[28] 予選
予選リーグ、対局は一斉に行われる。
香波は見てはいけないが配信の方では4局まとめて画面に映しつつと金さんが実況解説するらしい。
若干の休憩を挟みつつ10分切れ負けをたてつづけに3局。
1局目はまだいい、2局目もなんとかなるだろう、問題は3局目、どうやっても疲弊している、スタミナ勝負になる。
全員条件は同じだ、泣き言は言ってられない。
「よろしくお願いします」
香波は小さくつぶやく、マイクは入っていないが。
気持ちを切り替える。
1局目、相手は戸村龍三。
開会式の時見たアバターは隻眼のいかついじいさんだった。
将棋指し、というより反社会的な職業の人のような見た目。
なんでそんな外見にしたのか。
雰囲気だけで判断するなら居飛車党でクラシックな形の将棋指しそう。雁木とか、いやあれは今となっては新しい戦法か。
先手龍三は初手2六歩、つづけて2五歩と飛車先の歩を伸ばしてきた。こちらの作戦を限定する指し方。
後手は角道止めてクラシックな振り飛車にすればそれも1局ですぐに悪くなるわけではない。
けれどもなんか悔しい。
指す前から今日はゴキゲン中飛車指してやるぜ! と意気込んでたわけではない。
クラシックな四間飛車が大嫌いで絶対に何があっても指したくない、というわけでもない。
でも無理矢理押しつけられるのはなんか違う、心理的に負けた気がする。
香波は勢いにまかせて大きく飛車を振った、2八の位置まで。
鬼殺し向飛車。
相手の手にのって桂馬をぴょんぴょん飛ばしてく積極的な作戦。
先手は後手の注文通りに角交換、序盤から互いに角を持ちあったことで駒組は大きく制限を受ける。
素人同士、うっかりした手を指して乱戦になりやすい展開。
画面の向こうに香波は呼びかける、あんたがこの局面を望んだんだ、しっかり指しこなしてみろよ。
――あっさり負けた、いいところなし。
何というかその場の感情で指しなれてない戦型選ぶんじゃなかった。
リーグ戦、黒星スタート。
1位は難しいかもしれない。でも2位だろうと決勝トーナメントには進出できる。
まだ終わっていない。
ペットボトルの水を飲んで一旦落ち着く。
2局目、お相手は霧崎ケイリー。
金髪ロング幼女、両手に鋏を持ってカチャカチャ鳴らしてた印象。
どんな将棋を指してくるのか見当がつかない。
考えてもしょうがない。自分の将棋を指すだけだ。
1局目負けたおかげでいい感じに冷静になれている。
負け惜しみというやつだろうか、それでもいい。
今のこの平らかな精神状態がすべてだ、いつもよりずっと先まで見通せる、ような気がする。
先手は香波、角道を開けずに7八まで飛車を振る、いわゆる7八飛戦法、そのまんまの名前。
利点はよくわからない。
わからないが最近三間に飛車振るのにはまってるからどうせ後で振るのなら最初からでいいやとそのぐらいの考えでやっている。
2手目、後手の指し手が若干遅れる。
おそらく――相手は戸惑っている。あんまり7八飛と戦ったことがないのかもしれない。
未知の手と遭遇した時の対処法はおおきくわけて2つ。無難に収めるか、それとも積極的に咎めにいくか。
あんたはどっちの人間だ?
香波は勢いよく手を進める、対してケイリーは細かく時間を使って慎重に指している。
じりじりと持ち時間に差がついていく。
まだ駒はぶつかっていない序盤戦。徐々に飽和状態に近づく。
ケイリーが金を上がった。
香波の頭の中で何かがスパークする。
ひょっとしてこれはチャンスでは?
強引な仕掛けを思いつく、先に駒損するが残り時間を考えれば通りそうな攻め。
いける感覚があった。のでそれを信じてみることにした。
勢いよく角を切り飛ばして敵陣に踏み込んでいった。
あぶなかった。ぎりぎりの勝負。
仕留めたと思った瞬間、鋭い斬り返し。肝が冷えた。
紙一重で残していた。読み切れてたわけじゃない、運がよかった。ひとまず1勝。
そして最後の1局、ここですべてが決まる。
長曾我部劇王。なんかものものしい名前。
外見は確かスーツに薄めのサングラスの成年男子、名前に反してなんかふつー。
肝心の棋風は外見の方に沿っていた、オーソドックスな指し手。
相振り、先手香波の三間飛車に対して後手劇王の向飛車。
お互い美濃に組んでから攻めの態勢を作っていく。
仕掛けられ時はじめてミスったと気づいた。端をうっかりしていた、まずい、まともに対応していてはやられる。
香波は自分に言い聞かせる。落ち着け、確かに私はミスを犯した。
けれども将棋は先にミスした方が負けるゲームか?
違う。
将棋は最後にミスした方が負けるゲームだ。
向こうだって疲れているはず。
どこかで必ずミスをするはずだ。それを見逃すな。
逆転のチャンスは絶対にやってくる。
強引にかみついて攻め合いの形に持っていく。
相手に楽をさせるな。3連戦の疲れにつけこむんだ。
持ち時間は残り1分を切った、じっくり考えているヒマはない。
けれども直感、なんとなくいける気がした。
チャンス到来、きちんと読んでる時間はない、それでもそこに勝ちがあると信じて踏み込む。
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