[16] 祝杯

「はーい、というわけで今日は酒飲みながら雑談しまーす」

 収益化条件クリア後、最初の配信。

 お祝いごとといったらまず酒のことが香波の頭には浮かんできた。別にそんなに好きというわけではないのに。でもやっぱり世間的にもそういうものだと思う。正月となればいつもは全然飲まない人だって少しぐらいは飲んだりする。

「カナミちゃんと飲むのもずいぶんと久しぶりだねー」

 隣に座ってる沙夜が言った。今日は時間があるというのでいっしょに配信している。というか多少の仕事があったとしてもおめでたい日なんだから、強引にでも時間作って参加しろと思う。まあ実際こうして参加してるわけだから何の文句もないが。


 それはさておき、沙夜の発言に香波はひっかかりを覚えた。

「え、はじめてでしょ」

 なんか自然に言われて納得しかけたが、いくら脳内を探ったところで、沙夜と飲んだ記憶は一切見つからない。勘違いしているのか、それともなんか意図があって嘘をついているのか、わからない。

 香波の反論に沙夜は数秒間考え込んでから、

「……そういえばそうかも。記憶違いしてたみたい」

 と答えた。

「まだ飲んでないのに頭ぼけてんじゃないの」

「そんなことないよー」

 だれか別の人と間違えたんだろうか。この場で深く追及しても仕方がないので香波は適当に流すことにした。


「かんぱーい、収益化おめでとー」

 沙夜の音頭に合わせてかしゅっと缶チューハイを開ける。あんまりアルコール強くないやつ。飲み慣れてないのでこういうジュースっぽい方が口にあってる。

「いえーい」

 チャット欄には『乾杯』だの『KP』だの文字が一斉に流れる。一口だけ飲んでからそれに合わせるように香波も一応歓声をあげておいた。

「テンション低くない?」

 即座に横からツッコミが入る。沙夜は人の感情を読むのが変にうまい。それが役に立つこともあるが、こうして余計なことに気づいてうざいこともある。


 正直なところを香波は吐露する。

「いまいち実感わかなくて」

「なんで?」

「1000人超えたところちゃんと見てなかったから」

 考えてみるとそこに突き当たる。数字を見れば1000人超えてるのはわかるのだが、その瞬間を見逃したせいで、どうも自分のことなのにお祝いムードに乗り切れないところがある。

「引きずってるなあ。1000ぴったりのスクショは撮っといたでしょ」

「うん。それは見た。見たけどちょっと違う。なんで教えてくれなかったの、もうすぐ1000だよって」

「いやいやあの時途中でプレイ遮って教えてたら絶対怒ってたでしょ」

「そんなまさか――多分そうかも。ねえ、今からやり直しできない?」


 唐突に思いついた。このどこかひっかかる感じを取り除くにはそれしか方法がない気がする。

「それどういうこと?」

 沙夜が聞き返してきた。察しの悪いやつだ。丁寧に説明してやろう。

「一旦1000より下にさげてもらってそれから私が見てる状態で1000にする」

 そこまで難しいことではない。今見てる人が一旦登録解除すればその分だけ数字は下がるが、後ですぐに再登録すれば何の問題もない。今度は見逃さずにきちんと1000になる瞬間を見られるという寸法だ。

 冴えてるなと自分で自分に感心していたら、沙夜は慌てたように視聴者に呼びかけた。

「待って待って、やんなくていいからね。というかカナミちゃん、そんなやらせみたいのでうれしいの?」

 ついで香波に向かって問いかけてくる。うれしいのかどうか、頭の中でどうなるかシミュレートしてみた。

「……やっぱだめね、あきらめるわ」

 過ぎ去ったときは戻らない、戻らないからこそ特別な瞬間には強烈な感情を覚えるのだろう。今回のことは残念だけど次こそは必ず!


 今日のチャット欄は今までと違う。いつもと同じくだらない話してるだけなのに、スパチャとかいう目立つ色のついたやつが流れていく。目立つ色をしている上にそこにはコメントといっしょに100円、500円、1000円と金額が書かれている。

「この金、全部沙夜のものなんでしょ」

「もっと直接的でない言い方してね、カナミちゃん」呆れたような口調で沙夜は言う。「全部じゃないよ。手数料とかいろいろ差っ引かれるから」

「ずるくない? 沙夜だけ儲かるの」

「ずるくないよ。最初の約束通りでしょ」

「それはそうなんだけど……」

 なーんかしっくりこない。もしかすると自分は搾取されているのではないか。今も露骨に沙夜の懐にお金が入っていってるのかと思うと落ち着かない気分になる。

「だいたい初期投資とか生活費とか考慮に入れたらまだまだ赤字だよ」

「最初の約束通りでお願いします」

 全然何の問題もなかった。というか収益化しただけじゃ採算とれてないんだ。損させるのも悪いから沙夜のためにももう少しがんばってやろう。


 ――と意気込みを新たにしていたところ、「そうはいうものの何にもないのは寂しいから、はいどうぞ」不意に沙夜は赤い封筒を取り出し渡してきた。

「なにこれ」開けてみたら中には綺麗な1万円札が1枚入っていた。

 おどけた調子で沙夜が言う。「sayoさんからスーパーチャットが送られましたー」

「直接手渡しなんだ」

「そっちの方が他にとられる分なくていいでしょ」

「それもそっか」1万円、1万円かー。臨時収入。何に使ったもんだろうか。思いつく、悪くないアイディア。「明日焼肉行きましょ、私がおごってあげる。感謝しなさい」

「ん? うん? それ元は私のお金なんだけど」

「もう私がもらったんだから私のものでしょうが」

「そうだね。ってことは香波ちゃんのおごりであってるのか? あってるね。ありがとう」

 微妙に納得いってない沙夜を強引に押し切る。やった、明日は焼肉だ。

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