[15] 決戦
ボス部屋は一画面に収まる範囲に限られる。その端と端で両者睨みあう。クエッタマンのライフは道中で減って残り3分の1、対するカエルマンは満タン。
なにより初見。こちらが不利なことは百も二百も承知している。それでも勝つつもりで戦うのが心意気というもの。ひとまず相手の出方がわからない。香波はその場でショットを連射した。
3つの豆玉はカエルマンへとまっすぐ襲いかかる。けれどもすでにその場所に彼の姿はなかった。舌をびよーんと伸ばして天井にひっつけると、今度は縮めて体を斜め上前方へと移動させる。
「なにその動き、きも!」
一瞬の動揺が命取りになる。舌先を離したカエルマンは振子の勢いでクエッタマンに上からダイブ。反応が遅れた。フライングボディプレスを回避しきれず大ダメージを受ける。
まだ終わっていない。ライフは残っている。一番よくないのはこのままリズムが崩れてなすすべもなくやられることだ。状況を建て直せ。とりあえず距離をとるんだ。
一目散に右へと逃げる。といってもカエルマンから目を離してはいけない。相手は何をやってくるかわかんないぞ。また舌を伸ばしてくるかもしれない。
いつのまにやらカエルマンが放ってたちっちゃな弾があたってクエッタマンは爆発四散した。
ゲームオーバー。今日だけで何度も目にしたパスワード画面が映る。椅子の上で脱力。え、まじで? あんなに苦労してぬめぬめ足場地帯抜けたのに? あれでクリアじゃないの?
「もしかしてだけど……もう1回あそこ抜けないといけないわけ?」
『残念ながら』『お察しの通りです』『そうだよ』
「くそが!」
コントローラーを投げ出すのはぎりぎり自制できた。
香波はステージセレクト画面をただ眺める。隣のカナミも濃い青の瞳をぼけーっとこちらに向けていて何も考えていないように見える。実際そうか。
カエルマンステージ、とりあえずぬるぬる足場地帯まではもう慣れたものだ。楽々進めるはず。じゃあその次の超難所はどうか、1回抜けれたことだしなんとかならなくはないと思う。
じゃあ最後の最後のカエルマンは? 対戦経験が少なすぎて何とも言えない。けどぬるぬる足場地帯より厳しいようには感じられなかった。
「よっし、行こう」
気合を入れるためにあえてつぶやく。起き上がってコントローラーを手に取ってディスプレイに向かった。心なしか画面の中のカナミも目に光を取り戻したように見えた、多分勘違いだけど。
序盤から中盤、らくちん、目をつぶっててもクリアできる。運がいいことに1UPを敵が落としてくれた。ぬるぬる足場地帯、すんなりいけた。1回落ちたけどそれは許容範囲内。
自分でも驚くほどあっさりボスまで到達する。残機は2、つまりは今のも含めて3回挑戦できるということ。
「これで終わらせるから」
声に出して宣言することで自分を追い詰める。
1回目はライフ減ってたので様子見。カエルマンの動きを見極める。舌を天井、床、壁に伸ばして変幻自在に高速で体当たりしてくる。ちっちゃなショットを放ってくるのもうざい。
あえなく敗れる。けれどもわかったことがひとつ。カエルマンのショットはクエッタマンをまっすぐ狙っている。つまりはその場から動いてしまえば当たることはないということだ。
2回目、ショットの避け方がわかったおかげでカエルマン本体に集中できるようになった。一定の距離を保ったまま豆玉をぶつけていく。1発タックルをくらったが、半分程度まで相手のライフを削れた。
この調子でいけば勝てる、先に相手が潰れるはず。しかしそう簡単にはいかないものだ。
カエルマンは口から緑色の玉を吐き出してきた。弧を描いて落ちる。それで終わりではない。床でバウンドして跳ねまわる。ショットを当ててみた、壊れない。ずっと動いている。
そっちに気を取られているうちに本体にぶつかってクエッタマンは倒れた。
「負けた。けどいける。勝ち筋は見えた!」
3回目、残機は0。ここで負けたらまた最初からやりなおし。
「ここで勝つ! 全力で集中する!!」
落ちつけばカエルマンの軌道は直線的だ。前半は目が慣れてきた。ノーダメージで突破。
問題は後半戦だ。緑の玉を吐き出してくる。これが厄介。バウンドは一定だけどカエルマン本体と合わせるとわけわかんなくなる。
落ち着け。落ち着いて視野を広く持ちなさい、そう香波は自分に言い聞かせる。心の平衡を失えばそこから一気に崩れる。なによりも注意すべきは本体。ダメージも大きい。絶対に当たってはいけない。
緑粘液に当たりながらもショットをぶつけていく。与えられたダメージ量はこちらの方が多いが、前半に確保していた優位をいかしてカエルマンを追い詰める。
両者ライフは残り5分の1を切る。
カエルマンはそこで再び緑粘液を吐き出した。
「2つ目! そんなんずるでしょ!」
避けきれるか、多分無理だ、1つだけでもかなりきつかったのに。だが敵も苦しいはず。言ってみれば囲いがぼろぼろの状態。どっちが詰んでてもおかしくない状況だ、どうすればいい?
突貫する。ダメージ覚悟、こちらが倒れるより先に相手が倒れればそれで勝ちだ。乱戦模様。互いのライフががしがし減っていく。あと1発だけでいい、あと1発だけでも当てられれば!
緑の玉が迫ってくる。進むか退くか。ここまで来て退く選択肢などない。進め。落ちてくる緑玉に向かって。多分潜り抜けられるはず。進みながらラストショットを放った――
「やったー!」
画面前でひとりガッツポーズをとる。最後に立っていたのはクエッタマンの方だった。
正直振り返ってみればボス自体はたいしたことなかった。死亡数の9割はぬるぬる足場地帯であって、あそこをもうやんなくていいというのがなによりの喜びだった。
そんな勝利の余韻にじんわり浸っていたところ、ノックの音が香波を現実に引き戻す。振り返れば沙夜だったのでにっこり笑ってVサインを見せつけてやった。
「ほらほらどうよ、カエルマン倒した!」
「おめでとう。あの、それはいいんだけどね」
「なに、なんかひっかかる言い方ね」
「登録者数とっくに1000人こえてるよ」
「うぇ?」
言われて視線を移せばカナミの頭の上の登録者数は1014となっていた。
『やっと気づいた』『どちらもおめでとう』『カエルマンと戦ってる途中に越えてましたよ』
そう言えば長らくチャット欄の方にも目を向けてなかったような気がする。1回ゲームオーバーして戻ってきてカエルマンに再挑戦だ! のあたりで超絶集中モードに入っていたっぽい、どうやら。
「えー、ありがとうございます」
ひとまずよくわかんないけど礼を述べる、自分でもとってつけたような感じはしたが気にしないことにした。
「登録者数のこと今まで忘れてたでしょ?」
「そんなことはないけども」
「じゃあ1000人達成とカエルマン撃破、どっちがうれしかったの?」
「カエルマン撃破」
そこのところについて私は私に嘘つくことはできない。なによりそれは散っていったカエルマンに失礼だ。
ぎりぎり日付が変わる前に目標到達できた。キリがいいのでおめでとうムードのまま配信を終わる。残りのボスをやっつけるのはまた今度にしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます