28. MIDNIGHT LOVER
「……ごめん。乱暴だった?」
「ううん。大丈夫」
いわゆる「賢者モード」と言う状態で、すぐそばに誰かがいる、というのは不思議な感覚だった。僕も芹奈もぐったりしてベッドに横になっていたが、体はピッタリとくっつけたままだ。少し汗ばんでジットリした彼女の体のぬくもりが、とても心地よい。
とにかく僕らは、互いの体を触りまくった(もちろん鷲掴みはしなかった)。いろんな場所にキスをした。そして……彼女と一つになった瞬間、僕は我慢ができなかった。腰の動きが止められず、気が付けば……達してしまっていた。1分も経ってなかったと思う。我ながら情けなかった。で、今に至る、と。
「でも、痛かったんじゃないの?」
「うん……でも、思ったほど痛くなかったよ。それよりも……私、臭くなかった?」
「そんなことない。いい匂いだった」
「シャワー浴びてないのに?」
「ああ。それを言ったら、僕だって臭くなかった?」
「私……真の匂い、好きだから……一年の時、同じ講義で何度かすれ違った時に、ああ、この人いい匂いだな、って思って……ずっと気になってたの。でも……まさか、こんなことになるなんて思ってなかったから、今、すごく嬉しい」
そう言って、芹奈が鼻先を僕の胸に押し付けた。
「そうだったんだ……」
芹奈もずっと前から僕のこと、気になってたなんて……
「あ、もしかして、引いてる? ヘンタイな女だって思った?」
「ううん。そんなことないよ。橘先生も言ってたよね。人の匂いってマイクロバイオームが作り出してるって。お互いにいい匂いって感じるんだったら、やっぱり僕らのマイクロバイオームって、元々相性良かったのかもね」
「そっか……そうかもね。ふふふっ」芹奈の笑い声が耳をくすぐる。「明日、みんなに言われちゃいそうだね。どうだった? なんて」
「芹奈はそういうの、恥ずかしくないの?」
正直、僕は恥ずかしかった。
「そりゃ、恥ずかしいよ……でも、そんなことよりも二人がこうなる方がよっぽど大事だと思うし……私、確実に生きている間に真との思い出が……確かな絆が欲しかったから……万一のことがあっても、真の中に私が生きていて欲しかったから……どうしても真とこうなりたかったの」
「……」
涙が出そうになる。
そう。明日、彼女は最終兵器となり、苛酷な戦場へと赴く。その結果……死んでしまうかもしれないのだ。だから彼女との思い出が欲しい。考えたくはなかったけど、そういう想いは僕の奥底で仄かに揺らめき続けていた。やっぱり彼女も同じ気持ちだったんだ……
「なんか、ずっと、こうしてたいな」と、芹奈。
「そうだね……二人で、逃げちゃおうか」
とうとう僕は口にしてしまった。病院を出たときから、ずっと考えていたこと。
二人で逃げてしまえば、この幸せな時間を続けられる。
しかし。
「そうしたいけど……無理だよね。みんなが私に期待してる。私にしか出来ないことなんだから……」
「芹奈は、怖くないの?」
「……」芹奈は押し黙ってしまった。これだけ密着していれば、彼女の体が強ばるのも分かる。
「……怖いよ」
ようやく振り絞るような声で、芹奈が言った。
「怖いよ……だって、死んじゃうかもしれないんだよ……死んだら、もうお父さんにもお母さんにもお兄ちゃんにも……真にも会えなくなる……そんなのは、嫌……」
芹奈の体が、震えていた。
「芹奈……だったら、逃げようよ。地球の全生物の未来だなんて……どう考えたってたった一人の人間が背負うには、重すぎる話だよ。逃げても……誰も攻められないと思う」
「でも……でもね」芹奈が顔を上げた。「そのために、家族や先生、仲間のみんな、そして……真まで死ぬようなことになる方が……絶対に嫌だから……だから、私は逃げない」
「芹奈……!」
思わず僕は彼女を抱きしめる。もはや我慢の限界だった。胸を締め付ける切なさに呼応したかのように、涙腺が働いて僕の目を激しく湿らせる。
「僕だってそうだよ!……僕だって、芹奈が死ぬのは絶対に嫌なんだよ! だから……」
「大丈夫。確実に死ぬって決まったわけじゃないでしょ? フローレンスさんだって生きてるんだから。それに……こうして真のマイクロバイオームをたくさんもらったから……私はいつも真に包まれてる。真に守られてる。だから……大丈夫」
「う……ううっ……」
ダメだ。情けないことに涙が止まらない。僕よりも、よっぽど彼女の方が強いみたいだ。
「ねえ、真」ポツリと芹奈が言った。
「ん?」
「せっかく水着買ったんだから……夏になったら、五智海岸に行って一緒に泳ごうね」
「ああ……もちろんだよ」
涙声で応えて、僕は彼女を抱く手に力を込める。
---
翌日。
結局、なんだかんだでイチャイチャしてしまった僕らが目を覚ましたのは、9時少し前だった。1限があったら絶対遅刻だ。とは言え、今日は連休初日の土曜日。講義はない。本当はもっと楽しく彼女と連休を過ごしかったが……世界の運命がかかっているのだ。
近所のカフェで朝食を一緒に摂った僕らは、10時過ぎに車で大学へと向かい、プロジェクトの部屋にやってきた。そこには既に、松崎夫妻(?)と崎田夫妻、そして杉浦と林さんが待っていた。昨日の内に松崎先生からこの二人にも連絡があったらしい。朝、二人からグループLINEが来ていた。二人ともかなり驚いていたようだった。
「ゆうべは、おたのしみでしたね」杉浦がニヤニヤしながら言うと、
「うっわ。杉浦パイセン、サイテー」林さんが思いきり顔をしかめる。
「あぁ?……ちくしょう、それくらい言ってもいいじゃねえかよ。ったく、羨ましすぎるぜ……昨日のうちにABC全部済ませやがってよう」
やっぱり言われちゃったな。僕と芹奈は、顔を見合わせ……互いに頬を染める。
「くぁー! 何だよそれ。いい雰囲気かよ」
「ABCって何スか?」林さんが問いかけると、杉浦はしどろもどろになった。
「あ、いや、えーと……Aがキスで、Bが……」
「あー、察したッス。それ以上言わんでいいッス」
「それはともかく」杉浦が真面目な顔になる。「森下ちゃん、大丈夫なのか?」
「ええ」ためらいなく芹奈がうなずく。「大丈夫」
「……」しばらく黙り込んでいた林さんが、ようやく口を開いた。「森下パイセン……あーし、何にも出来ないッスけど、せめて応援するッスから……頑張って下さいッス。ご武運をお祈りしてるッスから!」
そこで彼女はグスッと鼻をすすり上げ、芹奈に向けて敬礼する。
「ありがとう、林さん」そう言って芹奈が微笑むと、
「なっちゃん、ッスよ」すかさず林さんの訂正が入った。それに従い、芹奈が
「ありがとう、なっちゃん」と言った瞬間、
「うわあああん! 森下パイセンー!」いきなり林さんが彼女に抱きつく。
「ちょ、ちょっと、なっちゃん……」慌てた様子で、芹奈。
「パイセンー! 絶対無事で帰ってきて下さいッスー!」
林さんはすっかり涙声になっていた。
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11時。昼食には少し早いが、壮行会も兼ねて僕らは近くの回転寿司に向かった。4人掛けのテーブルを二つ使って、学生4人とスタッフ4人に分かれて座る。レーン側に芹奈、その隣に僕、芹奈の向かいのレーン側に林さん、僕の向かいに杉浦。
「ああ、そう言えばね、杉浦君」ちょうど杉浦と背中合わせになっていた絵瑠沙先生が、顔だけを後ろに向ける。
「何スか?」と、杉浦。
「例のNORADの隕石のシミュレーション、終わったみたいよ」
「そッスか! アザッス!」さっそく杉浦はスマホを操作し始めた。
「隕石のシミュレーション?」
僕が問いかけると、彼は画面を見たまま応えた。
「ああ。NORADのレーダーの映像から、例のカリフォルニアに落ちたってヤツと野尻湖に落ちたヤツの軌道を逆算してみたんだが……あー、やっぱキツいか」
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