シレネとライラック

ぴりか

第1話

「よう、ゆかり。今日も早いな」


 ガヤガヤと騒がしい講義室。必修科目の講義なだけあって学生数も多く、百人近く入る大部屋だというのに殆ど座席が埋まっている。


遠田えんだが毎度ギリギリなだけだよ」

美季みきと喋ってたら時間忘れちまうんだよな」


 美季は遠田和真かずまの彼女である。二人は中学校から付き合っているという。遠田自身が人との距離感が近く顔も広いため、このことは周知の事実。

 その為、二人を表立って狙う人というのはいない。


(何回目の惚気だ……)


 表立って、という言葉を付けたのは、裏でひそかに片想いをしている人間がいるからである。

 出会った時から敵わない恋。それだというのに浅香紫あさかゆかりは想いを捨て切れないまま進級した。


「これレジュメ」


 そう言ってA4用紙を渡せば、人懐っこい笑みを遠田は浮かべる。


「さーんきゅ」


 幸せそうな遠田の顔を見れるだけ幸せ、と無理に思い込んで生きていても、根っこの焦燥感やもの悲しさ、自分への呆れはそう易々とは取っ払えなかった。

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