[4] デザイン

 しゃべりつかれて一息、横に置いてた水を一口飲みこむ。

 落ち着いたところでちらりと画面全体を眺める。カナミ、笑ってる。見てる人の人数、かわんない。チャットぽつぽつ送られてくる、ペースは非常に遅い。

 直近のものが目についた。

『ママだれ?』

「え、普通の人だけど」

 香波は思わず反射で答えていた。こいつは何を聞いているのか。ちょっと遅れて返信が来た。

『ママ=キャラクターのデザインした人という意味です』

「あーはいはい、そういうことね」

 何やらコミュニティ特有の言い回しらしい。そんなもん知るか。


 香波は沙夜に視線を移した。こいつが描いたのはわかってるけどそれって勝手に話していいやつだっけ?

 視線を受けて沙夜はさらさらとホワイトボードにペンを走らせた。

《私が描きました》

「それは知ってる! あんたの名前出していいのかってことよ。ってかホワイドボードに書くんじゃなくて話せばいいでしょうが、いちいち読むのめんどい」

《声が放送のったらまずいかなって思って》

「私にだけしゃべらせて自分は黙ってようっての、それずるくない? あんたもなんかしゃべりなさいよ、ラジオとかでも放送作家がちょいちょい出てくるでしょ、あれと同じ感じで」

 それだけ言ったらようやく、沙夜はため息をついて、口を開いた。「そこまで言うなら……」


『いきなりだれか出てきた』

「あんたらの言うところのママよ。うん、自分で使ってみたけどやっぱこの言葉、こいつに使うのはやっぱりきもいわね」

「どうもー、カナミちゃんのママでーす。あのさ、カナミちゃんはもうちょっと言葉遣いに気をつけた方がいいと思うよ」

「べつにあんた相手に言ってることなんだから、いつもと同じでしょうが」

「そう言われればそうなんだけどね。うーん、まあ、いっか」

 沙夜は基本、強引に押し切ればだいたいなんとかなるので楽だ。まあその場では流すけどきちんと覚えていてあとあとになって蒸し返してくることもあるけど。うん、やっぱり面倒なやつだ。


『キャラデザかなり上手ですがプロの方ですか?』

 質問がつづく。あんまりそういう方面に詳しくない香波の目から見てもカナミのデザインはなかなかよくできている。

「そうそうあってるあってる。仕事で絵描いてお金貰ってたでしょ多分おそらく確か」

 香波にはそんな話を聞いたような覚えがうっすらあった。最近だって家の中でちょくちょく何か描いてたような気がする。

「いっしょに暮してるのに認識曖昧すぎるよ。もっと私に興味を持って」

「昔から絵だけは上手かったもんねー。なんて名前でやってるんだっけ?」

「アルファベット小文字でsayoだよ。これ教えるのももう10回は超えてるけどね」

「それだ。言われてみたら思い出したわ」

 うんそうだ、sayoだ。聞いた記憶がある。あんまり重要でないから忘れてた。多分また忘れるだろうけどあんまり重要でない情報だからそれもしかたがないことだ。


『sayoってあのsayo!?』

『確かによく見たら画風が近いような』

 なんかチャット欄で驚いている人がいる。わからないので素直に聞く。

「何、どういうこと?」

「自分で言うのもなんだけど私、界隈だとそこそこ有名だから、かな」

「へーそうなんだ。にしては今日、そんな人集まってなくない? そういうもんなの?」

「だって本アカで宣伝してないもん。あんまりたくさん人来すぎたら香波ちゃん緊張するでしょ」

「それはまあ確かにその通りだけど」

 言ってることはわかる。わかるがなんか沙夜の思ってる通りに話が進んでいると思うとちょっとだけ気に食わない、ちくしょう。


「なに、それはずっと隠しとくもんなの?」

「配信終わったらちゃんと正式に発表する予定だよ」

「あんたの好きにすればいいんじゃない。全部あんたがはじめたことなんだし」

「香波ちゃんなげやりになんないでよー。お仕事なんだからもうちょっとがんばって」

「はいはい了解、わかりましたー」

 そんなこんなで開始してから1時間がすぎていて、そのあたりで終了することにした。ネタが切れたと言えば切れたんだけど、そんなものははじめっから切れていたのだから今さらの話ではあった。

 結局見ていた人は変わらず5人前後で、あんないい加減に話してるのによく聞きつづけてたなと、香波は逆に感心さえした。自分だったら途中で閉じてる、いや初めから見てないか。


 佐原カナミの初配信をリアルタイムで視聴した人はほとんどいない。

 「参加したかったのに」の声は後になって数多く聞こえたが、あんまり緊張させたくなかったという沙夜の考えは概ね尊重された。というかアーカイブを見て(香波は配信内外でたびたび削除を要求しているがいまだにそれは残っている)その無茶苦茶さ加減に納得せざるをえなかった。

 ともかくこうして佐原カナミのVtuber活動はスタートした。

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