20. FANTASTIC STORY
次の日の放課後。勉強会に珍しく、カオ姉や教員スタッフも揃っていた。そこで僕は、昨日閃いたアイデアを披露したのだ。
まず、特定の植物から引き起こされる芹奈の感情が、植物が感じているそれと同じだと仮定する。それらは悲しみ、怒り、困惑……と、どれもネガティブなものばかりだ。ひょっとしたら、植物は何か自分たちに対する脅威を感じているのではないか。自分たちの生存を脅かす危機が迫っていることを、本能的に悟っているのではないか。
では、その危機とは何か。地球の温暖化、と言うことも考えられるが、それなら今に始まったことじゃないし、そもそもCO2が大気中に増えるのは、植物にとってはむしろありがたいことだろう。しかも、芹奈がそのような感情を覚えるようになったのはここ最近のことだという。ということは、そのような危機が明らかになったのも最近なのだろう。それは一体何なのか。
ここで芹奈が見た夢がヒントになる。彼女はゼウスとアフロディーテが戦っている夢を見た。これはつまりジュピターとヴィーナス……木星と金星の戦いを反映しているのではないか。
そう。実はこの二つの惑星は、太古の時代より戦いを繰り広げてきたのだ。その舞台は……ここ、地球だ。
原始時代の地球の大気の主成分はCO2で、金星のそれと変わらない。だが今の地球の大気ではCO2の割合はかなり低くなっていて、窒素や酸素など様々な成分で出来ている。そして木星の大気も、水素やヘリウム、アンモニア、メタンなど様々だ。
ひょっとしたら、木星が開発部隊を送り込んで、地球の大気を自分たちのそれのように多様性に富んだ成分に仕立て上げたのではないか。その開発部隊というのが……生物だ。
木星はどうやって開発部隊――生物を送り込んできたのか。木星の雲の主成分はアンモニアであり、メタンも含まれている。これはミラーの実験で想定された原始の地球大気そのものに近い。そして、木星の雲では大規模な雷が起こることも珍しくない。これによって、ミラーの実験と同じように木星の大気中にアミノ酸が生じた。場合によってはシアノバクテリアくらいに進化したかもしれない。そしてそれが、木星の大気をかすめて飛び去る小天体に乗って、地球に隕石となって降り注いだ。そうしてやってきた生命が繁殖、進化することによって地球の大気からCO2が激減した。
ところが、それを良く思わなかったのが金星だ。もともと地球と金星は大きさも質量も双子のように似通っている。大気だって似たような成分だった。それなのに木星の影響で大気成分が大きく変わってしまった。そこで金星は刺客を送り込んできた。酸素を吸収しCO2を排出する生物……動物だ。と言っても金星の大気ではアミノ酸は育めない。そこで金星は太陽からの放射線を利用して地球上の生命の進化を操作したのだ。
地球から見て金星が太陽と重なる「食」のタイミングで、金星は太陽から地球に向かう放射線に影響を与え、地球上で動物が進化、繁殖するようにした。これによってCO2は増えたが、そうなると植物も繁殖してCO2の吸収量が増え、結果的に一定の濃度を保つようになった。両者の戦いは膠着状態を迎えたのだ。
ここで金星は最終兵器を投入した。「人間」だ。とにかく際限なくエネルギーを使おうとする、人間という存在。これを生みだしたのは、やはり金星による進化操作だった。そしてその思惑通り、人間は地球の大気中のCO2濃度を短時間で飛躍的に高めた。
面白くないのは木星だ。せっかく多様性に富んだ大気になったかと思ったのに、原始の状態に戻ろうとしている。そこで木星は荒療治に出ることにした。物理攻撃だ。つまり……
地球に巨大な隕石を落とす、という。
木星はその引力でこれまで隕石の攻撃から地球を守ってきた、という側面がある。だが、かつての地球の歴史の中で大量に隕石が降り注いだことがあり、それが木星の影響であることも示唆されている。そして……過去、カンブリア爆発や恐竜など、動物が増えて大気中のCO2濃度が上がってきた時にも、木星は地球に隕石を直撃させてそれらを大量絶滅に追い込んだのだ。
もちろん隕石によってダメージを被るのは動物だけではなく植物もそうだ。もともと木星の意志に忠実だった植物たちは、何らかの方法で今でも木星の意志が感じられるのではないか。それで植物は自分たちに待ち受ける運命を悲観し、ネガティブな感情を抱いているのではないか。
地球は木星と金星の惑星レベルでの代理戦争の場だった。そして今、また木星による致命的な鉄槌が振り下ろされようとしているのだ。
「……」
予想に反して、僕が語り終えても誰も笑おうとしなかった。皆、呆然、といった顔つきになっていた。
「……ええと、ツッコミどころはたくさんあると思うんだけど」ようやく杉浦が口を開く。「そもそも木星や金星に意志ってもんがあるのか? これらは生命として扱うべきなのか?」
「生命と言えるかどうかは、僕にも分からない。ただ、知性とか意識ってものはあるかもしれない。前に読んだミチオ・カクの本には、温度に応じてスイッチをオン・オフするサーモスタットはレベル0の意識だって書いてあったよ」
「地球を一つの生命体として扱った話としては、ラヴロックのガイア仮説が有名だね」松崎先生だった。「今竹内君がした説明の中で、生物が地球の大気成分を変えた、ってのがあったと思うけど、それはまさにガイア仮説の立脚するところなんだ。ただ、ガイア仮説はあくまで地球だけの話だ。地球環境とその中の生命が共進化して生まれたのがガイア――生命体としての地球だからね。まあ、木星にも金星にも生命はいるかもしれないけど、少なくとも地球型の生命ではなさそうだよね。だからそれらの惑星にもガイア仮説がそのまま適用されるとは、僕には思えない。そもそもガイア仮説そのものが未だに仮説に過ぎず、科学的に立証された理論とは言えないからね」
「そうですね」僕はうなずく。「僕も、惑星が生命だとは思ってませんけど、大気には自己組織化による現象が良く起こりますよね。木星の大赤斑なんか小さな渦が分裂したりしてて、まるで繁殖しているみたいですから。そんな中で何か意識みたいなものが生まれることも……あるんじゃないかなあ、と。あと、これは自分でも妄想が過ぎるとは思うんですけど、雷って実はニューロンの発火みたいなもので、惑星の思考の産物……だったりしないかなあ、みたいな」
「でも、一番の問題はッスね」林さんだった。「なんで森下ネキにそういう能力があるのか、ってことッスよ。植物の感情が分かるってのはまあ、化学物質過敏症の延長線上って解釈も出来そうッスけど、木星と金星の敵対関係を夢に見る、ってのは……ちょっと考えられないんスけどね」
「そうだね」僕は苦笑してみせる。「確かに、それはすごく苦しいところだ。ただ……その木星と金星の関係ってのは、太古から植物の遺伝子に刻まれていた記憶なのかもしれない。そして、芹奈はそこまで植物から読み取っていて、夢の中で無意識に過去に学んだギリシャ神話の神々に当てはめていたのかもしれない。夢って記憶を整理するために見る、って説もあるからね」
「はぁ」そう応えたものの、林さんは納得したようには見えなかった。
「ちょっと待てよ」と、杉浦。「遺伝子に記憶が刻まれるなんてこと、あるのか?」
「あると思うよ」カオ姉だった。「ほら、黒板にツメを立てて引っ掻くと、キーッって嫌な音がするでしょ。あれ、なんで嫌な音なのかって言うと、まだ人間が類人猿だった時代に危険が迫ったことを警告する鳴き声に近い音だから、っていう説があるわね。本能的に不快感を催す音――それはもう遺伝子に刻まれた記憶だわね」
「なるほど!」杉浦が笑顔になる。「さすが、香織さんっすね!」
「おだてても何も出ないわよ」カオ姉は素っ気なく言った。
「どちらにしても、だ」晴男先生がニヤリとしながら言う。「妄想としては面白い話だと思うよ。だけど、それが科学的な理論になるためには……何らかの prediction ――予言が出来てそれを的中させないとね。今の君の話で何か予言があるとすれば……その、巨大な隕石が地球に落ちてくる、ってところだけど……実際にそんな隕石が存在するのか?」
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