[7] 単独
「今日、仕事が忙しいから1人で配信してて」
と沙夜が言い出したとき、香波はかんたんパスタ食べつつ
『こいつはいったい何を言ってるんだろうか』
と最初思ったのだが、しばらく考えて
『ああそうだ、これまで2人で配信してたからそれが普通なんだと思ってたけど、1人でやるもんなんだ』
と気づいたのだけれど、でもやっぱり
『別に沙夜の手が空いてる時に配信やればよくて、わざわざ1人でやらせなくてもいいのでは。準備の仕方とかよくわかってないし』
と考えたので、それをそのまま沙夜に聞いた。
「仕事しながら香波ちゃんが配信してるの私が聞きたいの。それから配信のやり方はちゃんと覚えて」
「なんかきもいけどわかった、なんかきもいけど。やり方はそのうち覚えるから今日のところはよろしく」
「きもいって2回も言う必要ないでしょ。ひとまず今日は私が準備するからしっかり後ろで見ててね」
そんなこんなでいつものように準備を沙夜に押しつけるのは成功したのだが、オープニングが流れたところで沙夜は部屋から出ていって、香波1人の配信が始まった。
よく考えるまでもなく別に1人でやるのが初めてってわけじゃない。初配信の時も沙夜は後ろに座ってただけで出る予定はなかった。つまりは変に緊張する理由はない。
「こんばんはー、佐原カナミでーす。今日は1人でーす」
ぬるっと始める。
画面上にもミディアムロングのアッシュブロンド美少女が1人で、間抜けたsayo鳥の姿はない。絵面的にちょっと寂しい気がする。デザインどうこうはわかんないけど後で沙夜に言うだけ言っとこう。
「隣にsayoいないんでね、いい機会だから悪口いっぱい言ってくわ」
『本人いないところで悪口言ってるのこわ』
「だいじょうぶ。本人いるところでもちゃんと言ってるから」
『それはそれでどういう関係なんだ……???』
「あの娘いるとなんか言いくるめられちゃうから。今がチャンスなのよ」
コメント拾いつつ適当に話す。
1人ということは単純に2人の時の2倍話さなくちゃいけないと思っていたが、沙夜がいないならいないで案外気楽なもんかもしれない。隣の部屋で聞いているとはいっても反論できない以上、そんなもんいないのと同然だ。いくらでも好き放題言える。
さて何の話からしようかと考えていたところ、ひとつの短いコメントが目に留まった。
『いるよー』
内容よりも重要なのはその隣に書いてある発信者の名前――sayo。
『え、これ本人???』
『sayo見てる?』
『名前だけなら好きにつけられるけど……』
他の視聴者も気づいたようで本人だかどうなんだか疑いの目が向けられている。
本物か偽物か香波にもわからんかったので素直に聞きに行くことにした。
一旦画面の向こうに断って隣の部屋にドア越しに呼びかける。
「あれ、あんた本人」
と問いかければ、
「そうそう、あれ私だよ。見てるって言ったでしょ」
という返事。おとなしく戻って報告する。
「本人だったわ」
『まじで本人だったんかーい』
「というわけで今日は予定通りゲーム配信しまーす」
せっかく沙夜についてあることないこと言ってやろうと思ってたのにちくしょう。
1人で配信やると決まった時、
「で、何すればいいの? 雑談とか?」
と沙夜に聞いたところ、
「うーん、ゲームでもやったら?」
と言われた。
「普段、私ゲームとかあんまやんないのあんた知ってるでしょうが」
「そういえばそっか。あ、でも一つだけよくやってるやつあるじゃん」
「……あー、でも、あんなんでいいの?」
香波は釈然としないものを抱えながらも、まあプロデューサー的立場の沙夜がそれでいいって言うんならいいんだろうということで、その提案を飲み込むことにした。
「今から将棋指すんで、とりあえず見てて」
沙夜の書いたメモ通りにパソコンを操作すれば、配信の半分ぐらいにゲーム画面が映る。
ルールは前から知ってる。でもネット対戦したことはなかった。
なんか人と指すのはあんまり得意でなかったから。
へんに考えすぎてうまく指せない。特に終盤なんて時間に追われて心臓痛くなる。
沙夜とぐらいしか指したことない。勝敗は――だいたい半々といったところだ。
いい機会だからと無理矢理アカウント作らされて、ネット将棋を指すことになった。配信だし多少失敗してもいいじゃん、みたいなこと言われて。ふつうそれ逆では?
『将棋!?』
『趣味が渋い』
『まあゲーム配信と言えばゲーム配信か』
「sayoがこれでいいって言ったから。私は知らん。将棋指すだけ」
『だってカナミちゃんにできるのそのぐらいしかなかったし……』
sayoがなんか書き込んでるけど特に拾わずスルーしておく。うん、やっぱりあいついない方が思うとおりに進められて楽かも? いやまあいるならいてもいいんだけどね。
「2、3局ランダムな相手と指すから。その後で対戦した人がいるなら指してあげる」
まったく大した腕ではないが。近いぐらいの腕前の人が来てぼこぼこにできたら個人的には気分がいい。
ランダム対戦のところにマウスカーソルを移動する。配信するより余程緊張している。いや今だって配信中か? 細かいことは言ってくれるな。
ええい、ままよ! ボタンをクリック、画面には『対戦相手を探しています』の文字。自動的に進行していく。すでに介入の余地はない。
佐原カナミ、それから対戦相手の名前が出てきた。9×9の将棋盤がでかでかと映しだされる。水を一口飲みこんだ。勢いのある男性の声がスピーカーから流れる。
「対局開始!」
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