[17] 酔

 沙夜は配信画面の方にも気を配りつつ、同時に香波を観察していた。今のところ普通に話せてるようだが、油断はできない。

 実は――沙夜は以前に香波と飲んだことがある。香波がそれを覚えていないだけだ。多分そうだろうとは思っていて、さっきも一応確認してみたが、欠片も記憶に残ってなかった。

 確か2人とも20すぎたことだし、それ以外に特に理由はないけれど、記念に飲もうかという話になって、当時の香波の家で飲んだ。その時は飲んでる途中から彼女は妙に饒舌になっていって、しばらくするとぱたんと寝てしまった。そうして翌朝目覚めたら前の日の夜のことはすっぱり忘れていた。

 そんなに大量に飲んでたわけじゃなかった。むしろ量で考えたら少ないくらいだった。体調は特に崩れないようだがどうやら非常に酔いやすい体質らしい。

 香波が出してきた企画だからOKしたけど注意するにこしたことはない。


 なんてことを考えていたら急に香波は力強く持ってる缶を机に叩きつけた。コンと小気味よく音をたてる。

「今日は沙夜に言いたいことがある!」

 なんだろうと改めてそちらを見れば、頬が紅潮して若干目も座っている。早くも酔いが回ってきたらしい。

『??』『いきなりどうした』『修羅場』

 チャットの方も不穏な空気を感じとってざわつく。ぎりぎり配信中というのは忘れてないようで、きちんとカメラとマイクの方を向いている。

 沈黙。中々つづきをしゃべらない。言いにくいことでためらってるのかもしれない。

 沙夜はこっそりキーボードに手を伸ばした。もしもの場合はすぐに音声だけ切る準備をしとく。


「あのね――」

 沙夜、ついでに視聴者が、かたずをのんで見守る中、ようやく香波は口を開いた。

「――いつも私のこと助けてくれてありがとね」

『うおー』『きたー』『とうとい』

 そんなコメントが流れる中、沙夜は冷静に思う。この娘すでにだいぶ酔ってんな、と。

 香波とは長い付き合いだ。その性格は知り尽くしている。感謝の言葉なんて例えどれだけ心の中で思っていたとしても、口に出して本人に伝えてくることなんてありえない。出会った中学生のころからそうだったし、大人になった今でもそれは変わっていない。

 想定よりずっと酔うの早い。まだ半分も缶空けてないはず。ここからさらにアルコール摂取量が増えたらどうなるのだろうか。お酒はもう取り上げてしまって、かわりに水でも飲ませておいた方がいいかもしれない。多分今の状態なら気づかれないはずだ。

 けれども――沙夜は正解を知りながらその行動をとることができなかった。正直めっちゃうれしかったので。


「私さ、昔からこんな性格だから友達いなかったのよ。別にそんなのいなくてもよかったんだけどね。でも、沙夜だけはいっしょにいてくれた。こんな私を嫌わずにずっと友達でいてくれたんだ。すごいでしょ。沙夜はすごいんだよ。仕事なくなっていきなり転がり込んでも迎え入れてくれたし。さらにはこうして新しい世界も見せてくれて感謝しかないよ。ほんとにありがとねー」

 残ったアルコールをちびちび飲みながら香波はつづける。ところどころ呂律があやしい感じになっている。全世界にむけて発表されるというのはさすがにちょっと恥ずかしい。まあうれしさの方が上回ってるからいいんだけども。

「みんなもありがとねー。こーんな配信見に来てくれてさー。別に私なんて話すの上手なわけでもないし、かわいいことも言えないのに。でも沙夜の作ってくれたカナミはすごくかわいいよねー。私も気に入ってるんだー。これからもがんばるから、時間があればでいいから見に来てねー」

 言ってる途中でだんだんと香波の頭が下がっていって、最後は語尾をうすれさせながら、糸が切れるように机につっぷす。手に持ってたカンは床に落ちたが幸い中身は残っていなかった。


 配信開始からまだ1時間もたっていない。夜もまだまだ早い。けれどもこれ以上の続行は不可能だろう。

 とりあえず香波のマイクだけ落として、沙夜は状況がわからず困惑してる視聴者に語りかけた。

「えーと、カナミちゃんが寝ちゃったので。早いですが今日の配信を終わります」

『はや』『まだ8時にもなってないんだけど』『お酒弱すぎでは』

「アーカイブは残りません。本人が見たら恥ずかしさのあまり暴れまわるのと思うので」

『えー』『りょーかい』『うんまあしょうがいないかも』

「私は自分用にデータとっとくけどね」

『ずっる』『管理者の特権』『ちくしょう、俺も運営なら』

「というわけでおつかれさまでしたー」

 適当に締めの挨拶して配信を終了する。そういえば終わりの挨拶とか決めてなかったなーと『おつ』の並ぶチャットを見ながらぼんやり思った。

 まあそんなものは現実逃避だ。本当の問題は別にある。

 完全に眠ってしまている香波をどうするかということで、何も思いつかないからひとまず残った自分のチューハイを飲みつつ、沙夜はその寝顔でも眺めておくことにした。

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