29. NO MORE TEARS
「どうした?」
「レーダーに映った時点で大気圏突入してるんで、それでコースがかなり変わってる可能性が大きい。だから、かなり精度が低いけど……それでも、木星付近からそれらが飛んできた確率も、ゼロじゃない。10パーセントくらいはある。だから、お前の理論が否定されたわけでもなさそうだぞ」
「そっか」
ほんと、コイツは天体が好きなんだな。でも、そのおかげでこんな風に明らかになることもある。林さんだって、生物の知識でちょくちょく僕らをサポートしてくれた。このメンバーで本当に良かった。
「ったく……杉浦パイセンも、そういう顔してるとそんなに悪くは無いんスけどねぇ」
林さんがボソリと言った。
「あー、そーかい」
どうやら杉浦はスマホの操作に気を取られて、ちゃんと彼女の言葉を聞いていないようだ。が、突然彼の指の動きが止まる。
「……ん!? 今、なんつった?」
「べっつにー。何でもないですー。それよりも、森下パイセン」
あからさまに話を逸らした林さんが、芹奈の顔をのぞき込んだ。
「は、はい?」と、芹奈。
「初体験、どうだったッスか? やっぱ、痛いッスか?」
「おい!」杉浦のツッコミが炸裂する。「おま……なんつーこと聞いてんだよ! 俺のこと言えた義理じゃねえだろ!」
「えー、別にいいじゃねッスか。気になるんスよ。あーし、まだなんスから」
「だったらさぁ、俺と……」
「
「まだなんも言うとらんわいや!」
「ふふふっ」
杉浦と林さんのやり取りを見ていた芹奈がクスクス笑う。思ったよりリラックスしているようだ。こんな楽しいひとときが、これからも続いていって欲しい……
……いや、続けなくちゃいけないんだ。
---
12時。自衛隊のマイクロバスが大学正門にやってくる。いよいよ出撃だ。
既に車内には内調の二人と橘先生が乗っていた。僕ら八人の全員がバスに乗り込む。本当はこんな大人数で行く必要はないのだが、芹奈がそう希望したのだ。みんなと一緒なら安心できるから、と。
道中、僕は芹奈の隣の席で彼女の手を握り続けた。彼女もさすがにだんだん緊張してきたようだ。でも、もう引き返せない。歯がゆかった。僕に出来るのは、ただこうして彼女の不安を少しでも和らげてあげることだけなのだ。
1時間もかからず、バスは野尻湖に到着する。高田の駐屯地から来たのか、自衛隊員が入り口に並んでいた。この一帯は立ち入り禁止になっているらしい。バリケードと、アオコ除去のため関係者以外立ち入り禁止、と書かれた看板が置かれている。
そう。その看板に何も偽りはない。だが……その裏で惑星規模の戦いが繰り広げられていることを、そこから読み取れる人間が、果たしてどれだけいるだろうか。
バスはそのまま湖沿いをしばらく走り、僕らが桜を見に行った場所に近いキャンプ場で停まった。そこにはイベントで使われるような大きめの山型テントがいくつか並び、自衛隊員らしき人たちがそこかしこにいて、物々しい雰囲気だった。
僕と芹奈は荷物を持ってバスを降りる。空は雲が少し出ているものの良く晴れている。気温も上がっていて16℃ほどだという。この時期としてはかなり暖かい方だ。これなら水温も10℃以上にはなっているだろう。
僕らはどちらからともなく再び手を握り合う。離したくない。ずっとこのままでいられたら……
だが。
「森下さんですね」自衛隊の迷彩服を着た、やたら美人のお姉さんが彼女の前で敬礼する。「
「あ……よろしくお願いします」芹奈が頭を下げた。
「それじゃ、さっそく来ていただけますか?」
「……」芹奈が、僕を見た。僕はこくりとうなずく。
「頑張れよ」
僕がそう言った瞬間。
「!」
芹奈のバッグが手を離れて落ちた。そして彼女はそのまま僕の胸に飛び込み、きつく抱きしめる。僕も彼女の背に両手を伸ばし、力を込めた。
僕を満たしていく、芹奈の匂い。芹奈のぬくもり。誰よりも大切な、僕の彼女。だけどこの手が離れた瞬間、彼女は世界を救うための最終兵器となる。
そして、その時がやってきた。
芹奈の腕の力が緩む。そのまま彼女を抱きしめていたかった。だがそれはもう許されない。ゆっくりと腕の力を抜き、彼女を解放する。
「真……」芹奈の目には涙が浮かんでいた。それでも彼女は気丈に笑顔を作る。「行ってくるね」
「芹奈……」目頭が潤んでいるのが、自分でも分かる。「ああ。待ってるよ」
「彼氏さんですか?」町田二尉だった。芹奈が落とした彼女のバッグを抱えている。少し頬を染めているようだ。
「ええ」僕がうなずくと、二尉はニッコリと笑う。
「彼女さんをしばらくお借りしますね。それでは」
敬礼すると、二尉は踵を返して芹奈の手を引き、歩き始めた。
ポン、と肩を叩かれる。振り返ると、杉浦だった。その横で林さんがしきりにグスングスンと鼻を鳴らしている。
「ほら、内調の人たちが呼んでるぞ。俺たちも行こうぜ」
彼が指さす方に視線を向けると、矢島さんの隣で松田さんが手招きしていた。
「分かった」
僕らは歩き出した。
---
スタッフたちは屋根に「本部」と書かれたテントに吸い込まれていき、カオ姉と僕ら三人が案内されたのは、一番端の、四方幕で囲まれたテントだった。とは言え、透明な窓があるので湖の様子は分かる。
確かに水面が少し赤く濁っているようだ。アオコというと青いのかと思ったが、赤くなることもあるらしい。そもそも地球上のアオコとは全く別種なのだから、どんな色でもおかしくないかもしれないが。
しばらく、誰も口を聞かなかった。だが、やがてカオ姉がボソリと言う。
「ねえ、真」
「……え?」
「あんたさぁ……本当に、良かったの?」
「何が?」
「彼女をこんなことに利用させてしまって、さ……」
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