008 感情の思うがままに

「まったく、なんでこんなことに……」


 嘆くも、そんなことは聞き入れてもらえるはずも無い。

 三日前、突然魔法少女に(性的な意味で)襲われ、わけも分からないまま魔法触手なんて意味不明なものに変身させられたあたしは、それから毎日放課後は魔法少女探しなんてことをさせられているのだった。


「というか、こんな風に歩いてるだけで見つかるの、魔法少女なんか?」


『僕だってちゃんと探してるですよ。でも、魔力の反応はそこまで広範囲には調べられないんですから仕方ないじゃないですか。文句を言うより、足で探すのですよ!』


「はぁ、なんだか凄い無駄なことしてる気がするんだけど……」


 流石に連日無駄足なんて、徒労感にやる気がどんどん無くなっていく。見つかったら見つかったで、後のことを考えるとどちらにせよ碌でもないことになるんだろうけど。


『むー、文句言うのは無しなのです。これでもかなり妥協したんですよ、下校の間だけにしてるのですから。そもそも契約したんですから、ちゃんと約束は守ってほしいのですよ』


「はぁ、契約、ねぇ。従わないと触手で襲う、なんて後出し説明の悪徳契約でしょうが」

 二人目の魔法少女から助かる為にした契約。共に魔法少女を探して戦うというそれを破れば、身体を操り触手攻めにするとか言ってきたのだ、このクゥと言う触手生物は。


「あんな状況じゃ、選択の余地なんてなかったっていうのに……」


『それでも契約は契約なのです。というか、魔法少女達を放置しておいたらこの世界が大変なことになるですよ。そして、それを防げるのは愛さんだけなのです!』


「あんたも何が起きるのか分かってないんでしょ。ホント、どうしてこんなことに……」

『文句は言わず行くですよ! 今もどこかで誰かが襲われてるかもしれないのです!』


「分かってるわよ。あたしとしてもああいう輩をほっとくのは寝覚めが悪いしね」

まぁ無駄足は平和な証拠と考えれば、やっぱり何も見つから無いのが一番と思うけど。


 ――なんて、考えていたのがよくなかったのか。


『愛さん、反応がありましたです……!』


 予想外に、反応があってしまった。もっと感度は鈍くてよかったのに……。


「あー、流石に無視するわけにはいかないわよねぇ」


『勿論なのです! それじゃ何のために契約したか分からないです! さぁ、向こうから魔力の反応があるです、早く行くですよ! じゃないと契約違反なのです!』


「あぁもう、分かってるわよ! その代わりちゃんとあんたも支援しなさいよ! そんな見た目でもマスコットなんだったら、少しは役に立ちなさい!」


『そんな見た目とはなんです! 取り消してくださいです!』


 クゥの抗議を無視し移動すること数分、あたし達が辿りついたのは路地の入り口だった。

 あの襲われたときと同じく、辺りには人の気配が全く無い。路地と言っても大通りに面している場所だというのに、まるでこの一体だけ隔離されたかのように誰もいないのだ。


「居た、わね……」


 恐る恐る覗き込んだ路地の向こうでは場違いなフリル塗れの服を着た少女が、なにやらステッキを片手に光を出していた。変な趣味の人でない限り、どう見ても魔法少女である。


『ふふん、どうです、褒めてくれてもいいのですよ!』


 あたしの呟きに、何処にあるのかわからないが、胸を張るようにクゥが誇らしげに言う。一応、小声ではあるので気づかれてはいないだろう。


「で、これからどうするのよ?」


『どうするって、前と同じく戦うですよ? もしかして、今更ながら戦うのが怖いです?』


「いや、勿論怖いけど、そうじゃないわ」


 これでも一応覚悟はしてはいた、戦うことについては。不本意ながら契約であるし、破るつもりは無い。だから、あたしが聞きたいのはその方法について、だ。


「前のときは、相手が見た目に怯んでくれたからよかったけど、今回もそうとは限らないでしょ。あっちが気づいてないなら、馬鹿正直に真正面から挑む必要もないし。何か良さそうな手は無い? 例えば、変身せずに一般人のフリして近づいてみるとかさ」


『おー、策士です。そういえば、どうやって戦うか全く考えてなかったです。前と同じでいいと思ってました。なるほど、ではその愛さんの作戦で行くですよ』


 例に出しただけのつもりの案に丸乗りされた。いくらなんでも行き当たりばったりすぎだろう。こんな調子で、ちゃんとサポートしてくれるんだろうか……?


『ではでは、愛さんが話しかけてる間、僕はまた鞄の中に隠れておくです。傍にいるなら念話が出来るですから、変身したくなったらそう頭に思い浮かべてくださいです』


「念話? って、あぁ頭に入ってくる声のことか」


 クゥの声は直接頭に響いて意味が伝わってくる。それを使えば鞄に隠れていても意思疎通は大丈夫そうだ。あたしからは頭に浮かべるだけでいいとは初耳だが、便利ではある。


「と、なんだか移動するみたい、ていうかこっちに来たわ……」


『覚悟を決めるしかないです、愛さん! がんばってくださいです!』


 ひとごとだと思って……。

 無責任な応援に少々イラつくが今はそれどころではない。

もう一分もしないうちにこちらに魔法少女はやってくる。先ほどあたしが例で出した一般人を装う作戦で行くとして、相手は初対面の、それも魔法少女なんて存在だ。どんなことを言われても、自然体で返せるように身構えておかないと……!


「あれ、なんでこんなところに委員長がいんの?」


 あたしの姿を見て驚くと共に、首を傾げてそう言う魔法少女。そう、初対面の相手と考えていた彼女はあたしの知り合い、それも会いたいと思っていた相手の一人であったのだ。

 だから、仕方ない。どうやって声をかけるか、対応するか、そんな考えなんて全て捨てて、感情の思うがままに叫んでしまうのも。


「掃除サボってなにやってんのよ、あんたは……!」


 そう、その魔法少女は掃除をサボった三馬鹿、花札トリオの一人、蝶野だったのだから

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