[2] 準備

 パソコンの前に香波は座る。

 なんてことない普通のパソコン。普通とは違う特別なやつを使うのかと思ってた。具体的にはどう特殊なのかそこまで考えてなかったけど。

 特徴と言えばwebカメラとマイクがつないであるぐらいか。それだって別にものすごく珍しいものだとも言えない。普段使いのパソコンに接続してても不思議じゃない。


「これ、香波ちゃんのV活動専用パソコンだから。自由に使っていいけど、あんまり変なことには使わないようにね」

「変なことって何よ」

「うーん、ウイルスに感染されると困るかな。あと配信で検索履歴とか映っちゃう事故とかも注意してくれたら」

「はいはい、細かいこと言うわね」

「そっちは何か質問ある?」

「カメラついてるけどこれいらなくない? 私の顔映すわけじゃないんでしょ」

「香波ちゃんの表情読み取ってそれをもとにイラスト動かすからいるよ。配信には映らないから安心して」

「へー。あと声はのるんでしょ。ならマイクもっといいの使った方がいいんじゃないの?」

「うーん、雑談とかならそのマイクで問題ないよ。そのあたりは配信内容によっておいおい考えてくってことで」


 どうやらいろいろあるらしい。いろいろあるらしいが今ここで全部聞いても忘れるだろうから香波は聞かないでおく。必要なことは教えてくれてるはずだ。そこのところ沙夜がちゃんとしてると信じたい。

 横から沙夜が手を伸ばしてきてマウスを動かす。何かのアプリケーションが立ち上がって中央に女の子のイラストが現れた

「じゃーん、全世界初お披露目。これが香波ちゃんの演じるキャラクターです」


 女の子のキャラクターが肩から上だけを拡大して画面上に表示される。

 軽くウェーブがかかったミディアムロングのアッシュブロンドを、薄い青い髪飾りでハーフツインにまとめる。顔立ちはわりと幼くて10代前半かあるいは後半でもぎりぎり通じるかもしれない。20代には見えない。

 あと印象的なのは目で紺色の瞳がこちらをにらんでいる。多分性格きつい女だ。


「名前はカタカナでカナミだよ」

「人の名前を勝手に使うな」

「香波ちゃんがモデルだし、香波ちゃんが演じるんだからいいでしょ」

 私がモデル……?

 改めてイラストを眺める。言われてみればどことなく雰囲気ある。意志が強くて利発そうな目をしている女の子だ。知性にあふれてるような気がしてきた。


「ちなみに全身はこんな感じになってるよ」

 カメラがひいていって足の先まで映る。

 上は白のブラウス。長そでで先の方は着物みたいな形に膨らんでいる。体形は、衣服がふわっとしててわかりにくいけど、そんなにめりはりある感じでない。

 下はライトブルーのロングスカート。プリーツが袴っぽくなってて裾の下からフリルが覗く。足元は短い白のソックスに水色の先の丸い靴。靴にはワンポイントで星マークがついてる。

 基本は洋風なんだけどところどころに和風なテイストが入ってる。和ロリってやつだろうか。詳しくないから知らん。

 これでコンビニとか行ったら二度見どころか三度見ぐらいされるだろう。普段からこれ着てたら面倒で仕方がない。ちょっとした動作にもいちいち気をつかいそう。

 まあマンガやアニメの世界なら十分許されるか。というか香波は思い出す、これ着たことあるな。


「ちょっと2人でお出かけしようよ」

「やだ。めんどい」

「ご飯おごるから」

「おっけー。行こう――ってここどこ」

「スタジオだよ。香波ちゃんに着て欲しい服があって」

「なんで私が」

「焼肉」

「は?」

「今日の晩御飯に焼肉にしようかなあ」

「しょーがない。ちゃっちゃと済ませるわよ」

 いろいろポーズとらされた上、表情まで注文つけられてめっちゃくたびれた。まあ人の金でがっつり焼肉食って回復したんだけど。

 そんなことがつい2週間前にあった。


 香波がVtuberになる話を沙夜は前から考えていたようだ。何か言ってやろうと思ったが特に何も思いつかなかったので、せめてわざとらしくおおげさに抗議の意味を込めて、ため息をついてやる。

「それで私は何すればいいわけ?」

「初回だし自己紹介の雑談配信でもやってもらおうと思ってるよ」

「りょーかい。このキャラなんか設定決まってるの」

「決めてないよ、名前だけ。香波ちゃんのやりやすいようにあとは好きにしちゃって」

「おっけー」


 香波は背もたれに体重をあずけた。

 設定か。苗字と年齢と職業? とかそういうのを考えとけばいいだろう。

 あとはまあ聞かれたらその場で作ってく方向で。あんまり細かく決めてても忘れそうだし。

 いやもうちょっとぐらい設定決めてた方がいいかも。このままだと自分が出すぎるような気がする。

 身を起こした。ひとつ聞いておかなければならないことに思い当たった。振り返って沙夜に問いかける。


「その初回の配信っていつやるの?」

「晩御飯食べるでしょ」

「うん」

「食べ終わったら1時間ほどのんびりするじゃん」

「そうね」

「配信開始です」

「なるほどー」

 ……って今日の夜じゃない!

 香波は沙夜に変更を求めたが、すでに告知してあるから変えられないとのこと。あとあと考えてみれば無名の新人のデビュー配信なんていくらでもずらしてよかったと思う。

 結局『そんな深く考えなくても適当でいいよ』という沙夜の言葉に押し切られて、友人にVtuberになってと打診されたその当日に香波は初配信を行うことになった。

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