3. STIMULATOR
というわけでプロジェクトのメンバーとなった僕は、さっそく森下さん勧誘ミッションを遂行しなくてはならなくなった。しかし……
アパートに帰り、自分の部屋でふと冷静になってみると、疑問が頭をもたげてきた。僕が誘ったところで、果たして彼女は素直にプロジェクトに参加してくれるものだろうか。
そもそも、なんで彼女はあんなところで泣いてたんだ?
よくわからない。けど……女の子が泣く理由、って言ったら……やっぱ、失恋……とかかなぁ……
だとしたら、これって実はチャンスじゃね?
……なぁんてね。彼女にアタックするなんて、僕に出来るわけがないよ。そんな勇気なんか毛頭ない。
しかし……いずれにせよ、彼女にとって僕は、おそらく見られたくないところを見てしまった人間だ。そんな人間と一緒にプロジェクト活動したいと思うか……?
……。
思わないよなぁ……
そんなことになったら、絶対気まずいって。
うーん……
ったく、あの時泣いている彼女に出会ってさえいなければ、こんなに悩むことも無かったんだが……
ま、しゃあない。
ダメで元々だ。一応は声をかけておこう。正直、僕のコミュニケーションスキルでは、もし彼女が難色を示したとしても間違いなく口説き落とすことは出来ない。そんなことはカオ姉も十分知ってるはずなんだが……ま、カオ姉のムチャ振りは今に始まった話じゃないからな……
ええい。当たって砕けろだ。
僕は覚悟を決めた。
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森下さんと僕が被っている科目は、今期は二つしかない。一つは計算機実習。これは学部の専門科目で、一年の時のコンピュータ基礎と違い、リテラシーレベルの話じゃなくてガチな科学技術計算のための実習だ。同学部、同学年の学生はほとんど全員履修している。もちろん学科の連中もたくさんいるわけで……ヤツらの前で彼女に声を掛けるのは、やはり気が引ける。
というわけで、僕はもう一つの共通科目、英語IIIの時に彼女に声を掛けることにした。英語は共通教育課程なので学部や学科の縛りはなく、しかも少人数制だから学生は一つのクラスに二十人ほどしかいない。加えて物理学科の学生は僕だけだ。打って付けと言えるだろう。
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その日の英語IIIの講義が終わり、学生たちは皆そそくさと席を立つ。いつも森下さんは気づいたら姿を消しているので、僕は見失わないように彼女の小さな背中をロックオンし続けた。戦闘機だったらRWR(
彼女を追って僕が教室を出た、その時。
「……!」
ビビった。
いきなり森下さんがこちらに振り返ったのだ。視線と視線が
いや、そんなことはどうでもいい。これはいい機会だ。このタイミングで言うしかない。むしろこの状況で何も言わなかったら、用もないのにガン見しているという、どう考えても危ないヤツだ。
「森下さん!」
少し声が裏返ってしまった。ビクン、と彼女の体が震える。
「は……はい……」
蚊の鳴くような声にさらに-20デシベルほど減衰を掛けた音量で、目を伏せながら彼女は応えた。
よかった。一目散に逃げられるかと思った。どうやら話だけは聞いてもらえそうだ。
「ちょっと、話があるんですが……いいですか?」
「……」
露骨に嫌そうな顔をされてしまった。
「あ、すみません……ダメなら、別にいいんです……」
って、全然よくないけど……こんな顔をされたら、豆腐メンタルの僕にはこれ以上のアプローチは不可能……
「い、いえ……いいですよ……」
「……え?」
思わず森下さんの顔をまじまじと見つめる。相変わらず下を向いたままだが、彼女の顔に浮かんでいる拒絶の色は、先ほどよりは薄れていた。
「い、いいんですか?」
「はい……すぐに済むなら……」
「え、ええ、すぐに済みますよ! 実はですね、この前の生物学実習の時に……」
言いかけて、彼女の顔が曇ったことに気づく。だからと言ってそれ以上にネガティブな反応を見せる気配もない。僕はそのまま一気に畳みかける。
「カオ……じゃなくて松崎TAが克雪プロジェクトについて話してましたよね。単刀直入に言うと、森下さんにもそのプロジェクトに参加してもらいたいんです」
「ええっ!?」
森下さんの目がまん丸になる。彼女がこんな大きな声を出せるとは思わなかった。英語の時間にテキストを訳すように当てられた時も、いつもほとんど聞き取れるかどうか、ってくらいの音量で
「なんで……ですか?」いつもよりもちょっと大きい、くらいに彼女の音量が戻る。
「え、ええと、松崎さんが言うには、プロジェクトのWebサイトやセンサネットワークの構築なんかを担当してほしい、とのことですが……」
「あ、いえ、そうではなくて……なんで私にもう一度頼むのか、ってことなんですが」
……え?
「もう一度?」
「ええ。私、直に香織さんから頼まれましたよ。プロジェクトに参加してほしいって。それで私、話を一通り聞いて、前向きに考えます、ってお返事したつもり……だったんですが……」
「え……」
聞いてないよ、そんな話。
「あ、そうだったんですか……すみません。なんか行き違いがあったみたいで……」
顔が熱い。恥ずかしくて仕方ない。
ふと、森下さんが上目遣いで僕を見上げた。
「竹内さんも、プロジェクトに参加するんですか?」
……おおっと! 名前を呼ばれてしまったぞ! 森下さん、僕の名前把握してくれてたんだ。まあ、英語の時間に名前呼ばれて当てられるから、同じクラスの学生なら誰でも分かるっちゃ分かるわけだけど……でも、覚えててくれたのはちょっと嬉しい……が……
彼女とは少し気まずいことがあったからなぁ……僕がプロジェクトに参加する、って言ったら、彼女は嫌がるかな。でも、嘘をつくのもなんだしな……
「え、ええ。一応、松崎TAに頼まれまして……実は彼女、僕と同郷の幼馴染なんで……昔から頭が上がらないんですよね……」
苦笑いしつつ、僕は応える。注意深く彼女の様子をうかがいながら。
「……そうですか。それじゃ、今後よろしくお願いします」
特に嫌がる様子も見せず、かと言ってニコリともせず、彼女は頭を下げた。
「ええ、こちらこそ」反射的に僕も頭を下げる。
「それじゃ、私はこれで」
「あ、はい」
もう一度軽く会釈して、森下さんは速足で遠ざかっていった。
……。
彼女、そんなに嫌がってる感じじゃなかったな。僕が意識しすぎてただけか……
それにしても。
なんだよ……カオ姉、直に森下さんを勧誘してたんじゃないか……だったらなんで僕にわざわざ二度手間をやらせたんだ……?
と考えて、ふいに思い当たる。
そうか……ハメやがったな……
カオ姉のニヤついた顔が、脳裏をかすめた。
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