12. DISCOVERIES

「森下さん? どうしました?」


 声をかけると、彼女は青ざめた顔をそのまま僕に向けた。


「なんだか、ものすごい恐怖を感じるんです……」


「恐怖?」


 これまで彼女の口から「悲しみ」「怒り」「困惑」といった言葉は出ていた。しかし、「恐怖」という単語が登場したのは今が初めてだ。


「なにか、怖いものを見たんですか?」


「いえ、そうじゃないんです。だけど……すごい恐怖感が伝わってきて……」


「車に戻りますか? 桜も散っちゃってるし……」


「ええ、そうですね……」森下さんはうなずいた。


    ---


 車まで戻ると、森下さんの恐怖感もかなり薄れたらしい。


「ごめんなさい……せっかく野尻湖に来たのに、なんか、変なことになっちゃって……」


 助手席でしきりに恐縮する彼女に、僕は笑いかける。


「いいんですよ。これでまた一つ、データが取れましたから。どうやら八重桜には反応しなかったけどソメイヨシノには反応する、ってことみたいですね」


 だけど、森下さんの表情は相変わらず冴えない。


「でも……以前、お花見したときは、何も感じなかったんですけど……」


「あ、そう言えばそんなこと言ってましたね。ってことは……何か別な植物のせい? でも、湖畔には特に咲いてる花はなかったですよね」


「そうですね……」


 うーん。もうちょっと周りを色々調べておけば良かったかな。あまりにも森下さんの様子がおかしかったから、すぐに戻ってきてしまったけど。


「どっちにしても、結構データが貯まりましたね。ここまでくれば、松崎先生に話せばきっと謎を解いてくれますよ。それに……あの桜吹雪、すごかったですよね。メチャクチャきれいで……あれ、ちょっとタイミングがズレたら見られなかったんですから、僕ら、すごくラッキーだったんだと思いますよ」


「竹内さん……」


 僕が再び歯を見せると、森下さんもようやく表情をゆるめた。ああ、やっぱこの人は笑顔が一番だ。


「さ、行きましょうか」僕はシフトレバーを一速に入れる。


「はい」


    ---


 16時。僕らは大学の正門にたどり着いていた。楽しかったデート(?)も、これで終わりだ。


 その時。


「あ、あの……竹内さん……」


 チラリとこちらを向いて、森下さんはなんだか歯切れの悪い物言いをした。そして……すぐに顔を背けて、続ける。


「竹内さんは……今、彼女さんとか……いるんですか?」


「!」


 マジか……彼女の方から聞かれちまったよ……


「い、いえ!」一瞬面食らったが、可能な限り僕は即答する。「いません! いませんけど……」


「けど……?」


「なんでそんなこと……聞くんですか?」


 そう言ってしまってから、我に返った僕は心の中で激しく自分を罵った。


 バカヤロウ! そんなこと聞いても、彼女を困らせるだけじゃないか!


「……」


 案の定、森下さんは黙り込んでしまった。僕の中のもう一人の僕が責める。ほらみたことか。あーあ、やっちまったな、お前。


 しかし。


「いえ……その……」森下さんがポツリポツリと言葉を漏らしはじめた。「もし彼女さんがいらっしゃるんだったら、私と一緒にいたりしたら誤解されるかもしれない、って思ったんで……でも、いらっしゃらないのなら、良かったです」


 そこで森下さんは、安堵したような表情になる。


「……」


 これは……チャンスじゃないか? このタイミングで聞かなくてどうするんだよ。

 もう一人の僕の声が、心の中でデシベルを強める。


「森下さんは、どうなんですか? 彼氏とか……いるんですか?」


 とうとう僕は聞いてしまった。


「いえ……私、彼氏いない歴=年齢なんで……」


 ……おお! ってことは、僕と一緒じゃないか!


 こ、これは……口説いてもOK、ってことなのか……?

 いや、でも……口説くって、どうすればいいの?


 ダメだ。経験値が足らなすぎる……けど……

 なんとなくだけど、僕ら、ちょっといい感じ……な気がする。


 でも、いきなり告白なんてハードル高いし……とりあえず、まずは友達から始めればいいんじゃないか?


「だ、だったら、あの……また、誘ってもいいですか?」


 僕がぎこちなくそう言うと、森下さんは目をむいてこちらを振り返る。


「ええっ?」


「いや、その……今日、森下さんと一緒にいて、すごく楽しかったんで……森下さんに彼氏がいないのなら、遠慮なくまた遊べるな、って思って……あ、もちろん森下さんがよかったら、ですけど」


「私も今日は楽しかったです。いえ、今日だけじゃなく、前回妙高に行った時も……楽しかったです」


 微笑みながら、彼女は言った。


「!」


 やばい。今ので完全にハートを撃ち抜かれてしまった気がする。森下さんははにかみながら続けた。


「私の方からも、竹内さんをお誘いしていいですか?」


 な、なんと! 彼女からそう言ってくるとは……めちゃ嬉しい……


「も、もちろんですよ!」


    ---


 次の火曜日、プロジェクトのミーティングの後、僕と森下さんは松崎先生の研究室にやってきた。土曜日の上越ツアーの報告をするためだ。


「なるほど」腕を組みながら、松崎先生は深くうなずいた。「ほぼ予想通りだな」


「予想通り、ですか?」


 僕が聞き返すと、先生はニヤリとする。


「ああ。今まで森下さんが何か反応を示した植物に、一つ大きな共通点がある。何か分かるかい?」

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