[27] 大型コラボ

「何の話?」

「合計8人で争う、V将棋王決定戦です。そんなガチでやってる人じゃなくてだいたい初段ぐらい? が目安なんで香波さんはちょうどいい感じですね。もちろん私も参加します」

 なんだそれは、藪から棒に。

 こうふつふつと人の将棋熱が高まってるタイミングで。狙いすましたかのようじゃないか。


 この女、最初からこれが目的だったな、将棋を指したのもこちらの棋力を測るため。

 にたにたとほくそ笑んでる闇子の顔を幻視する。

 一瞬断ってやろうかと思ったが、ぎりぎりのところで思いとどまった。

「いいじゃない。その話のってあげる」

「ありがとうございます。そっちの方でも対局できたらいいですね」

「そうね。で、それいつやんの?」


 どれだけ時間が残されてるかはわからないけど、できる限りの準備はやっておきたい。

 笑い出したいのをこらえる。なんか自分で思ってるより楽しくなってきた。

 相手がどんな連中にしろ目指すは優勝だから。

 香波の質問に対し、闇子は少しの間を空けてから答えた。

「……明日です」

「は?」


 なんでも急遽外せない用事ができて1人参加できなくなったらしい。

 ひとまず他の参加者の知り合いから出れる人いないかと大あわて探してたそうだ。

 それで闇子は香波が前に将棋配信してたのをふと思い出して声をかけることにしてみたという。

 急すぎる。


 が、明日の配信の予定は今のところ決まっていない、はず。

 一旦仮承諾という形にしておいて、夕飯にカレー食べつつ沙夜に確認をとった。

「いいよー」

 あっさり承認を得る。

「私に言われなくてもコラボに参加するとか、香波ちゃんも成長したね」


 なんだ、それは。どういう立ち位置で言ってるんだ。あんたは私の母親か何かか?

 まあある意味母親ではあったけど、V的には。

 とにかく食後に全面的にOKの返事を闇子に伝える。主催の人とも連絡がついて本決まり。

 こうしてあわただしくも香波ははじめて多人数でのコラボ配信に参加することになった。



 今日の明日のことだから前日も当日も普通にすごす。

 何かやったところで付け焼刃にしかならんだろうから。せいぜい読み慣れた戦法書をぱらぱらめくったぐらい。

 実戦でこの局面がでてきたら、まさしく、あ、これ、進研ゼミでやったところだ、みたいな気分になりそう。

 まあそんな偶然はまず起こらないだろうけど。


 午後8時、配信開始。沙夜は当然、別室。

 不正なんてするつもりはまったくないが李下に冠を正さず。

 そう見えそうな可能性はできれば排除しておきたいところ。

 フェアプレイの一環、のようなものか。


 今日の予定は開会式、ついでそのままの流れで予選。

 参加者8人をAとB、2つのグループに分けてリーグ戦。

 それぞれのリーグの1位2位の計4名が決勝トーナメントに駒を進める、ただしそっちは後日。

 ルールは予選、決勝ともに10分切れ負け。

 時間が押す可能性が少ないからというのは裏で聞いた話。


 あでやかな空色の着物をまとったショートカットの女性キャラクターがはきはきと司会進行する。

 主催者の小川と金さん、『小川』と『金さん』ではなく、小川『と金』さん、変わった名前、まあ将棋が好きなのはわかる、闇子いわくそれなりの腕前らしいが、今回は裏方に徹するため大会には参加しないとのこと。


 急なトラブルにもきちんと対応できてるし今もてきぱきと話を進めている。しっかりした娘さんだ、機会があれば対局してみたい。

「――最後は昨日いきなり参加してくれることになったこの方です。本当にありがとうございました。それでは自己紹介よろしくお願いします」

 ……私のことだ。

 普通の視聴者の気分で見てたせいで香波は一拍反応が遅れた。


「あ、どうも。佐原カナミです。なんか昨日の夕方にそこにいる闇子に急に将棋誘われて、さらにつづけてこの大会に参加することになりました。得意戦法は、うーん、角道開けてるタイプの振り飛車ですかね。何の準備もできてないですけど、やるだけやってみようと思います」

『なんかいつもと違うような』『久しぶりにフルネーム聞いた』『よそいきモード?』

 チャット欄に知ってる名前がいくつか見える、いつも配信に来てくれる人たちだ。

 なんか好き勝手言ってくれてるようだが、こっちは緊張してんだよ、そのぐらい察しろ。


 参加者紹介が終わってそのまま流れでグループ分け。

 不正が疑われないようにその場で外のサイトを使ってと金さんが振り分ける。

 配信画面でルーレットが回る。8人の参加者たちがA、Bそれぞれに割り振られていく。

 香波はA――まあAでもBでもわりとどうでもいい、大半は知らない人だから、強いか弱いかもわかんない。


 気にするとすれば唯一の知り合いの闇子のことぐらいだ、向こうはB、ひとまず別れた。

 よかったような、悪かったような。

 昨日の今日で闇子と対戦したら十中八九負けるだろう。

 決勝トーナメントに進むことを考えれば別々のグループでよかった。

 けど逆に言えば決勝トーナメントに進まなければ闇子と再戦することはできないということだ。


 闇子の話によればだいたいみんな実力は似たりよったり。そんな簡単に勝ち上がれるとは考えていない。

 まあ闇子と対局したかったら別にプライベートで声かければいいだけなんだけど。

 でもお互い予選抜けて決勝トーナメントでやろうって考えてる方がなんか燃えるものがある。ので香波は勝手にそう思っとくことにした、向こうのことは知らない。

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