[10] 接近

 ゾンビ感染急拡大に遅れて銃火器が解禁される。香波は早速ショットガンを入手した。

「よしきた、ゾンビ無双のはじまりよ!」

「カナミちゃん、ストップ! 一旦落ち着いて」

「何が? 負けてるからって水差さないでよ」

 駒を動かそうと身を乗り出した香波の頭を沙夜は抑えて、

「カメラ」

 と言いつつ目線を上に向けた。

「ごめん、忘れてた」

 そうだった、そんなものがあったんだった。

 沙夜はため息をつく。指摘はありがたいけども、ちょっと忘れてただけじゃんか、くそが。


『コラボとかしないんですか?』

 企画会議の方も進める、香波は目に付いたコメントを拾っていく。

「Vやってる知り合いいないし。そういうのどこで知り合えるの? なんかそういう集会とかあるわけ?」

「私も知らない。どうやって知り合うんだろうね。でも集会はないと思うよ」

『SNSとかで自分から話しかけていくのはどうですか?』

「やだ。怖い」

 視聴者からの提案に香波は端的に答えた。


 沙夜は火炎放射器を手に入れながら(広範囲に攻撃できるが周りに被害が及ぶ扱いにくい武器だ)、

「これまで配信見てきた人はわかってると思うけど、カナミちゃん人付き合いめっちゃ苦手だから。ということで私以外との配信は当分ないと思っててください」

 と解答を補足した。

「何勝手なこと言ってんの? 私めっちゃコミュ力高いし」

「まあかなフレの方々が各自判断していただければ幸いです」

 香波の反論は沙夜に余裕をもって受け流された。

『了解しました』『カナミちゃんはコミュ力高いよ』『カナミちゃんはコミュ力の化け物だよ』

 コメント見る限りでは視聴者連中はちゃんとわかってるようだ。ただし皮肉で言ってる可能性は考えないものとする。


 ゲームは終盤、依然として香波がリードしていたが、差は徐々に縮まってきている。沙夜が初期に信用をためてたのがここに来て地味に効果を発揮していた。

『もうすぐ収益化ですね』

「収益化? なにそれ」

「配信でお金が稼げる状態になるってことだよ」

 見慣れない単語がコメントにあったので思わず香波は口に出した。知らないことはだいたい沙夜が教えてくれる、すっごく便利。

「そう言えばV始める前に、なんかお金儲かる仕組みがどうこう言ってたような」

「ちゃんと覚えてないだろうけどそれだよ。まあカナミちゃんはあんまり気にしなくていいけどね」

「へーそうだったっけ。どおりであんまり覚えてないわけだ」

 覚える必要のないことは忘れるに限る、そうした方が余計な気を回す必要がないから楽しく生きられる。


『スパチャのうちいくらかがカナミちゃんのお小遣いになるんじゃないんですか?』

「違うよ。カナミちゃんのお小遣いは私が独断で決めてる」

 視聴者から飛んできた質問に沙夜はさらりと答えを返す。

「前の将棋配信のあとでおもしろかったからって500円もらった。けち臭い話よね」

「え、お菓子買ってくるーってカナミちゃん喜んでたじゃん」

「うるさい、その時はなんかそういう気分だったのよ!」

 ちなみになんでそんなシステムなのか、前に沙夜に聞いたところ

「私の望む方向にカナミちゃんを誘導したいから。全力で私に媚びてね」

 という答えで、香波は素直に『こいつきもいな』と思った。


 ずれかけてた話を香波はもとに戻す。

「その収益化ってやつ、どうすればできるの?」

「だいたいの条件は満たしてるからあとはチャンネル登録者数が1000超えればいいよ」

「今いくつだったっけ?」

『950ちょっとです』

 特に気にしてなかったけどいつのまにかそんな増えてたんだと少し驚いた。その収益化というやつの条件を満たすまで残り50人を切っている。


「そうだ、耐久配信やろうよ。登録者1000人になるまで終わらない配信」

 沙夜がとんでもないことを言い出した。香波は思いっきり顔をゆがませる。耐久配信、詳しいところはよくわかってないが、絶対に面倒くさいやつに違いない。

「あと少しになったら急に伸びが止まるとかそういう意地悪してくるんじゃないの?」

「しないしない。ここにいる人たちだけでコントロールできることじゃないし。まあ届きそうになったら登録外して多少遅らせることはできるけど」

「ほーら、やっぱりできるじゃない。そうやってあと少しのところで止めて延々配信させられるんだ」

『耐久配信(無限)』『その手があったか!』『まあ最悪新規に1000人集められたら達成できるから』

 ろくでもないコメントがずらずら並ぶ。やっぱり自分の直感は当たっていたんじゃないか。


「だいじょぶだって! 具体的に何するかはカナミちゃんの好きにしていいから。とりあえず次回の企画も決まったことだし、今日は終わりにしよ」

 沙夜が強制的に配信をしめようとする。香波はまったくもって納得していないというのに。

 ああだこうだと文句を言いながらも実はこの時点ですでに香波は諦めていた。

 別に沙夜が衣食住を握っているからとかそういうことではない。昔から沙夜は変に頑固なところがあって一度決めたら香波では動かせた試しがなかった。今回はその香波では変えようのない沙夜が出てきていた。


 沙夜が押し切る形で強引に配信は終了した。

 ボドゲの方はどうなったかというと、香波が終盤もイケイケで攻めてたら従業員にゾンビ化が多発、行政指導が入って資格を剥奪された結果、潰れて一文無しになって敗北した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る