5. ONE STEP BEYOND
結局、キックオフに集まったのは、僕と森下さん、杉浦、林さんの4名だけだった。まあ、部活やサークルと違って、活動がイマイチ良く分からない、ってのが原因として大きいような気がする。そもそも、僕だって最初はあまり積極的に参加したいとも思ってなかったし。
このプロジェクトには、
それと正反対に、絵瑠沙先生はとにかくクール。タイプとしては林さんに近いが、林さんほど愛想良くはない。計算機実習では常に無表情で淡々と説明する。
本職はとあるITベンチャー企業のCTOであり、超絶美人でスタイル抜群なので学生の人気もそこそこ高いが、そのあまりにも整ったルックスが近寄りがたい雰囲気を醸し出していて、さらに人妻ということもあり、アプローチをかける学生はいないという。それでも質問すると優しく答えてくれるので、僕は割と彼女のファンだった。
なんで崎田夫妻が加わったのか、というと、実は晴男先生が松崎先生の大学時代の後輩で、その個人的なツテと、彼の専門である相転移や非線形カオス、自己組織化といった分野の知識が役立ちそうだ、ということで、プロジェクトに参加することになったようだ。と言っても、やはり松崎先生と同様に参謀役に徹するようで、活動の主体は学生に任せる、とのこと。
大学側が予算を付けてくれたので、ちょっとした機材なんかも買うことが出来るし、生物学科で空いている教員用の研究室を、そういう機材の保管庫兼プロジェクトのミーティングルームにしてくれるらしい。カードキーが設定されるので、メンバーはそこに自由に出入りできるようになるという。僕らの学生証にはICチップが埋め込まれていて、教室や建物に入るときにカードキーとして機能するのだ。
というわけで、克雪プロジェクトは教員三名、学生四名、院生一名の八名でスタートすることになった。人数は多くは無いけど、カオ姉が言うには、
「最初から大きく風呂敷を広げても中途半端になりそうだから、まずは少数精鋭のメンバーで一つのテーマに集中して取り組むべき」だそうで、むしろ都合がいい、とのことだった。
で、当面のテーマは「防雪林の研究」に決まった。防雪林に適した樹木の選定から生育条件の調査、降雪シミュレーションによる樹木配置の最適化、センサネットワークによる実運用環境のモニタリング、と言ったところだ。生物、物理、計算科学のそれぞれの分野で高度な知識が必要になる。というわけで、僕らはまず勉強会を行うことになった。
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第1回の勉強会は、スタッフによる自己紹介と勉強会に使う教材の選定で終わってしまった。それで解散かと僕は思っていたのだが、エクストラミッションが待ち構えていた。
とりあえず活動用の部屋をゲット出来たのはいいのだが、現状は全然環境が整っていない。揃っているのは机と椅子くらいだ。必要な機材は今後の活動に応じて入手していくことになると思うが、まずはPCを使えるようにしたいところだ。PCがあれば色々情報収集も出来るし、シミュレーションの開発もできる。
というわけで、プロジェクトの勉強会の後、さっそく僕らは手分けしてPCのセットアップを開始した。
一応PCは予算で新品のデスクトップを2台買ったらしく、それが入っているらしいダンボール箱が積まれていたのだが……これがBTOモデルで、なんとOSも何もインストールされていない真っ
他にも松崎研と崎田研から一台ずつ余っているデスクトップPCを持ってきてもらったが、なんとか最新のOSが動く、という程度の代物だ。それでもOSは入っているのでまだセットアップは楽だろう。
一応僕はPCをパーツから組み立て、OSをインストールした経験もある。というわけで、新品のPCのセットアップは僕と森下さんが担当することになった。残りの二台は杉浦と林さんの担当だ。
カオ姉は実験があると言って早々にいなくなってしまい、教員で残っているのは絵瑠沙先生だけだった。彼女は学内LANに接続するルータの設定を淡々と行っている。既に学内LANにはつながっているのだが、セキュリティの設定を詰めているらしい。
「よーし、終わった!」最初に声を上げたのは、杉浦だった。「んじゃ、俺は帰るんで。お先~」
そう言って、彼は軽やかな足取りで部屋を後にする。
「あーしも終わったッス」林さんだった。僕の方に顔を向けて、彼女は言う。「実はあーしも今日はちょっと用があるんで……お先に帰ってもいいッスか?」
「……え?」
それ、僕が判断すぺきことなの?
まあでも、林さんにしてみれば、この中で一番の顔なじみは僕なんだから、仕方ないか。
「う、うん。いいんじゃない?」
「分かったッス。それじゃ、お先に失礼するッス」
ペコリと頭を下げて、林さんも部屋から出て行った。
「じゃ、私もお
「……!」
ちょっと待て。
絵瑠沙先生に帰られたら……僕と森下さんが、ここで二人っきりになる、ってことだけど……
「先生、帰るんですか?」
帰っちゃうんですか、とはあえて聞かなかった。帰って欲しくない、というニュアンスを醸し出してしまうと、なんで? と聞かれたら面倒だな、と思ったからだ。
「ああ」立ち上がり、ショルダーバッグを肩にかけながら先生が微かに笑って応える。「こう見えて私も一応は主婦だからね。夕食の準備をしないとな」
「……」
なるほど。幸せそうで羨ましい限りだ。
「分かりました。それじゃ、僕はとりあえず一通りインストールしときます」
「ああ。頼んだよ。それじゃ、お先」
「はい」
バタン、とドアが閉まる。
「……」
とうとう、森下さんと二人っきりになってしまった。
と言っても、彼女はちょうど壁際の角を挟んで僕の左斜め後ろにいて背中を向けているので、お互い姿が目に入るわけではない。が……
沈黙が気まずい……
とりあえず、作業に集中しよう……
と、思った時だった。
「竹内さん……」
か細い声だった。まさか、森下さんの方から声をかけてくるとは思わなかった。僕は反射的に彼女を振り返る。
「な、何ですか?」
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