主従旅記─冒険者たるもの─
序章
人に変げする。
着地した足で、苺水晶の弓を構える。どんな体勢でも弓を引けるだけの握力は、鍛えてきた。モモの弓は、ただ矢を放つのではない。自分なりに精一杯考案して為った弓だ。モモは弓弦を引き絞り、照準を合わせる。フラメムウルフ──炎を纏った狼の魔物が五匹、サワタリの周りにたかっている。サワタリを誤射するとは考えない。おれごときの弓に当たる人ではない。それでもサワタリから一番遠くにいるフラメムウルフを狙い、矢を射た。咆哮が聞こえる。弓は魔物の肩を射ぬいていた。
同時に、モモは魔物に変げする。肩を射られたフラメルウルフがモモの方へ突進してきた。だがその時には、モモはモモンガに変げし、岩陰に急降下していた。再び人に変げし、弓を構え射る。怒り狂い牙を剥いたその顔面に命中した矢は、喉を突き破ったところで止まった。
うずくまるよう、フラメムウルフが斃れる。斃した。
ヒットアンドアウェイが、モモが確立した闘いかただった。眼も腕も良い
この方法で、どうにか戦闘に参加できるようになった。五匹中たった一匹だが、斃せるのだ。──まあ、ご主人は五匹中四匹を、既にナイフできれいに仕留め終えていたが。
モモは魔物だが人をあるじとする契約を結んだ従魔である。ご主人は赤い眼にアッシュの髪をしたサワタリという。サワタリはモモの傍に歩んでくると、頭をぽんと撫で、それから斃れたフラメムウルフの耳を切り取っている。耳をギルドに持っていけば、魔物討伐の報償が貰えるのだ。サワタリは冒険者を装い、それで路銀を得ている。本職で稼ぐことはできないのだ。それどころか──。
「けがはないか」
「ないぞ。ご主人こそ」
とはいえ、ご主人がこの程度の魔物に手傷を負うことなどあるまい。サワタリは、強い。帝都でも名だたるパーティからスカウトがくるほどの
「……と」
モモは魔物に変げした。弓も、それから肩からかけたポーチも、モモンガサイズに縮んでいる。これはご主人との絆の証しなのだと、モモは思っている。サワタリがモモのために誂えてくれたものだから、いつだってモモにぴったりと合うよう伸び縮みする。
「魔物が多いな。ダンジョンが近いのかもしれん」
ご主人が額を拭う。南域は冬のほんの一時しか雪が降らない。まだ冬に入りたての今の季節など、降雪の心配はないのだ。サワタリは愛用のモッズコートを脱いでいる。背が高いのに圧迫感をかんじないのは、不要なものを削ぎ落としたようすらりとした体躯をしているからか。サワタリは盗賊としてギルドに登録しているとおり、重装備を好まない。長袖の衣服は体にぴったりとフィットするもので、あらゆる部分にナイフが仕込まれており、それを使い戦闘に臨む。
──ほんとうは、違うのだ。サワタリの本業は冒険者ではない。だが、かれは帝都を出立するときにつぶやいたのだ。「人殺し業はしばらく休みだな」と。その言のとおり、かれは町に長居することはなく、街道を、荒野を歩いている。魔物を斃し、ダンジョンに挑み……実に、冒険者らしく。
「今度こそ、ケマのダンジョンだったらいいな」
サワタリの肩にとまり、モモはつぶやく。サワタリもうなずく。
ふたりは『ケマ』を捜して旅をしている。ケマとは、王族の遣うものではない、真なる秘蹟というものについて書かれた書物であるという。秘蹟でなければ治癒のできぬ呪毒を受けた友達──うん、友達のために。モモたちはケマをさがす旅に出た。
ところが、前途は多難であった。南域に着き幾つかのダンジョンに潜ったが、そこにケマはなく──つまりケマのある遺跡に辿り着くことさえできていない。それは──そうだろう。王族の秘蹟については秘中の秘とされている。それについて書かれた書物が存在することさえ、複雑な隠されかたをしていたという。サワタリが抽んでたしのびの技を駆使し、数カ月にわたり帝都の王宮や図書館を巡って、ようやく辿り着いたものである。かれはケマの存在だけでなく、それがどこに隠されているかも調べてはいたが、候補は無数にあるのに決め手は全くなく、片端から遺跡と思しきダンジョンに潜るということを始めたのが、夏の初めだった。実に半年もの間、ケマをさがす旅をしているのである。
だが、つらいと思ったことは一度としてない。ご主人とふたりきりで旅ができる。パーティを組まぬ、いわば一匹狼であるところのサワタリとこうして旅ができるのは、自分が従魔であるからだ。そのことを、幸せに思う。幸せだと、知ってしまった。
いつまでもこうして、サワタリと旅をしていたい。そう願うのは、助けたい筈のユーグや、サワタリの恋人であるジル、それにサワタリ自身にさえ手酷い裏切りだろう。それでも、朝な夕なそう、モモは思う。
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