14. TRELA ALEGRE
結局、コンパは次回のミーティングの後に、近くのイタリアン系ファミレスで行われることになった。一応スタッフの人たちも誘うか、という話も出たが、松崎夫妻(?)も崎田夫妻も国際会議の
とりあえず僕は森下さんと林さんに声をかけた。断られたらどうしよう、と思ったが、なんと二人とも快諾してくれた。特に林さんは森下さんと仲良くなりたかったらしく、いい機会だと喜んでいた。
そして、いよいよコンパ当日。ミーティングを終え、件のファミレスに僕ら四人はやってきた。同年代と思われる女性クルーに案内され、予約席と書かれた四人がけのテーブル席に僕らは収まる。
コンパと言っても全員アンダー二〇なので、アルコールは抜きだ。それでも杉浦はあと三ヶ月で二十歳になるが、僕は一月生まれで森下さんは三月生まれなので、酒が飲めるのは当分先のことになる。もちろん林さんはさらにもう一年以上待たないといけないが。
注文を終え、ドリンクバーで各自好みの飲みものを入手した僕らは、自分たちのテーブルに戻ってきた。僕の右隣に杉浦、向かいに森下さん、杉浦の向かいには林さんが座る。
「それでは、克雪プロジェクトメンバーの親睦を深める会を始めたいと思います。まずは乾杯ということで……」
そう言って僕がウーロン茶の入ったグラスを持ち上げると、その場にいた全員が同じように自分のグラスを掲げる。
「カンパーイ!」
カツン、と四つのグラスが鳴った。
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食事については、まず各自がメインの一品を選び、続いてシェア用のメニューも一つ選ぶという形を取った。僕はメインはラムのペンネパスタ、シェアはチョリソーを選んだ。全員のメニューが揃い、僕らは食事を開始する。ここは安いし味もそこそこ悪くない。大学からも近いので、周りを見渡すとポツポツと信越大生と思われる若者の姿があった。
やはり最初は季節とか天候の話を無難にしていたが、やがて、
「森下パイセン、めっちゃかわいいッスよね!」
林さんが目をキラキラさせて森下さんに食いつきはじめた。
「そ、そうですか……?」
森下さんはオドオドと下を向いてしまう。今日の彼女は割りとフェミニンなコーディネートだ。やはりマゼンタっぽい色のニットのトップスに、ふわふわした感じのロングスカート。この前の上越ツアーの時に着てきた服装よりも、ちょっと大人っぽい。
「そうッスよ! ほんとはあーしもそういう路線で行きたかってんスけどぉ、ツレにあんたには合わん
そう言う林さんは、確かにギャルっぽいラフなファッションだった。チューブトップって言うのかな? 胸の谷間が見えそうで見えない肩だしのセーターに、ダメージの入ったデニムパンツ。
「林さんも……かわいいですよ」オドオドしながら、森下さん。
「パイセン……そんな、『林さん』なんて止めて下さいッスよ! なっちゃん、って呼んで下さいッス!」
「そんじゃ、なっちゃん」杉浦だった。
「……はぁ?」いきなり林さんの声が一オクターブ下がる。「杉浦パイセンに言ってるわけじゃないッスから」
「うっ」すっかり出鼻をくじかれた形の杉浦だが、気を取り直したように笑顔を作る。「い、いや、さっきから気になってんだけどさぁ、もしかして、君……北陸のどこかの出身?」
「げっ!」林さんが顔を引きつらせた。「なんで分かったんスか?」
「いや、チョイチョイそれっぽいイントネーションで話してるからさ」
「あー、マジッスか……やば、まだ訛りが抜けきれとらんがやね……あーし、金沢生まれの金沢育ちッス」
「
「マ?! 同じ加賀やわいね! あーし、小学校の時にぃ、白峰の恐竜館行ったことあれんけどぉ……」
「あー、恐竜パークやろ? 白山恐竜パーク白峰」
「へぇ。二人とも地元が同じだったのか」僕は二人の間に割り込む。
このままこの二人だけで地元トークに花を咲かされても、僕と森下さんが完全に置いてかれてしまう。だけど……これは杉浦と林さんの間を取り持つ、いいチャンスかもしれない。現にそれまで林さんは杉浦には塩対応だったのが、地元が同じってことが分かった途端、ずいぶんフレンドリーになったようだ。
「そうなんスよ!」林さんはニコニコ顔だった。「白峰、めっちゃいいとこッスよね! 温泉もあるし、恐竜パークもあるし……
「ああ。つーても恐竜の化石なんかはないけどな」と、杉浦。
「そこでぇンね、あーし、化石見つけてんね。葉っぱの化石やってんけどぉ……ほんでもぉンね、めっちゃ嬉しくてぇ、ほんであーし、古生物学に興味持ってんね。ほんで生物学科行こう思てぇ……」
林さんは語尾が伸びて揺れる不思議な話し方になっていた。金沢弁ってヤツなのかな。こんな風に彼女が話すのを見たのは初めてだった。それはともかく。
「そうだったんだ。それでうちの大学の生物学科に来たんだね」僕は再びくちばしを突っ込む。ここらで少し地元トークから離さないとな。
「そうなんスよ。古生物ってマジでヤバいんスよね。カンブリア爆発の頃は、ほんと色んな形の生物がいたんス。今ではほとんど絶滅してしまったんスけど……」
もうそこからは林さんのターンだった。とにかく古生物について語りまくる。だけどそれが結構面白くて、僕らは思わず聞き入ってしまった。彼女は外見はギャルだけど、中身は結構オタク気質かもしれない。古生物に対する愛情が、もう全身から伝わってくるようだ。とりあえず地元トークからは引き剥がすことができたようで、何よりだった。
しかも、森下さんまで、
「私、アノマロカリスのぬいぐるみ持ってます」
なんて言ったものだから、さあ大変。林さんの喜びようは凄まじかった。
「アノマロちゃん、かわいいッスよね! あーしもめっちゃ推しッスから! やべー! バイブスアガるッスー!」
早速僕もスマホで画像検索してみたけど……うーん。これ、かわいいのか? 森下さんの趣味、良く分かんないなあ……
「……だけど、実はカンブリア大爆発にとっては先カンブリア時代の大酸化イベントってのがめちゃ重要でぇ、それまでは地球の大気はほとんど二酸化炭素だったんスよね。それをシアノバクテリアが十億年以上かけて光合成して二酸化炭素を減らして酸素の割合を増やした結果、今の大気になったんス。すげぇと思いません? だって、生物が地球の大気を変えちまったんスよ?」
林さんが目をキラキラさせながら言うと、杉浦が腕組みしながら深くうなずく。
「なるほど。ってことは、地球の大気も最初は金星や火星とあんまり変わらなかった、ってわけだな」
そう。杉浦は高校時代に天文部に所属していて、望遠鏡も持ってるくらいの天文好きなのだ。だから天体物理が学べるうちの大学の物理学科を選んだという。
「あれ、そうなんスか、杉浦パイセン?」キョトンとした顔で、林さん。
「ああ。確か、金星も火星も大気は九割以上がCO2だ。宇宙的に見てもそれだけCO2が安定した、ありふれた物質だってことだな。まあ、火星はかなり大気が薄いから気温もめちゃ低いけど、金星の表面は90気圧だからな。凄まじい温室効果で気温は摂氏500度くらいだ」
「すげぇ……杉浦パイセンも、詳しいッスねぇ」
「おうよ。もっと褒めていいんだぜ」
「……ええと、そんでッスね、大気中に酸素が増えた結果、真核生物が存在可能になったわけで、これがなかったらカンブリア大爆発もなかったんスよね」
「ズコー」
林さんに華麗にスルーされた杉浦がずっこける。不覚にも笑ってしまった。
結構このメンバー、面白いかも。
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「ところでさあ」
林さんの古生物トークも一段落ついたところで、杉浦が僕をいわくありげに見つめながら言った。
「竹内と森下ちゃんって、最近一緒にいること多いと思うんだけど、二人で何やってんの?」
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