21. DOWN TO EARTH

 う……


 そこも、ツッコまれると苦しいところだ。それでも僕は応える。


「それは……僕には分からないです。でも、もしそんな隕石があったとしたら、既に見つかってるような気もするんですよね。そんな話聞いたことないですけど」


「俺、ちょっと高校時代の部活仲間に聞いてみようか」杉浦が僕の方を向いて言った。「同級生で、未だにコメットハンターやってるヤツがいるからさ」


「コメットハンター?」と、僕。


「ああ。その名の通り、彗星を探してる人間だよ。と言っても、今はもうアマチュアが買えるような望遠鏡で未発見の彗星を見つけるのはほとんど無理なんだけど、撮影衛星とかのデータがネットに公開されてるから、そこから見つけるのが今のコメットハンターの主流になってる。軌道計算アプリで、木星に接近してから地球に近づくような彗星の軌道を見つけ、その現在位置を計算してそこを探せば、何か見つかるかもしれない」


「そうか。よろしく頼むよ」


    ---


 月曜日。プロジェクトの勉強会が終わっても、僕ら四人は部屋の自分の席に着いたままだった。


「うーん。なかなかそれっぽい彗星は見つからないな」僕の右隣で、杉浦がしかめ面で言う。


「そうか……やっぱ見つけるのは難しいのかな」


 僕が言うと、杉浦は首を横に振った。


「確かに新しい彗星を見つけるのは難しいけど、既に知られている彗星も膨大にあるからな。だが、それらの軌道を全部調べてみたけど、木星の近くに寄ってから地球に近づくヤツはないね。となると未知の彗星か……もしくは小惑星かもな」


「小惑星?」


「ああ。アステロイドベルトって聞いたことあるだろ? あれは火星と木星の間の軌道上にばらまかれてる小惑星だ。ざっと数百万個はあるらしい。他にも、木星の軌道上のトロヤ群にも小惑星は沢山あるからな。木星がこれらのうちのどれかをスイングバイの要領で加速して、地球に飛ばす……ってことは、あり得るかもしれないな」


「スイングバイって、何なんスか?」林さんだった。


「スイングバイは、宇宙探査機の飛行方法の一つだよ」杉浦が得意そうに説明する。「そのやり方は簡単。ただ惑星に近づくだけさ。定番で使われるのは金星だな。あと地球も」


「え、近づくだけなんスか? たったそれだけ?」


「ああ。惑星に近づくと、その重力に引かれて探査機は加速する。だけど、惑星を通り過ぎたら今度はその重力がブレーキとなって探査機を減速させ、十分遠ざかった時には結局探査機が加速した分の速度は失われて差し引きゼロになっちまう」


「それじゃまるっきりダメじゃないッスか!」


「いや、それがそうじゃないのさ。今のは惑星が静止していれば、の話。だけど、実際には惑星も太陽の周りを公転してるだろ? つまり、惑星は近づく探査機を重力で引っ張りながら、それ自身の動く速度……公転速度を探査機に与えているのさ。その代わり惑星の公転速度がほんの少し遅くなるが、それはもう測定不能なくらい小さいからな。だからカッシーニとかもみな金星や地球を1~2回スイングバイした後、外惑星に向けて飛んでってる」


「へぇ……杉浦パイセン、さすが、宇宙のことは詳しいッスね」


「おうよ。もっと褒めてくれ」


「はいはい。えらいえらい」林さんが棒読みになる。


「……まあ、それはともかくとしてだな」と、杉浦。「実際のところ、それらの中で木星に近づく軌道を取るヤツは……ほとんどないんだよな。あったとしても、スイングバイでうまく地球に届くように吹っ飛ぶようなヤツなんか……まず見つからんだろうな」


「……」


 やっぱり、僕の考えは間違っていたのかな……


「ただ、もちろんこれは観測可能な天体の話だ」杉浦が続ける。「あんまり小さいと望遠鏡では見つからないからな。だが……小さすぎると単なる隕石になっちまって、もし落ちてきても地球の生態系に大きなダメージを与えるようなことにはならないと思うんだよな。だから無視してもいいとは思うがな」


「それはそうだな」


 その時の僕は、そう彼に同意していた。だが……それは大きな間違いだったのだ。


    ---


 木曜日。火曜日が休日だったため、いつもは火曜のプロジェクトミーティングが今日にずれ込んだ。ちなみに火曜日は芹奈とデート、と思っていたが、彼女は家族と一緒の予定が入っていたらしく、僕は一人寂しく過ごすことになってしまった。


 今回は松崎夫妻(?)、崎田夫妻共にスタッフ勢揃いだった。だが、松崎先生の顔色がイマイチ冴えない。何かあったんだろうか……


 とりあえず僕らは進捗状況を報告する。一応僕はシミュレーション班のリーダーとして、風の流体シミュレーションは動くようになったが、降雪まで再現するとなるともう少し時間がかかることを説明した。続いて調査班のリーダーの杉浦が、上越平野を有力な候補地として提案した。これは地元の僕も賛成だ。もともと雪が多い上に、平野であるため風を遮るものがなく、強風時にはブリザードになることが多い。こんな時に車を運転しようものなら、前が全然見えなくてめちゃ恐ろしい。実際、こういう状況での事故は毎年起きているのだ。


 と、それぞれの報告が終わり、スタッフからのアドバイスを得て、僕らはまた自分たちの作業に戻る……が、いきなり松崎先生が言った。


「森下さん……君がその、植物のそばで悲しみとか怒りとかを強く感じるようになったのは、いつからのこと?」


「え、ええと……」芹奈が首を捻る。「そうですね……たぶん、四月に入ってすぐだと思います」


「そうか……」


 それだけを呟くように言うと、松崎先生は何やら深刻な顔で黙り込んだ。


「どうしたんですか?」


 僕が問いかけると、先生は意を決したように顔を上げる。


「そうだな、君らには伝えた方がいいかもな……これから僕が言うことは、他の人に話さないで欲しい。ま……話したところで信じてもらえないかもしれないがね」


「え……」


 思わず僕はツバを飲み込んだ。


    ---


 松崎先生の話はこうだった。


 三月の終わりごろから、野尻湖でアオコが大量発生しているという。しかし、そもそもアオコはこんな時期に大量発生するものではなく、なぜこのようなことが起こったのかが謎だった。それで、うちの大学の生物学科の微生物学の先生、たちばな まさとし教授が調査を行ったらしい。松崎先生もそれに参加したのだという。


 採集して顕微鏡で調べてみたが、普通のアオコに見えて、どこかが何か違うという。その理由がずっと分からなかったのだが、X線解析やMRI分析の結果、とんでもないことが分かった。


 三次元的に複雑な形状をしている高分子有機物は、分子式が同じでも構造が異なる、異性体アイソマーが存在することが多い。その中で、ある分子を鏡に映したものと同じ形をしている異性体分子を、鏡像エナン異性体チオマーと呼ぶ。右手と左手の関係と同じだ。これらは特定の波長の光を当てるとそれを旋光――光の振動面を回転――させるが、その旋光する角度――キラリティ――によって見分けることが出来る。左に旋光する場合はL型、右の場合はD型のキラリティを持つ、と表現する。


 そして、これは未だに理由が分かっていないのだが、地球上の生物の体に用いられているアミノ酸はほぼL型の分子に限られ、それのエナンチオマーとなるD型はごく微量にしか生物内には存在しない。糖は逆にD型だけでL型は皆無だという。このことをホモキラリティというらしい。


 ところが。


 今回のアオコは、なんとD型のアミノ酸分子で出来ているという。これは地球上の生物ではまずあり得ないことなのだ。


「……それって……どういうこと……ですか……」


 僕の声は震えていた。その問いに対する松崎先生の答えは容易に予想できた。それでも僕は聞かずにはいられなかったのだ。


 そして松崎先生は、深刻な顔つきで、僕の予想通り、言った。


「おそらく……地球外の生命だろう。我々が初めて遭遇する……な」

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