[3] 初配信

 予定通りぴったり20時に配信を始める。何もそこまでぴったりにしなくてもいいだろうと思えるぐらいにぴったりに20時だった。

 といってもおおよそのことは沙夜まかせで、香波は一応横でそのやり方を見ていたがよくわかんなかったしメモもとってなかったけど、最終的にいつでも沙夜に聞けばいいやと思っていたのでなんの問題もなかった。

 どこかで聞いたことのあるような音楽にあわせて(沙夜に聞いたらフリーのやつとのことだった)、画面ではミニサイズのカナミがぴょこぴょこ動く。映像の方はだいたい30秒程度で1周でそれを繰り返している。

 これが全世界に向けて配信されているのだという。

 そうはいっても視線をずらして今見てる人数を確認すれば5人にも満たない。沙夜が事前にツイアカ作って宣伝してたというがまあこんなもんだろう。0でないだけすごいのかもしれない。


 やがて画面が切り替わる。

 くすんだ金の色をしたミディアムロングの、ちょっと幼い感じにする少女が映った。濃い青の瞳がまっすぐにこちらを見つめている。

 画面の中の少女はぴくりと眉を動かす。どうしたんだろうか?

 違う、そうじゃない、私が動いているんだ。時間をおいてそのことに香波は気づく。

 同時にもうひとつの事実に思い当たった。予想してた以上にどうやら自分は緊張しているのだということに。


 軽く考えてた。軽く考えようとしてた。

 そんな大して人なんて集まることはないし、これまでの人生、十数人を前にして話をするぐらいのことはあった。それと変わらないどころかそれより楽だろうと高をくくっていた。

 実際その通りになっている。

 ただし世界中の人がこの配信を見る、という可能性だけは常に残っていた。可能性だけの話だが。ほぼ絶対に起きないその可能性のことを考えると香波はちょっと落ち着かない気分になった。


 カナミは口を閉じたまま左右に小さくゆらゆら揺れる。それはそのまま私の姿なのだと香波は自分で自分を眺める。細部をそぎ落とされて簡略化されたそれは鏡より明瞭に心情を映している、ように見えた。

 それにしてもすごい。こんな技術があるとは知らなかった。いやずっと前からあったのかもしれないけど。手軽にご家庭で遊べるようになってるとは思ってなかった。

 体の揺れに合わせてちっちゃな花の髪飾りが、それから首元のリボンが揺れている。おっぱいはどうだろうか? よくわからない。揺れてるようにはちょっと見えない。

 もともとサイズが小さめなので確認しがたい。わざと大きめに動いてみたけど、うーん、ほんのすこしだけ揺れたようにも思える。勘違いかもしれないけど。

 口を動かせばカナミの口も動く。目をつぶってみた。見えない。当たり前である。片目だけ開けてみる。向こうも片目だけ開けている。うん、これちょっとおもしろい。


 不意に肩を叩かれる。沙夜だ。というかずっと後ろで見られてた。なにか変なことはやってなかったはず。やってたとしてもばれてはないはず。

 沙夜は手に小さめのホワイトボードを持っていてそこには《すでに1分が経過しました。なんかしゃべって》と書いてあった。それ見た瞬間なんかすっごくイラッとした。

 いや確かに書いてることはその通りなんだけど。いきなりこの状況に自分を投げ込んだのはこいつだろうに。それが何を冷静に指示を出してきてるのだ、くそうぜえ。

 けれどもその怒りのおかげでなんだか緊張がはじけ飛んだ。

 思うにすべての責任は沙夜にある。もろもろ仕組んだのはこいつだ。失敗したところでそれは私のせいではなくて、沙夜の段取りがめちゃくちゃだったせいである。


「こんばんは、佐原カナミよ。今日からVtuberをすることになったわ、よろしくね」

 とりあえず思いついたことからしゃべってくことにしよう。いろいろ考えてたがほとんど忘れてしまった。名前もなんか別のを考えてたような気がする。が、忘れてしまって思い出せないのでそれはもういい。

 話しながら設定を作る。より正しくは話すことで設定が組みあがっていく。最悪なんかいまいちだったらぶん投げよう。ほぼほぼ誰も見てないんだからそれでいい。


 どうしてVをはじめることになったのか?

 そのあたりのことについて香波は正直に話したような気がするが実のところ覚えていない。なんだかんだ舞い上がっていたのかもしれないというのが自己分析で、まあ本気でまずいことを口にしてたら沙夜がどうにかしただろうと思って深く考えるのをやめた。

 あとは趣味とかやりたいこととかそういうことを話した覚えがある。趣味の方はほっといてもこれから勝手ににじみ出てくるだろうし、やりたいことだってほんとにやりたいことだったら実現するだろう。

 のでまあ適当なこと並べ立てたところでたいして気にしたもんではないと香波は思った。思うことにした。

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