[9] 企画

「今日の配信、こんなんでいいの?」

 配信画面のすみっこに小さくカナミの顔とついでにsayo鳥が映る。正方形のアイコンが2つ並ぶ。香波が口を動かしても今日のカナミはまったく動かない。周りを囲う枠が赤く光るだけ。

 画面の大部分は香波の手元を映すカメラの映像だ。テーブルを上から見下ろすそれは、街を模したすごろく風のマップといくつかの駒、それからカードの束をその視野におさめていた。


 香波の疑問に沙夜が答える。

「いつもじゃなくて、たまにならいいと思うよ」

「Vtuberって言いながら私たちの手とか普通に映ってる件に関しては?」

「顔映らなかったらだいたいオッケーってことで」

「あんたと視聴者がそれでいいなら私はもう何も言わんどくわ」

 正直納得いかなかったけど香波は気にしないことにした。


「……かなフレでしょ」

「なにそれ?」

「視聴者じゃなくてファンの人のこと『かなフレ』って呼ぶことに決めたでしょ」

 少し間をおいてぽつりと沙夜のつぶやいた言葉の意味を香波は理解できなかったが、そこまで言われてようやく思い出すことができた。

 そんなことを確かに決めたような気がする。今の今まですっかり忘れてて心の中ですら『視聴者』って呼んでたけど。

『忘れられたかなフレ』『まあ多分覚えてないだろうなとは思ってたけど』『俺たちは友達じゃなかった、ってコト!?』

「友達友達、ただちょーっと記憶の彼方に飛んでただけよ。これからはずっとかなフレだから」

『かなフレは永遠』『今度こそ忘れられないといいなあ』『カナミちゃんが忘れてもかなフレは覚えてるから』


 今日の配信で何するか考えたところ、前回のリベンジマッチで将棋指してsayoをぼっこぼっこにしてやろうと香波は思ったが、さすがに連続で将棋はちょっとと沙夜が言ってきて、じゃあ何するのと香波が言い返したら、折衷案ということで沙夜がボドゲを引っ張り出してきた。

 "明日は明日でゾンビ駆除する"、探検開発室制作の対戦型ボードゲーム。ゾンビが発生した現代日本が舞台で、プレイヤーは民間ゾンビ駆除業者になってお金を稼ぐ。従業員がゾンビ化したり国から補助金打ち切られたり、いろいろなトラブルを乗り越えつつ、最終的に一番儲かった人が勝ち。


 駒を並べつつ沙夜はかなフレにむかって話しかける。

「今日はゆるーくボドゲしながら、ついでに企画会議も兼ねてるからカナミちゃんにやって欲しいことがあったらコメントに書いてください」

「あんたらに言われたところで私がやるとは限らないけどね」

「それはそうなんだけどカナミちゃん、わざわざ言わなくてもいいよ」

『慣れてきたのでだいじょうぶです』『こういう人ってわかってきた』『通常営業』

 わかってます的なコメントが並んでてむかついたのでスルー。


「それからカナミちゃんに注意して欲しいことがあるんだけど」

「何よ?」

 前置き終わってゲームを始めようとしたところで改めて沙夜は香波に向き直った。

「今日はカメラ撮ってるから間違って顔映さないようにね」

「はあ、何言ってんのあんた!? 私がそんなミスすると思ってるわけ? バカにすんな!」

「だいじょうぶとは思うけど、一応」

 そんなこんなでボドゲ兼企画会議雑談配信が始まった。


 基本はマップ上を移動してアイテムを回収、それを使ってゾンビを倒す。ターンごともしくは特定の条件を満たすとカードを引いて、なんらかのイベントが発生する。

 香波は早速さすまたを手に入れた。ゾンビと距離をとって戦える、序盤から中盤にかけて非常に重宝する武器だ。積極的にゾンビと戦闘してポイントを稼いでいきたいところ。

 自分の駒を動かしながら香波は素朴な疑問を口にした。

「そもそも普通Vtuberって何すんの?」


 沙夜は警察署の方に向かっている。アイテムが獲得できるわけじゃないが、ゾンビ対策課との関係がよくなる。課と関係がよくなると仕事を回してもらえるから長く見れば稼ぎにつながる。

 ターン終了のイベントカードをめくりながら沙夜は香波の疑問に答えた。

「雑談とか」

「今やってる」

「ゲーム実況」

「それも今やってるわ」

「歌うたうってのもあるかな」

「別にうまくないけど」

「私はカナミちゃんの歌好きだよー」

「はいはい」

「あとはASMR」

「なにそれ?」

「耳かきしたりひそひそ声で話しかけたりするやつ。一応言っておくけどえっちなやつじゃないよ」

「そんな風に考えてるの世界中であんただけでしょ」

 歌やらASMRやらは環境整える必要があるから、ひとまず雑談とゲーム実況に範囲を絞ることにした。


 そのあたりでゾンビ大発生のカードを引いた。危険度が一気に上昇、マップ上に次々とゾンビ駒が出現する。

「あーあ、sayoがたらたらしてたせいで街中ゾンビだらけになっちゃった」

「いや中盤の固定イベントだから。まあ私のプレイで多少早まってはいるけどね」

「やっぱsayoのせいじゃん。街の人かわいそうに」

 ゾンビを倒せばその分お金がもらえることを考えれば駆除業者には稼ぎ時だ。こっから勝負が大きく動く。

 今のところ香波がリードしている。が、沙夜は安定志向で後半伸びるプレイングだから油断できない。企画会議の方はさておきゲームに集中しようと香波は気合を入れた。

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