第5話 鬼病⑤
「さすがに作り物だろう」
画面に映し出されるCTスキャンの画像を見ながら、宮森勝郎教授はそうコメントした。
「普通はそう思いますよね」
肩越しに同じ画面を見ていた篠田も同じ感想をつぶやいた。北東大学の医学研究所でCTでの検査を担当する宮森には、篠田が属する人類学研究室の人間は何度も世話になっている。
生きている人間に限らず、CTスキャンは死体や化石の内部構造も明らかにしてくれる。貴重なミイラの包帯を剥がさずに中身を調べたり、恐竜の化石を破壊せずに脳のサイズを測ったりもできる。
篠田もこれまでに何度か検査を頼んだことがあったが、ここまで真に迫った「鬼の頭蓋骨」の撮影は初めてだった。宮森もさすがに面喰った様子だったが、これほどの物をどうやって作ったのかは、学者としては知りたくて仕方がなくなるのが自然だった。
「鬼が実在しました。これが証拠です、なんて言われてすぐに納得する奴はいないでしょう。この上なく良く出来ていますがね」
宮森には、今まで篠田が行ってきた検査の結果を伝えてあった。頭骨の大部分は日本人女性の物。これは頭骨の高さや形状から簡単に分かる。それに対し、顎の部分は性別不明。形状がいびつになっていることと、乱杭歯がひどすぎてよくわからないせいだ。
素材はいずれも本物の骨。角のあたりは歯に近いエナメル質が多い材料――おそらくは水牛の角と思われる物から作られている。作られた年代は、骨の様子から見てここ100年以内。“祖母のころからあった”という八瀬の言葉とも一致している。
作成の方法はいまだ不明。これからそれぞれの部分のサンプルを採取して、DNA鑑定や素材の詳しい検査を行う予定でいる。
「まあ、ここ100年程度で作られた物で、ここまで良く出来ているなら、かえって疑わしくなるわな。技術が発達すれば、それらしいものも作りやすくなるわけだし。状況証拠的に疑わしい。それに、この部分見てみな」
宮森は画面の中の頭蓋骨を回転させて横向きにし、ちょうど真っ二つに唐竹割にした状態での断面図を表示した。頭蓋骨の内側が見てわかるようになっている。
「ここだ。前頭骨の内側部分だ」
そう言って、マウスのポインターでその場所を示して見せる。脳が入っている空洞の前側の端にあたる部分だった。
「よく見てみろ。内側に向かって出っ張りがあるだろ。それに前頭骨が内側にも厚くなりすぎている。脳みそが押しつぶされちまうぞ」
「これが本当に人間の骨だったとしても、脳が損傷して生きられない?」
「そういうこった。生きてても脳障害で済めばいい方だ。頭蓋骨の内側で、ほかの部分には異常はなかった。それでここの部分だけおかしなことになってるってことは、やっぱり前頭骨の部分だけ加工して継ぎ接ぎにしたって証拠だろうな。あの牙みたいな八重歯やらなんやらは俺の専門じゃないからな。調べは付いたか?」
「私の見る限りでは、普通の八重歯の顎と同じ構造でした。歯の数が多いのと、顎がデカいっていうだけで。加工の痕はルーペで見ただけでは何とも。電顕が使えるところの予定がどこか空いていないかどうか探しているところです」
「水晶の髑髏だったっけ。電顕で調べたらダイヤモンドカッター使った跡があって、19世紀に作られたもんだってわかったヤツ」
水晶の髑髏は古代マヤ文明で作られたと喧伝された水晶製の精密な頭蓋骨模型だが、結局は近代のドイツで工作機械を使って作られたものだということが分かった。解剖学的にきわめて正確で、古代の技術では作るのが困難と思われる出来栄えだったが、真実はつまらない物だった。19世紀の知識と技術を使えば、後は腕の良い職人がいれば事足りる。
「それと同じですね。後は継ぎ目の部分のサンプルを取って、素材検査に回せば接着の方法が分かります。それと、骨髄部分からDNAを取って、知り合いに検査してもらうつもりです。」
「穴開けちゃって大丈夫なのか」
「持ち主には許可をもらってます。とりあえず、角の部分と顎と歯、それ以外の部分からとれば、材料の方も分かるでしょうね」
篠田はもう一度、画面の中の頭蓋骨に目をやった。飛び出した角がまるで内側にも伸び始めたかのようだ。こんな突起が頭蓋の中にあれば、人間が耐えられるわけがない。
「ちなみにですけど。もしも生きているうちに頭の中がこんなことになってきたら、どうなります?」
篠田が尋ねると、宮森は顎に手をやって考え込んだ。
「最初はものすごい頭の痛みがあるだろうな。脳腫瘍の時みたいに。たいていはどっかの時点で血管が破れて脳出血で死ぬだろうが。生きていたとしても前頭葉の前側はアウトだ。俺は専門じゃねえけどよ、確かここがダメになると、注意力がなくなったり、無関心になったりするらしい。後は話しにくくなるとか、いろいろ自制が効かなくなるとか」
「自制が効かなくなる?」
「意味もないのにいきなり陽気になったり鬱になったり、攻撃的になったり消極的になったり……。言動に脈絡がなくなるっつうのかね」
「なるほど」
篠田はガラス越しに、隣室のCTスキャナーの方を見た。その中に収められた頭蓋骨の形相と、先ほどの宮本の言葉を組み合わせると、この上なく禍々しい雰囲気を覚えた。
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