7. TRAVELERS

「え、どうやって、ですか?」森下さんはキョトンとしたようだ。


「まずは、その悲しくなる現象が起きる条件を明らかにしたいところです。それが分かれば、原因を突き止めるのも出来そうな気がしますし。あ、もちろん、森下さんが良かったら、の話ですけど」


「私は構いませんが……竹内さんのご迷惑になりませんか?」


「いえいえ! むしろ、こういう謎解きって、なんて言うか、理系男子の血が騒ぐ、って言うか……すごく興味あります。だから、森下さんさえ良ければ、是非ともやってみたいんです。どうですか?」


 もちろん今言ったことも嘘じゃない。けど、それだけ、ってわけでもない。この機会に彼女と近づきたい、仲良くなりたい、というのが僕の最大のモチベーションなのだ。


「……」しばらく森下さんは僕の顔を見つめていたが、やがて、コクンとうなずいた。


「よろしくお願いします」


 ……やった! これで森下さんに近づくチャンス、ゲットだぜ!


「こちらこそ、よろしくです!」


    ---


 家に帰ってからも、僕の心は弾んでいた。なんと言っても、想い人とのデート……に近いことの約束をしてしまったのだ。


 次の土曜日、僕の車に森下さんを乗せて、もう一度妙高の斐太歴史の里に行くことになった。そこで彼女がまた悲しい気持ちになるかどうかを確かめるのだ。

 LINE IDも交換して、いつでも連絡が取れるようになった。これもとても嬉しいことだった。と言っても、さっそくそれで彼女を口説く……なんてことは、彼女いない歴=年齢の僕にはやはり無理だ。それでも、その気になればいつでもメッセージを送れる。通話も出来る。それだけで、僕は十分満足だった。


 それにしても……


 ずっと無口な印象だったけど、今日の森下さん、意外に喋ってたな。会話のテンポもかみ合う感じがするし……ひょっとしたら、これは脈アリかも……


 プロジェクト、最初はあんまり乗り気じゃなかったけど、今は参加して良かったと心から思う。カオ姉には感謝しないとな……


    ---


 土曜日、9時50分。曇り空だが雨は降らない予報だ。僕は愛車ジムニーで待ち合わせの大学正門にやってきた。このジムニーは元々お袋が乗っていたのだが、新型に乗り換える、ってことで譲ってもらった。もう十年くらい前の車で距離も十万キロ以上乗ってるけど、エンジンも車体も快調そのものだ。昨日のうちにセルフのガソリンスタンドで洗車と給油は済ませてある。ガス欠なんて情けない状況に森下さんを巻き込むわけにはいかない。


 待ち合わせの時間の十分前だというのに、森下さんは正門前に立っていた。生物学実習の時と同じマゼンタのジャージを着ていたが、なんだかちょっとだけ化粧をしているみたいだ。と言ってもあんまりスッピンと変わらないイメージだけど、どことなくスッピンとは違う。やっぱり、僕と二人で出かけることを意識してくれてるのかな……


 僕も実習の時に着てたジャージだから、オシャレもへったくれもないが、どうせアウトドアを歩き回ることになるんだから、この格好で十分だ。


「お待たせしました」


 車を停めて座席から降りた僕は、彼女に頭を下げる。


「いえ……私も来たばかりなので……」


 おたおたと森下さんが首を横に振る。なんだか少し顔が赤く見える。照れてるのかなぁ……


「それじゃ、さっそく行きますか」


「はい」


    ---


 助手席でいいですか、と僕が言うと森下さんは、はい、と、さも当然といった様子で乗り込んだ。よかった。嫌がるような素振りを見せられたらどうしようかと思った。


 バイトしているとは言え金銭的に余裕がない僕は、ガス代が精一杯で高速料金なんかとてももったいなくて払えない。というわけで僕らは国道18号をひた走った。


 しかし……


 女の子を助手席に乗せて運転するの、何気に初めてだったりする。


 なんだかものすごく緊張してしまう。アクセルを踏むにもクラッチをつなげるにも、できるだけショックを与えないように、僕は普段よりもかなり気をつかって操作した。そう、お袋はMT派なのだ。でも一応僕もマニュアルで免許を取ってるので運転には何の問題もない。


 カーオーディオから流すBGMは何にしようか迷ったけど、結局無難にチューナーを地元のFM局に合わせて番組を流すことにした。いつもは長距離を運転する時はジャズを聞いているんだけど、やっぱ好き嫌いがあるジャンルだと思うので……


 意外だったのは、道中彼女が結構喋ってくれた、ってことだ。黙り込まれて気まずい雰囲気になるかな、と心配していたが杞憂だった。一番話が弾んだのが、ゲームの話題だ。僕も彼女もブラウザゲー「パソ娘」のユーザーだったことが分かり、それで色々情報交換出来たのだ。「パソ娘」はPCの美少女擬人化ゲーム。彼女はレジェンドPCの「MZ―80K」ユーザーだった。MZ―80Kは古風なお下げ髪をしたセーラー服のメガネっ娘。僕の愛機は80年代女性アイドルのコスチュームとヘアスタイルを身に纏い、性格はブリッコ(死語)キャラの「X1turbo」なので、同じメーカー、同じCPUってことでかなり盛り上がってしまった。


 だけど、決して彼女も一方的に喋りまくるわけではなく、基本的に聞き手に回ろうとするので、僕の方から質問して彼女に答えさせる、というパターンが多かった。そうしていると、時には彼女の方からノリノリで話し始めることもある。まあ、この前のプロジェクトの時も割と会話は出来てたからな。これまでは彼女と話す機会が全然なかったから、てっきり無口な人だとばかり思ってた。


 そうこうしている内に、目的地の斐太歴史の里に到着。思ってたよりもあっという間だった。駐車場で車から降りて、さっそくカタクリの群生地に向かう。土曜日だからか、この前の実習の時よりは人出が多い。カップルらしい男女の姿もちらほら目に付く。つか、一応僕らもその仲間……になるんだろうか? 一応体裁はそうだけど、残念ながら別に僕らはお付き合いしてるって関係じゃないからな……


 坂道を登り、ようやくカタクリの群生地に着いた……はずだったのだが、なんと、あの生物学実習の日から一週間くらいしか経っていないのに、カタクリの花はほとんどが枯れてしまって見当たらなくなっていた。ポツポツと咲いてる花もあることはあるが、どれも皆かなりしおれている。


「森下さん、どうですか? なんか感じます?」


「……」


 森下さんは目を閉じてうつむいていたが、やがて目を開いて僕を振り返り、首をかしげてみせる。


「何も感じられません」


「そうですか……やっぱ、カタクリの花がほとんど枯れちゃったことと関係があるのかな……」


「そうかもしれませんね」


 もちろん彼女の体調とか他の原因も考えられるけど、カタクリの花が影響してる可能性はかなり高い気がする。


 ただ、せっかくここまで来たんだ。これで終わりにして帰るんじゃもったいない。さらに情報収集しよう。もう少しこの辺りを歩き回ったら、彼女も何か反応するかもしれない。それに彼女と一緒に過ごす時間も長くなるし……ぶっちゃけ、そっちが本音だったりするんだが……


「森下さん、少しこの辺り歩き回ってみませんか。ひょっとしたら何か感じるものがあるかもしれないですし。確か、自然の中にいると時々そういうことが起こる、って言ってましたよね。ってことは、カタクリだけが原因じゃないかもしれないわけで、他にもそういうことが起こったら、周りを調べれば原因を探るヒントになるかもですし……」


「はい」


 コクンとうなずいて、森下さんは歩き出した。

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