23. CRISIS
「……」
スタッフが皆自分の研究室に戻り、プロジェクトの部屋に残された僕ら四人は、自分の席でただ黙り込んでいた。
あの後、松崎先生は
”ま、何の根拠がある、ってわけでもないんだけどな”
と言って苦笑したが、その後に
”念のため、このことは他の誰にも話さないでおいてくれ。下手に騒ぎが大きくなると厄介だからな”
と僕らに釘を刺すことも忘れなかった。
「あーしは生物学科なんで、松崎先生の言うことは何となく分かるんスよ」ようやく林さんが口を開く。「確かにアオコって、シアノバクテリアなんスよね。地球に登場した生命としてはかなり原始的な。だから、侵略者が最初にそれを地球に送ってくる、ってのは、割と理にかなってる気がするんス。生態系を作り直そうとしてる、ってことならね」
「けど……だからって、そんなに簡単に微生物が入れ替わっちまうもんかねえ」杉浦だった。
「それは分かんないッスけど……現実にそういうことが起こりつつある、ってことは確かだと思うッス。でなきゃ松崎先生があんな深刻そうな顔してないッスよ」
「そんなのさぁ、薬剤とか撒いて殺したらそれで済むんじゃねえの?」
「それが、話はそう簡単じゃないんスよ。薬剤を撒いたとしても、微生物ってのは進化が速いッスからね。耐性を獲得してしまったら、それでもうどうしようもなくなるんス。抗生物質の使いすぎでMRSAっていう耐性菌が出てきて、医療現場では大変な問題になってるっしょ? それに、強力な薬剤は最初からそこに存在していた無害な微生物まで根こそぎ殺しちまうリスクもあるッス。大量に投入したら生態系が激しくぶっ壊れるッスからね。しかも、野尻湖だけじゃなく野尻湖に通じてる河川や地下水脈のそれも全部、ッスよ。だからそれは最後の手段にするしかない、とあーしは思うッスね」
「そっかぁ……」ため息をついた杉浦が、椅子の背もたれに身を投げ出した。が、すぐにまた姿勢を戻す。「そうだ。ちょっと気になる話があったんだ」
「なに?」と、僕。
「昨日、高校時代の天文部の知り合いから聞いたんだが、近々地球に落ちてきそうな隕石が見つかったらしい。ただ直径五メートルほどだから、まあまあでかいとは言え、それほどリスクは高くない。本当にたまたま見つかったらしいんだ。ま、さすがに建物に直撃したらぶっ壊れるだろうが、人類が絶滅するなんてレベルのことには絶対にならない。が……今日の話が本当なら、ひょっとしたらそいつに地球外生命が乗っかっているかもしれん」
「!」
杉浦を除く三人が、一様に息を飲んだ。
「で、その知り合いが天体運行シミュレーションのフリーソフトを教えてくれたんだが、実はそれがめちゃくちゃ重くてな……俺が持ってるノートPCじゃとても動かなくて、それで絵瑠沙先生にお願いして、情報処理センターの超強力な計算サーバにインストールしてもらったんだ。で、その隕石の軌道を計算させてみたんだが……やっぱ時間がかかるみたいで、結果が出たらメールが来るように設定しておいたのさ。そろそろ来てるかもしれん。ちょっと待っててくれ」
そう言って、杉浦は目の前のパソコンの画面に向かい、キーボードを叩き始める。しばらくして、彼は驚きの声を上げた。
「うわっ、マジか」
「どうした?」僕は彼のパソコンの画面をのぞき込む。そこには黒い背景に様々な曲線が描かれていて、僕には何のことやらさっぱり分からない。
「結果が出てたんだが」と、杉浦。「それによると、その隕石の軌道を過去に遡って辿っていくと……木星の近くを通るらしい。65%くらいの確率だがな」
「ええっ!」思わず僕は大声になってしまう。
「それじゃ……その隕石は、木星からの……刺客を乗せている……ってことッスか?」林さんだった。
「さあな」杉浦は肩をすくめる。「竹内の理論が正しければ、そうかもしれないよな」
「まずいよそれ! 何とかそれを落とさないようにすることは出来ないの?」
声に焦りが滲み出ているのが、自分でも分かる。
「そりゃ無理だろ。映画じゃねえんだ。どうやって隕石の軌道をずらす、って言うんだ?」
「ちょっと前にNASAがそんな実験をやって成功しただろ?」
確かそんなニュースをネットで見た気がする。探査機を小惑星にぶつけて軌道を変えることに成功した、という。
「ああ、DARTミッションな。あれは確かに成功したけどさ、まだ実験段階の話だし、衝突用の探査機を打ち上げなきゃならない。だけど、表面的には無害な隕石のために、莫大な費用をかけてロケットを打ち上げる意味があるか? どっちみち、隕石はあと十日くらいで落ちてくるんだ。今から準備したって間に合うはずがねえよ」
「……」
言葉に詰まった僕を気にもかけずに、杉浦は続けた。
「とりあえず、その隕石がどこに落ちるか、は注目しておくべきだろうな。それに、まだ落ちるかどうかは決まってない。もしかしたら落ちずに通り過ぎていくかもな。それならそれに越したことはねえわな」
「……」
重苦しい沈黙が、室内を支配する。
---
いつものように、僕は車に芹奈を乗せて彼女の家に向かっていた。明後日から始まる連休の予定を話したかったが、今はあんまりそういう雰囲気じゃない。ま、どうせまた明日会うから、その時に話すことにしよう。
「ね、真」芹奈が急に、思い詰めたような顔で言う。
「なに?」
「私……ツイッターに書いちゃったよね。野尻湖で桜が散ってて、それを見たら、何か少し気味が悪くなっちゃった、って……あれ、
「ああ……」
彼氏彼女の関係になってからお互いツイッターアカウントはフォローし合っているので、彼女が何をツイートしたかは分かっている。確かに彼女はあの日の野尻湖の桜吹雪の写真と共に、そんな内容を書いていた。
「
「そうね……」
そんな会話をしている内に、彼女の家に到着した。
「それじゃ、真、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
車を降りた芹奈が手を振ってみせる。手を振り返して、僕は車を発進させた。が、助手席に彼女がハンドバッグを忘れていることに気づき、ブレーキを踏んでUターンした。
「!」
ヘッドライトに浮かび上がった情景に、僕は愕然とする。
マンションの玄関の前で、芹奈が黒ずくめの人影に口元を押さえられていた。どう見ても様子が尋常じゃない。
反射的にブレーキを踏み込み、急停止させた車から降りた僕はその場に駆け寄る。
「芹奈!」
しかし。
何者かが僕の背後に立った、と思った瞬間、僕の体に電撃が走る。
そこで僕の意識は途切れた。
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