第2話

「今日はジムか?」


 五限終わり。水曜の講義は五限で終わりの為、大体この会話がある。

 といっても、お互い一年の時と言っていることはほぼ変わっていない。


「そう。遠田は相変わらずデートだろ」

「水曜だからな。……美季から連絡来たから行くわ。じゃな」


 リュックを背負って彼は小走りで駆けていく。


(俺も女の子だったら……)


 なんて、何度思っただろうか。

 184センチ、筋肉質、面長で『一昔前のイケメンって感じ』と言われたことがある顔。これがもし仮に女性だったとしても、とてもじゃないが一般受けする風貌にはなれなさそうだ。

 美季はどちらかというと小柄な方で、例えるなら色白なギャルとでもいうのだろうか。いつもメイクバッチリで、明るく気さくで友達も多い。それでいて上から数えた方が早い位の成績を維持していて自分とはとてもじゃないが比べ物にならない。


「行く、か」


 すっかり人がいなくなった講義室内でそう呟いてからジムへと向かう。

 ジムは自宅寄りだ。大学と家は1時間近くかかり、大学とジムまでは大体40分程度。高校生の時から使っている。


「あれ、治部袋じんば?」

浅香あさかさん。久しぶりですね」


 にぱっといたずらっ子のような笑みを浮かべるのは治部袋蛍じんばけい。今年高校三年生になった。

 出会ったのは去年。その時はヒョロヒョロで少しでも風が吹けば飛ばされそうなくらいだったというのに、大分筋肉がついて来た。それでもまだガリガリに当該するような細い部類だが。


「……なんか背伸びたか?」

「今年の健康診断では183センチでしたね」

「タケノコみたいな伸び方だな」


 ここ半年くらい彼を見ていなかったのだが、気付かぬうちにほぼ目線が同じくらいになっていた。浅香自身も思い返せば高3の段階はまだ背が伸びていたし、なんならまだ地味に少しずつ伸びている。


「越してやりますよ、浅香さんの背」

「それはなんか癪だな」


 他の人と比べれば高い方であるには違いないし、背が高いことに何かメリットを感じたこともない。浅香よりも遠田の方が3センチ背が高いし、『周りで一番背が高い』と鼻に掛けているわけでもない。それでもなんとなく背を越されるというのは嫌だ。


「そう言われると余計越したくなります」

「まあ精々頑張れ」


 たわいもない雑談をした後にトレーニングに移る。

 筋トレ中は鍛えたい部位と周囲の人の有無くらいだけを考えていればいいので、心を落ち着けられる。といっても、完全に忘れさせてくれるわけではないが。


「……なんか考え込んでます?」


 トレーニングを終えシャワーを浴びて更衣室に入ってきた治部袋が、気付けば隣にいた。


「いや。別に」

「どうせ片想いしてる相手の事でしょ」

「……そう」


 彼には数度話したことがある。流石に同性が好きなことは伏せているが、片想いしている間に恋人がいるということを。


「さぞ素敵な人なんでしょうね。1年くらいずっと好きなんて」

「バカみたいだけど、恋人に優しいところが凄く好きで。すぐ惚気るけどそういうところも込みで好きだから、嫌いになりたいのに嫌いになれない」

「まー……、わからなくはない、ですかね。恋人に冷たいよりはよっぽど良いし。不毛すぎますけど」


 しっかり年下の相手からの容赦ない言葉にグサッと何かが刺さった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シレネとライラック ぴりか @UTxTU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ