2 Eris im Wunderreich

「ゲームを開始したばかりなのに、いきなり雰囲気をぶち壊すようで申し訳ないけど、わたしは"運営側"の人間。

 エリスちゃんには、少しだけわたしたちのお手伝いをお願いしたいの。

 もちろん、今すぐに決めろとは言わないわ。

 これを渡しておくから、興味があったらこのシンボルを掲げている教会を訪れて、わたし…ユノに用があると言えばわたしのいるところまで案内してもらえるわ。

 それじゃあ、また会いましょう」

運営側の者を名乗るユノは幾何学模様が描かれたカードをエリスに渡すと、それだけ言い残して姿を消した。


ユノがいなくなった空間を見回したエリスは、自分が小さな家の中に立っていて、右手に自分と同じくらいの背丈になったメイがいることを認識。

同時にメイも、左手にエリスがいて、自分の背丈がエリスと同じくらいであることを確認。

「エリ…かわいい…」

「メイ…かわいい…」

しばらくお互いの姿に見惚れていた。


「あの…そろそろいいですの?」

2人だけの時間は"第三者"の声によって容赦なく終わりを告げた。

2人が声の主である、空中に浮かんだ小さな妖精に視線を向けると、妖精が表情を歪める。

「ふぇぇ…こわいですの…。

 私はあなたたちの仲を裂くつもりなんてないですの…。

 USOLの簡単な説明をしに来ただけなので、私を消し飛ばそうとしないでほしいですの…ふぇぇぇ」

エリスの冷たい視線と、メイの怒りと憎しみの籠った視線に耐えられず、妖精は泣き出してしまった。


2人からの視線が普通のものになり、

「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんですの…。

 私の名前はエクレアですの…」

泣き止んだ妖精エクレアは気を取り直して、USOLの説明チュートリアルを始めた。

なお、エクレアは並行して稼働中の「アンノウン・ストーリーズ・オンライン(USO)」から引き続き登場しているナビゲーションキャラクタの一種であり、ナビは原則として各プレイヤーに1体ずつ寄り添う。

エリスとメイのようにシュヴェスターとなった2人の場合、ナビは2人を担当することとなり、2人が別行動をとる際は一時的に特殊スキル"ツヴィリング"で2体に分裂することもできるご都合主義的な要素も持つ。


2人はまず、RPGで一番大事な"ステータスを見る方法"を教わり、ステータスが表示されるウィンドウを開く。

エリスは封印されたスキル以外に"アクセサリ作成"など、いわゆる"生産職"向けのスキルを多く持っている。

メイのパラメータは前衛向きで、最弱レベルか1つ上くらいの魔物となら1人でも十分勝てるという評価だった。


次に家の中について説明を受けてから、エクレアに促されたエリスが玄関の扉を開けて、3人は家の外へ出る。

「この家が建っている場所は人里離れた"聖なる森"ですの。

 魔物も他のプレイヤーもここには来ないから、安心して2人だけになれるですの…」

家の周りの森はある程度進むと"見えない壁"でそれ以上行けなくなっているので、森で迷う心配もないらしい。


家の中に戻っていくつか追加で説明した後、再び外に出て、今度は床に魔法陣が刻まれたスペースへ移動。

「ここから最初の拠点となる町"シュテルンシュタット"へ転移できるですの。

 私は各プレイヤーの家があるエリアでしか姿を見せられないので、"聖なる森"から別の場所に移動すると、私の姿は消えてしまうけど、その代わりに、ステータスウィンドウと同じようにして、私と文字で会話できるウィンドウが開けるですの」


この後、エクレアから教えてもらった通りにして魔法陣を起動させると、次の瞬間、2人は大都市シュテルンシュタットの一角にある巨大な魔法陣の中に転移していた。


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「エリ…いろいろ見て回りたい気持ちはわたしも同じだけど、まずは"職人としての登録"を優先させて」

「…わかった…」

エリスはシュテルンシュタットの街中で何度も立ち止まったり、脇道に逸れたりしそうになった。

メイが何とかそれを阻止して、目的地である"商業組合ヴィルトシャフツフェアバント"の建物に到着。

商業組合でエリスは"職人ハントヴェルケリン"としての登録を行い、エリスが造ったものを売るための店舗は、明日再度組合を訪れた際に案内すると告げられ、今日のところは組合の建物を後にした。


「エリ…後は時間の許す限り、街を見て回ろう」

「うん…私とメイのお店の参考になるかもしれないから、いろんなお店を見よう」

小柄な"姉妹"はゲームの中の街でたくさん歩き、充実した1日を過ごした。

「えへへ…今日はメイと一緒にたくさん歩けてうれしかった…」

「でもシュテルンシュタットの半分も回れなかったから…明日もエリとここで…」

「うん…私もデートの続き、したい…」

「かしこまりました、エリ姫さま…」


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エリスとメイが2人の家に戻ると、早速エクレアが再び姿を現す。

2人はエクレアに視線を向けたが、その視線に冷たさや怒り、憎しみは少しも籠っていなかった。

「エクレアちゃん、今日はありがとう」

「明日からもよろしくね」

「はいですの…また明日ですの」

商業組合でのエリスの職人登録など、今日の2人の行動はほとんどエクレアのアドバイスによるものだった。

"その後のこと"や、どうしても2人きりになりたい時のことも含めていろいろと教えてもらったことで、今日だけで2人はエクレアに信頼を寄せるようになった。


笑顔のエクレアに見送られてUSOLを終了させ、ヴンダーライヒから現実世界に戻ると、しばらくイチャイチャしてから、今度はエリが帰宅するメイを見送った。


大ヒットタイトルながら、少なからず問題を抱えているUSOのプレイを決して許さなかったエリスの両親だったが、サービスを開始したUSOLの映像を見た上で、これなら問題ないと判断してエリスにVRゲーム機とUSOLを買い与えた。

翌朝、USOLについて話すエリスの笑顔を見て、両親は自分たちの判断が正しかったと確信した。

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