30. IN THIS TOGETHER
「そんなこと……今さら言わないでよ」僕は首を横に振る。「そりゃもちろん、僕だって嫌に決まってる。でも……芹奈が言うんだ。みんなを死なせたくない、って。彼女は強いよ。僕なんかより、ずっと強い」
「強がってるだけなのかもしれないよ?」と、カオ姉。「本当は怖いのに……逃げ出したいのに……」
「違うよ」僕ははっきりと言った。「確かに芹奈だって怖いと思ってる。逃げたいって気持ちも、ないわけじゃない。だけど……彼女はみんなを信じてるんだ。何かあっても助けてくれる、って。そして……彼女は何よりも自分の力を信じてる。絶対に負けない、って。だから僕も、彼女を信じる」
「そっか。ごめん。変なこと言って」カオ姉が頭を下げる。
「ううん。いいよ」僕が微笑んだ、その時だった。
左側面の入り口が開き、絵瑠沙先生が入ってくるなり、言った。
「準備ができたから、もうすぐ始まるよ」
「!」
スマホの時計を見る。13時50分。作戦開始まであと10分だ。
「竹内君、君は実にいい仕事をしてくれたな」絵瑠沙先生がニヤリとする。「橘先生によれば、君と過ごした一夜で、彼女のマイクロバイオームの攻撃力がかなり向上した。おかげでシミュレーションをやり直さなきゃならなくなったよ」
「う……」
顔が熱くなる。「いい仕事」って……ただ単にエッチなことして、イチャイチャしただけなんだけど……
それはともかく。
「シミュレーション、ですか?」
「ああ。私と夫、そして森下さんで、彼女のマイクロバイオームの拡散と増殖をシミュレートして、彼女がどれくらいの時間湖に浸からなければならないか計算できるアプリケーションを開発してたんだ。んで、先ほどテザリングで学内の計算サーバにつないで、パラメータ更新したバッチジョブぶっこんで、なんとか結果が出たよ。最低12分。それでシミュレーション上は50%以上敵を殲滅できる。
「え、芹奈も開発に加わってたんですか?」
知らなかった。
「そうなんだよ。自分の身に関わることだからな。彼女はコーディングの能力も高いし、助かったよ。彼女がいなけりゃこんなに早く完成出来なかった」
そうだったのか。なんか最近、頻繁にノートPCに向かってたな、と思ってたけど、芹奈、そんなことをやってたんだ……
待てよ、そうか、自ら開発したそのシミュレーションの結果が、彼女を勇気づけているのかも……
「一応、今の水温が11℃だからな。普通の人間が意識を保てるのは30分くらい。だから彼女も12分なら十分耐えられるはずだ。ただ……感染症が心配だな。一応、作戦中は常にバイタルは監視することになってはいるが……」
絵瑠沙先生がそう言った、その時。
「あ……始まったぞ!」
テントの外を眺めていた杉浦が、緊迫した様子で告げる。
「!」
僕も窓の外に視線を向ける。僕らのテントから一番遠いテントの幕が上がり、水着姿の芹奈が姿を現していた。その傍らに、防護服に身を固めた二人の人物が寄り添っている。時計は13時58分を示していた。
「森下ちゃんって、意外にグラマーなのな……特に下半身が」
昨日の僕が抱いたのと全く同じ感想を、杉浦がつぶやく。相変わらず表現が昭和だが。
「やっぱ杉浦パイセン、サイテーッスね」
林さんが彼をジットリと見つめていた。
「うるせぇなあ。別に、てめーの水着姿が見てえ、ってわけじゃねえんだからさ」
杉浦がそう言うと、みるみる林さんの両眼がつり上がる。
「あぁ!? あんだって?」
「……え、なんで怒んの?」と、杉浦。
「はぁ? いや、だって……あ、あれ?」
「なんだよ、実は水着姿、見てほしいのか?」杉浦がニヤリとすると、顔を真っ赤にして林さんが吠えた。
「ダ、
そんな風に騒いでいた二人だったが、僕が窓の外にくぎ付けになっているのに気づいたのか、いつしか黙り込んでしまう。
芹奈は顔に防毒マスクをつけられ、腰にロープが巻かれていた。そのロープはテントまで続いている。どうやらバイタル監視用のケーブルも兼ねているようだ。やがて彼女は水辺に歩み寄り、履いていたサンダルを脱いで裸足になると、ゆっくりと湖に入っていく。彼女の後ろで、防護服姿の二人が共にロープを握っていた。彼女が潜って溺れないようにするためだろう。
そして……とうとう芹奈は肩まで湖の中に浸かる。作戦開始。僕はスマホでストップウォッチを作動させた。そして神に祈る。
お願いします……今から12分、何事もなく終わってください……
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テントの中は静まりかえっていた。誰もが湖の中の芹奈に注目している。彼女がその状態になってから、既に10分が経過していた。
防毒マスクのために、彼女が今どんな表情をしているのかは全く分からない。寒い思い……苦しい思いをしていないだろうか。気がかりでしかたない。
だが、それももうすぐで終わりを迎える。あと2~3分ほどで……
「!」
突然、芹奈の周囲が慌ただしくなった。
防護服を着た人たちが急いで彼女を引き揚げようとしている。見るからに彼女はグッタリとしていて、自ら動こうとはしていない。思わず僕らは顔を見合わせた。
彼女の身に、何かあったんだ。
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