召喚された料理人は、女神から魔王の肉が食べたいと言われ世界を救う

遠野いなば

01 料理人、女神と異世界へ

 誰か教えてほしい。こんなときの正しい対応を。


「私は女神一の美食家びしょくか、フーディ。さぁ、そこの料理人。この私に極上の料理を振舞ふるまいなさい!」


「はぁ……極上の料理ですか」


 目の前のよく分からん女が、よく分からんことを言っている。

 それ以上によく分からんのがこの空間。いったいどこなんだろうか、ここは。


 真っ暗な空間に、光り輝くように浮いている謎の女。

 俺は今しがた昼飯を作っていたはずだ。その証拠にほら。

 手にはフライパン、おまけにコックな服を着ている。


 それから自宅には、あつあつのピッツァが俺を待っているんだ。

 だからどうか早く帰らせてほしい。


「えぇ。私は美食をつかさどる女神。先日、貴方の世界に行ったとき、あまりのご飯のおいしさに思わず感嘆かんたんしました。ぜひその食を、私の箱庭に取り入れたい」


「はぁ……そうですか」


「そこで、料理人であるあなたを迎えました! オーケイ?」


 オーケイ? じゃない。全然OKじゃない、頭おかしいのかこの女。

 本来ならばそう言っている。

 だが、そう言えなかったのは、ひとえにこの女が美しかったから。


 腰までのびた金髪に、知性をたたえた顔立ち。

 ダイヤを散らした、光輝く銀色の瞳。

 その透き通った白い肌は、絹のような光沢さえみせている。


 あぁ、もしかして本当にコイツは女神なのかもしれない、なんて幻想を抱くほどに、その女はとんでもない美人だった。


「へい! そんなわけで、料理人。私に魔王の肉を使った料理を献上なさい」


 なんかテンションおかしくないか、この女神。

 それより魔王の肉? 

 つまり、魔王を喰うってことか?


「質問」


「どうぞ」


「それは魔王をさばけということですか」


「え……やだ……貴方、頭大丈夫?」


 引かれた。なぜ。


「魔王の肉を使ったというから……」


「あー、それね。そうじゃなくて魔王が持ってる肉のことよ」


「持っているとは?」


「ほら、魔王って戦うとき、武器とか振り回してくるでしょ? それがS級の肉付きハンマーなのよね」


 なるほど。骨付き肉で攻撃してくると。それはだいぶ変わった魔王様だな。

 でもさ、その骨付き肉って、なんの肉なのでしょうかね? 女神様。


「ちなみにそれは、なんの肉ですか?」


「ドラゴンよ」


 まじかい。S級どころかSS級じゃないか。

 つうか、魔王が竜肉りゅうにく持って攻撃してくんの?

 どんな世界観なんだ、女神の箱庭。

 だがそれより、ここで新たな疑問がひとつ浮かんでくる。


「あの……だったら、ドラゴンを狩りに行った方がはやくありませんか?」


 だってそうだろう?

 魔王を倒すよりドラゴンを倒すほうがきっと楽だと思うんだ。

 そんな最終ボス狙うよりもさ、中ボスとか、裏ボス的なの狙いに行こうぜ。

 そう思っていたら、女神が腰に手をあてながら怒ってきた。

 漫画とかでいえば、プンプンと効果音がつきそうな勢いだ。


「なにを言っているの! ドラゴンはすでに絶滅しているじゃない!」


 へぇ、そうなんだ。

 怒られても俺、こっちの事情とか知らないし。


「ドラゴンはね。むかし、魔王が狩りつくしちゃったのよ。魔王もかなりの美食家でね。ドラゴンは最高級食材だから」


「魔王が美食家って……」


「そんなわけで、魔王がいると、竜肉が手に入らなくなるって思って、当時の勇者と封印したのよ。だけどそのあと、竜種りゅうしゅが絶滅しちゃって……くっ、あのとき封印しなければ……!」


 いや、「くっ」とか、悔し顔で言われても。

 こっちの気なんか知ってか知らずか、女神はご丁寧に世界の事情を話してくれた。

 ありがたい。


「いちおう、この二十年は我慢したんだけど、どうしても竜肉が食べたい! ってなってね……だから、いったん魔王を復活させるから、貴方には魔王が持ってるミートハンマーを回収してもらって、ご飯を作ってほしいの」


「なるほど。事情はよくわかりました」


 いや、わからんが。

 というか、そのためだけに魔王復活させるとかコイツの頭が心配だ。

 仮にも女神(?)が、魔王を復活させたいって、どこの世界にあるんだよ。

 大体、我慢が短い。二十年しか持たないとか、もっと頑張れよと思うのは俺だけだろうか。


「ほんと⁉ やってくれる⁉ よろしくね!」


 よっしゃぁと喜ぶ女神。ガシっと、手を握られた。

 こんな美人に一瞬ドキッとしてしまうが、いや待て。誰もやるとは言っていない。


「じゃあ、さっそく始まりの村へレッツゴー」


「ちょっ、ま——! 飯作ったら、帰らせて……っておい!」


 どこまでも強引な女神。

 そんなわけで俺はいま、異世界にきている。


 異世界ものの主人公よ、先人たちよ、俺に女神と会ったときの心得を教えてください。

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