34. TERRA DI VERDE
「デバッグモード!」
MZ―80Kの必殺技が炸裂。だが、強敵であるモンスター、バッファオーバーフローにはまるで効かない。このままではやられてしまう。
「パッチフィックス! セキュリティアップ!」
X1turboが吼えた。MZ―80Kがみるみる回復していく。
「ありがとう!」MZ―80Kが笑顔になる。
「コラボ技、いくよ!」と、X1Turbo。
「ええ!」応えてMZ―80Kがマシン語を詠唱する。ゲージが上がりきった。
「「キラー・アプリケーション!」」二人の声が揃う。
爆発。
バッファオーバーフローは跡形もなく砕け散った。
「ふぅ……」MZ―80Kが息を吐いて汗を拭う。「ありがとう、真」
「やっぱり、芹奈だったのか」X1turboの視点から、僕は応えた。
「ええ。あなたも来てしまったのね」
「ああ。どうやら……僕たちは現実世界では死んで、『パソ娘』のゲーム世界に転生したみたいだな」
「そうね。もう家族や仲間のみんなには会えないけど……あなたと一緒なら、私は幸せよ」
「僕もそうさ。君と一緒なら……」
そこまで僕が言いかけた時だった。
ラスボス戦のBGM。そして、表れたのは……ヒゲの生えた、いかにもギリシャ神話の神様、といった容貌の男の巨人だった。手に持った杖から雷撃がほとばしっている。
「これは、ゼウス……いや、ジュピター……」と、MZ―80K……もとい、芹奈。
「お前たち人間は、なぜ私の邪魔をするのだ」ジュピターは重々しい声で見るからに不機嫌そうに言う。「せっかくガイアの大気成分が、ある程度の多様性を保ちつつ生態系と調和していたというのに、ヴィーナスの思惑通りCO2を勝手に増やしおって……それがお前たち自身の首を絞めていることに気づいておらんのか?」
「それは……」
いや、人間だって気づいてる。だから最近になってSDGsなんて言い始めたんだ。
「まったく、何を言ってんだかねぇ。多様性なんて一時的なものさ」
アルトの声がして、振り返ると……それは、巨大なイルカに乗った、これまた巨大な半裸の美女だった。アフロディーテ……いや、ヴィーナス……か?
「どんな存在も、エントロピー増大の法則には逆らえない。あたしの大気を見なよ。ほぼ100%がCO2さ。完全に均一……エントロピー極大の状態だよ。それがあたしら岩石型惑星のあるべき姿なのさ。マーズだってそうじゃないの。それを……あんたが勝手にガイアに介入してめちゃくちゃにしたんじゃないか。生物なんてものをこしらえてさ。そういうのはねえ、あんたの子分のイオとかガニメデでやってりゃいいんだよ!」
「おのれ、ヴィーナス……」
二人の睨み合いが一触即発にまで高まった、その時。
「いいかげんにしとくれよ!」
野太い声と共に表れたのは……エプロンをかけてフライパンを持った、巨大な……おばさん?
「あたしゃねぇ、あんたらのケンカの舞台にされるのは、もううんざりなんだよ!」
「ガ、ガイア……」そう言ったきり、ジュピターが絶句する。
ええっ! これが、ガイア……地球なの? このおばさんが?
ガイアは確か神々の母親的な存在だったと思うけど……こんな肝っ玉母さんだったのか……
「これ以上うちでケンカするようなら、お父さんに言いつけるからね。そうなりゃあんたらもタダでは済まないよ。ほれほれ、ケガする前にさっさと消えな」
そう言ってガイアはフライパンを振り回した。
「……くっ、仕方ない。水入りだ。勝負は預けるぞ」
ジュピターが踵を返し、去っていく。
「ふん。命拾いしたわね」
ヴィーナスも背中を向け、イルカと共に消えていった。
「ったく。つくづくどうしょうもない連中だねぇ」ガイアが僕らを振り返り、苦笑いする。
「ま、連中には感謝もしてるがね。連中のおかげであたしの環境も生物と共に共進化できたわけだからね。しかし……あんたら人間は、ちょっとやり過ぎたんじゃないの? こんだけ短時間でこんだけ環境を変えちまうとねぇ……」
「う……すみません」思わず僕は謝ってしまう。
「だけどねぇ」ガイアは続けた。「ぶっちゃけ、そんなのはあたしに取っちゃどうでもいいことなんだよ。なのにあんたらは『地球にやさしく』なんてオタメゴカシをほざいてるけどさ……はっきり言って、あたしはいくら大気中のCO2が増えようが汚染物質にまみれようが、なんとも思っちゃいないのさ。昔はもっとひどい環境だったんだ……あ、今の好気性生物にとってはね。だから、あんたらが言ってるのは『地球にやさしく』じゃなくて『好気性生物にやさしく』……いや、突きつめれば『人間にやさしく』ってことだろう? だったら最初からそう言え、ってんだよ。ほんと、品性下劣な存在だねぇ、人間ってやつはさぁ」
「……」
返す言葉もなかった。
「まあでも」ガイアが笑顔になる。「どんなに出来損ないでも、あんたらは曲りなりにも知性ってものを獲得した。といってもあんたら自身の感覚に縛られた、とても狭い範囲のものだけどね。せいぜいそれを活用して、自分で自分を滅ぼさないように気を付けることだね」
「はい」
僕らが素直にうなずくと、ガイアの笑顔にチラリと皮肉が混じる。
「ま、あんたらが絶滅しようが、あたしはなんとも思わないけどさ。これまで何度も同じようなことは起こってきたんだし」
「……」
まあ、それはそうなんだろうな。
「さ、そろそろあんたたち二人はログアウトする時間だよ。それじゃあね」
ガイアが背中を向ける。
「え、ええ?」
次の瞬間。
僕の視界は暗転した。
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