[8] 対局

 1局目。先手。初手56歩から飛車を振る。

 相手は居飛車に構える。こっちがのびのび陣形組んでたらいきなり仕掛けてきた。

 え、そんな攻め方あんの? って思っているうちにあっさり叩き潰された。

 感想戦でもまったくいいところなしという結論。銀上がりが安易だった。手合いが違いすぎた。


 2局目。再び先手。再び56歩。

 相手も飛車を振ってきた。相振り。中飛車対三間飛車の形。

 だいたい互角かこっち有利かな? ぐらいの感じで終盤に入る。残り時間もほぼ同じ。

 最後の最後、自分も相手も詰んでるのか詰んでいないのかわからなくなる。いちかばちか王手をかけた。

 結論、詰まなかった。ずるずる逃げられる。逆に詰まされて投了。

 局後検討したところこっちに詰みはなかったから、ゆっくり必死かけとけばよかったとのこと。悔しい。


 疲れたのでちょっと休憩、しつつ次の対戦相手を募る。

「ランダム怖い。視聴者の中からちょうどいいぐらいの弱さの人来て」

 正直に告げる。偽らざる本音ってやつだ。

 待ってる間、適当にコメント拾って雑談。

『振り飛車党なんですか』

「そうそう。なんかフィーリングでなんとかなるから」

『普段からネットで指してるの?』

「リアルでsayoと指すだけ。私の方が強いけどね」

『互角だよ』

「sayo、うるさい。黙ってろ」


 ぴょこっとSEが鳴って対戦相手が現れる。

 ほんとありがたい。1人も出てこなかったらなんかめっちゃ寂しい気持ちになってたと思うから。

「一応注意しとくけど対戦中は配信見ないで。読み筋とか口に出しちゃってるから」

『了解しました。よろしくお願いします』

「よろしくお願いします」

 言いながら香波は画面の前で頭を下げた。カナミはそこまで動かないけど気分の問題。脳が将棋に切り替わる――そんな感じがする。


 3局目。後手。

 相手の視聴者の人はこれまでの対局見てたのか、なんでも来いの構え。こっちの得意を避けることもできたろうにいい人だ。いやそれだけ余裕があるということか。

 あれこれ考えてもしょうがないので素直に中央に飛車を振る。ゴキゲン中飛車。

 指しなれた形で序盤はさくさく進む。時間は両者ともに十分に残している。

 仕掛けてきたのは先手、いわゆる急戦形。こっちは美濃、固さは負けてないはず。

 多少強引にでも捌いていく。結果はこちらに分があった、と信じたい。

 一度水を飲んだ。焦らず冷静に囲いを崩す。時間はまだある。

 歩が飛んできた。激痛。思ってた以上にこっちの残り体力は少ない。どうする?

 ふと気づく。これ行けるんじゃないか。残り2分。手を止めて考えた。

 大きく息を吐きだす。詰みがある。終わった。ゆっくりと駒を動かしていった。

 感想戦では危ないところもあったようだが概ねこちら優勢だったとのこと。まじでうれしい。


「気分いいからこのまま終わってもいいけど、もう1局ぐらいなら指してもいいよ。ま、参加する人次第で」

 香波は椅子の上で脱力する。

 知らない人と指すのも悪くないと思う、ただすっごい疲れるけど。

 特に雑談もせずにぼけーっとする。配信中だとかそういうことは気にしてはいけない。休むときは休め。

 ぴこーん、対戦相手出現のSE。仕方ない、参加する人がいるなら指してあげましょう。

 起き上がって名前を確認する――sayo。

「え、本人?」

『本人だよ』

 コメントで答えが返ってくる。

「仕事しろ!」

 あんたが仕事するから配信してって言ったんでしょうが、なんで参加してきてんだ、こいつは!

 ただまあ視聴者は盛り上がってるようなのでそのまま指すことにした。


 4局目。先手。初手26歩、飛車先を伸ばす。

 絶対に負けたくない。さっき沙夜より強いって宣言した手前、負けられない。

 56歩は沙夜相手にいつも指してる、両者とも対策ができてる。あえて外す。

 対する後手sayo、同じく飛車先の歩を伸ばしてきた。相居飛車の様相を呈してくる。

 お互い引かずにそのまま相掛かりに。あんま指したことなくてよく知らない。多分sayoも同じだ。

 序盤から手探りで時間かけながら指していく。どこに穴が開いてんだかさっぱりわからない。

 いけそうだったので強引に仕掛ける。主導権渡すのはまずいと思ったから。

 あれ、ひょっとして、これわりといい感じに指せてるんじゃないの?

 油断するな。こっちも囲いは薄い。一発いいのもらったら終わりだ。


 じりじりと時間が減っていく。ぎりぎりのところで集中を保つ。

 sayoの将棋は一言でいえばしつこい。負けになってもなかなか決め手を与えてくれない。

 勝ったと思って緩んだところに絡みついてきて泥沼に持ち込んでくる。性格がすこぶる悪い。

 とっとと投了して欲しい。もうどうやってもあんたに勝ち目はないでしょうが。

 やば! 動かした後で香波は直感で理解した。

 具体的な手順はわかんないけどなんかまずい手を指したっぽい。お願い、気づかないで。

 祈りむなしくsayoは容赦なく反撃を浴びせてくる。飛車とられた。

 いや落ち着け。大きなポカはしたけどまだこっちが優勢なはずだ。メンタルを立て直せ――。


 立て直せませんでした。

 震える手で投了ボタンを押す。今日の中で一番屈辱的なやつだった。

 対局終わっても香波は「あー」とか「うー」とかしか言えなかった。さすがに泣きはしなかったけど。

 ようやく気分が回復してくる。ほーんと沙夜は性格がねじくれまがっている。それが将棋にも現れているんだろう、きっと。

「よっし、もう一局指しましょ」

『ごめん、仕事があるから』

「ずっる! こいつ勝ち逃げしようとしてる、まじでずるいやつだ!」

『今度暇なとき指すから許して。それじゃ』

「おい、この、逃げんな! 待ちなさい!」


 その後sayoの反応はなくて、香波は隣の部屋まで行って引っ張り出してきてやろうかとも考えたが、それはちょっとやりすぎだと思ったのでやめておいた。

 コメント交えて感想戦しつつsayoの愚痴つぶやいてたらいい時間になったのでその日の配信は終了した。

 次は絶対に勝つ。

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