なんか知らんけどVはじめる

緑窓六角祭

[1] 無職

「Vtuberになってよ」

 平日昼すぎ、いきなり友人にそんなことを言われて香波は「はあ」と間の抜けた返事をしつつ、同時に『こいつ何言ってんだ』と思った。思っただけで口には出さなかったものの、付き合いの長い友人には表情だけでその思いはきっちり伝わっていて、けれどもそれは香波の知りようがないことである。


 香波は大学卒業後、無事就職した。が、入社して3日で会社はつぶれた、物理的に。

 ちょうどぴったり会社の上に隕石が落ちてきたのだ。そんなことあり得ないだろと思うかもしれないが、実際あったのだから受け入れてもらうしかない。

 そうして無職になったわけで、借りていた部屋は会社の近くだったのでそれ以上そこに住んでいてもしかたなくて金もかかるから、あっさりそこを引き払って友人の家に転がり込むことにした。

 突然そんな状況に投げ入れられてすぐにやる気を出せというのは無理な話である。ちょっと一休みでだらだらすごしていたらいつの間にか1か月がたっていた。


「意味わかんないんだけど?」

 飲み込んでたセリフを結局口に出してしまうのが香波という女でよく言えば正直者だが言葉を取り繕わなければ敵を作りやすい性分だ。

 友人にして家主の沙夜はもともと物事にこだわらないおおらかな性格というのもあるし、何より香波に慣れているのでいちいちそこにひっかかったりはしない。彼女はほんの短い時間、天井を眺めてから、

「香波ちゃん、Vtuberになる。私、嬉しい」

 と言った。なんでカタコト?


 香波は頭を抱える。とりあえずソファーから起き上がって沙夜の方へと向き直った。

「まずそのVtuberってのが何なのかいちから説明しなさい」

「そっから説明しないとだめかー」

 バカにされた気がしたのでクッションを投げつけておく。片手で受け止められてむかつきがより増した。

「あのね、Vtuberって言うのはね、二次元または三次元のキャラクターになりきってだいたいの場合YouTubeで配信したり動画投稿したりする人たちだよ」

「なにそれ趣味でやってんの?」

「うーん、趣味だったり仕事だったり、人によって違うんじゃないかな」

「へー、そうなんだ、そこそこわかったような気がする」

 話が進むにつれ距離が近くなってくる沙夜から適当に離れつつ香波は応えた。


 言われてみれば沙夜がそんなものをちょいちょい見ていたような気がする。ゲーム画面の端っこにちょこちょこ動く女の子のイラストが映っていたが多分あれがそうなんだろう。

 ただVtuberのことがそこそこわかったような気がしたところで、新しい問題が生じてきた。

「何かはわかったけど、なんでそれを私がやんなくちゃいけないのよ」

「よくぞ聞いてくれました、理由は2つあります」

 言いつつ沙夜は人差し指をと中指を立ててみせた。

「1つは香波ちゃんがだらだら毎日すごしてるばかりで全然仕事しないからです」

「……求職期間中よ」

「え、まったくこれっぽっちも仕事なんて探してないじゃん」

「明日から始める予定だったし」

 そうだ、明日からちゃんと外に出て全力で仕事を探す予定だった。

 ただしたった今それに水を差されてしまったせいでメンタルを回復するのにまた数日かかるかもしれないがそれは許容範囲内というものだろう。


「香波ちゃんのやる気の話はさておくとして」

 言いながら沙夜はクッションを脇に置いた。

「さておくな。私はいつでもやる気に満ちあふれてるし」

 香波はクッションをいつでも投げられるように奪い返して胸に抱く。

「はいはい。それでね、Vtuber活動始めてくれたら衣食住の保証はするよ」

「衣食住の保証って?」

「このまま家に住んでていいしご飯も食べられます。しかも香波ちゃんのがんばり次第でお小遣いまで貰えるかもしれません」

「すご。Vtuberって案外もうかるのね」

「いや全体で見たらそんなことないと思うけど。私と香波ちゃんならなんとかなるって考えてるかな」


 これはもしかするとなかなか魅力的な提案かもしれない。

 沙夜が見てた配信とやらを思い出す。何かそんな難しいことはやってなかったように思える。多分私でもなんとかなるんじゃないか。なんとかなるだろう。

 それに対して外に出かけていって仕事を探すのはどうか? 去年ひたすらやった就職活動のことが脳裏によみがえってくる。ものすごく面倒くさい。できればやりたくない。

 迷っているようで香波の心は決まっていた。沙夜の言うとおりになるのは癪だけど。

「しょーがない。そんなに言うならなってあげましょう、そのVtuberとやらに」

 立ち上がると香波は高らかにそう宣言した。あくまで沙夜に押し切られる形でしぶしぶやむを得ずという風を装いながら。

 もちろんそんな上っ面は沙夜に見抜かれてはいたが。


 さてここまで読んだらわかると思うがこれはなんか適当にやってうまく行く類の話である。真面目にやってる人からすればふざけてるとしか思えない内容になるはずだ。よってそういうのが気に入らないという人はすっぱり読むのをやめてしまった方が精神衛生上いい。いやいやながら読んで何かを得られるような価値ある文章でないのは確かなのだから。


「ちなみになんだけど私にVtuberやらせたいもう1つの理由って何だったの?」

「香波ちゃんがVtuberやってるのを私が個人的に見たいから」

「きも!」

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