35. FROM THE BOTTOM OF MY HEART
目を開ける。
知らない天井。ベッドのようなものに僕は横になっているようだ。左腕に点滴の針が刺さっている。
「気が付いたか?」
この声は……
「杉浦?」
「おうよ! よかったな……竹内……」
仰向けになっている僕の右側で、杉浦は泣いているようだった。その向かい、僕の左側にいた林さんも目を赤くして、鼻をグスグス鳴らしている。
「ここは?」
「大学病院だ。あれからもう丸一日経ってんだぞ。お前、ずっと昏睡状態だったんだ。頑張りすぎなんだよ、5℃の水に7分も漬かるなんてさぁ……おかげで低体温症に感染症が重なって、一時期本当にヤバかったんだ」
そうだったのか……
「お前は、大丈夫なのか?」
「ああ。俺となっちゃんは症状が軽く済んだ。森下ちゃんのマイクロバイオームの量が影響したのかもな」
「そうか……って、そうだ、芹奈は?」
「……」杉浦が顎をしゃくってみせる。その方向に顔を向けると……
僕と同じように横になって、こちらに顔を向けている芹奈と目が合った。
「……芹奈!」
「真……」小さくかすれた、だけど確かに、彼女の声だった。
思わず顔がほころぶ。涙が溢れ、鼻筋を横切った。
「森下パイセンも、今さっき気が付いたんスよ……お二人の目が覚めて、本当に良かったッスー!」
涙声でそう言って、林さんは両手で顔を覆い泣きじゃくった。
ノックの音。
「森下君の目が覚めたんだって?」
真っ先に入ってきたのは、橘先生だった。続いて芹奈の両親、松崎夫妻(?)と崎田夫妻。
「芹奈!」
いきなり芹奈のお母さんがベッドの彼女に抱きついた。
「ちょ、ちょっと、お母さん……もう、大げさなんだから……」
そんな芹奈の言葉は、号泣するお母さんには全く聞こえていないようだった。
「うわあああん!」
声を上げてもらい泣きしているのは林さんだった。この娘、ほんと涙もろいんだな。
「おお、竹内君も気がついたか!」僕と目が合うと、橘先生の笑顔が輝く。「よかったよ……二人とも抗生物質がなんとか効いたようだな。一時はどうなることかと思ったが……これでもう大丈夫だ」
「でも、抗生物質が入ったのなら、マイクロバイオームがかなり影響されたかもしれませんね」と、松崎先生。
「そうかもしれんが……ミッションは達成できる見込みではなかったのかね? 達成できればもう森下君のマイクロバイオームの出番もないだろう」
「先ほど、現地の松田さんから連絡がありました」晴男先生が嬉しそうに言う。「アオコの消滅が57%に達したらしいです。間違いなくカオスの縁に到達しましたね。ミッション達成です!」
「よっしゃー!」杉浦が気炎を上げた。
「君ら全員、本当によく頑張ってくれた。君らは世界を救った英雄かもしれない」
橘先生が言うと、林さんがガッツポーズを作る。
「マジッスか! やべー! あーしら最強ッスよ!」
---
夜。
病室にいるのは、僕と芹奈の二人だけだった。
二人とももう点滴は取れており、体を起こすこともできるが、かなり体力を消耗しているので大事を取ってあと二日ほど入院することになったのだ。
既に消灯時間は過ぎていて、室内は真っ暗だ。彼女と二人きり……だが、さすがにこの状況ではイチャイチャする元気も勇気もない。
「ねえ、真」
芹奈が、ポツリと言う。
「なに?」
「ひょっとして、真も……パソ娘になった夢、見てた?」
「!」
なんと。真「も」、と彼女が言った、ってことは……彼女も同じ夢を見てたのか?
「ああ……途中から、ジュピターとかヴィーナスとか、ガイアが出てきてたけど……」
「あはは」芹奈が声を立てて笑った。「おかしかったね。ガイアがいかにもおっ母さん、って感じで」
「そうだね」
間違いない。僕ら二人は、同じ夢を見てたんだ。
昼間、杉浦が気になることを言っていたのを、僕は思い出す。
”そういや前に、隕石が近づいてる、って話しただろう? あれ、なんか急に軌道がずれて落下コースから外れたらしいぜ”
そう。僕の考えでは、それに地球侵略軍団の第二陣が乗り込んでいるはずだった。それが落ちてこなくなったってことは……何かが起こったのかもしれない。
そして……杉浦の言葉を受けて晴男先生が言ったことも、興味深かった。
”それと関連しているかどうかは分からないが……ちょうどそれと同じくらいの時刻に、KAGRAが非常に微妙な重力波を検出したらしい。LIGOでも同じ結果が出ている。ま、単なるノイズなのかもしれないけどね”
KAGRAは日本、LIGOはアメリカの重力波望遠鏡だ。その二つが同時に重力波を検出するなんて……やはり、何かが起こったのだろう。
夢の中のガイアの言葉を、僕は思い出す。
”これ以上ケンカするようなら、お父さんに言いつけるからね”
これに出てきた「お父さん」の正体とは、何なのか。ジュピターもヴィーナスも恐れをなすような、存在……
それはもう、太陽しかないのではないか。
ひょっとしたら、お父さん――太陽が動いてくれたのかもしれない。
それに。
僕には少し前から考えていたことがあった。
カリフォルニアの隕石にはフローレンスさん。そして、野尻湖の隕石には芹奈。共に一億人に一人のマイクロバイオームを持つ人間が、近くに都合良く現れるなんて……どう考えても出来過ぎている。もしかして、これもガイアが何か仕組んだからなのかもしれない。僕らが思っているよりガイアは色々動いていたのかも……
ま、これらは全部僕の妄想に過ぎない。本当かどうかなんて確かめようがない。
それよりも……
目の前に、芹奈がいる。誰よりも愛しい彼女が。
彼女と同じ時を過ごすことができる。たったそれだけのことが、こんなに幸せだなんて思わなかった。
「芹奈」
「なぁに?」
「夏になったら、絶対に海に行こうな。君の水着姿、もっとよく見たいから……」
「……バカ」
恥ずかしそうに、芹奈が言った。
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