教訓。


 『スライムの味は夢の味』


 どうやら、俺とこの世界の人間(女神)では味覚が違うらしい。

 これが異世界にきて初めての食事でした。


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