8th. 拒まないで、抱かれていて
主塔、というらしい。
かつては城勤めの修道騎士が賜った寨として機能していた建物だ。ずんぐりとした円柱形をしていて、出入り口は外階段を上った二階にある。そこから穴の底にもぐるよう一階に降ろされて。モモは鎖につながれた。
ここの蝋燭は獣脂を使っているのか、空気が生臭い。出入り口は二階部分にしかなく、窓もないため、空気が籠もって重い。暗い。暗闇を照らす灯りは蝋燭のみで、鉄製燭台の先に突き刺されていたり、壁の張り出し棚に置かれたりしている。乱雑な置かれ方だが、それでも灯りがあるのとないのとでは違う。こんな場所でも──獣脂の臭いに混ざって、はっきりそれと判る血の臭いを嗅いでさえ、ほっとした。
ここに囚われ、どれくらい時間が経ったろう。最初にモモが連れられてきた時以来、誰一人訪れるものない。ずっと緊張をしているせいか、飢えや渇きも感じなかった。ただ、重たく澱んだ空気を吸い、頭痛がしていた。
痛む頭を押さえたいが、両の手首に枷を嵌められ、鎖で壁に固定されている。やっと囚人らしくなった、と喜ぶべきことではないが、ああしてアベルの傍に『侍従』として侍るより、一人きりで鎖に繋がれている方がましだと思った。──そう思っていた。
アベルがやって来る時までは。
帝国の第二王子たるアベルが直々に、囚人のもとに足を運んできたのだ。かれは不屈の眼で見かえすモモに、とろりと笑った。
「ここはね、ぼくの秘密の処刑場なんだ」
人差し指を
「ぼくがぼく自身の手で罪人に裁きを与える時に使うの」
「裁き……拷問でもするのか」
「この部屋、空気が澱んで気持ち悪いなあ。ねえ、飲み物をちょうだい」
影のような修道騎士が、すかさずカップを捧げもつ。それを受け取り、アベルは優雅に啜る。
「あなたも喉が渇いたでしょう? 特製のカクテルを作ってきたから、ぜひ飲んでほしいんだけど。ああ、あなたは鎖に繋がれて両手が不自由だった。うん、ぼくの修道騎士たちが飲ませてあげるから、安心おし」
いらない、と云おうとした口に、カップの縁が宛がわれる。不自然に甘い味が口の中に広がる。この独特の甘い匂い──とろみ──。
モモは口の中に入ってくるものを、全て吐きだした。
「せっかく作ってあげたのだから、ちゃんと飲んで、ねえ」
手首を戒めていた鎖を外された。だが、屈強な修道騎士相手にモモが敵うわけもなく。逃げる間もなく、あっけなく仰向けに転がされると、のしかかられた。
「く──う」
むりやり口を開かされ、そこに『カクテル』が注ぎこまれる。モモの喉が上下するのを、アベルは満足そうに見ていた。
鼻からも幾らか入った。溺れた時のような気分がした。頭も、まだ痛い。目眩がする。床に伸びたまま、モモは動けない。
動けないが──べとべとと汚れた口だけは、懸命に動かす。
「何の薬だ?」
「うん?」
「ウイキョウ草の匂いと味がした。中枢麻痺や器官平滑筋弛緩の作用がある薬草だ」
「ああ、きみ薬に詳しいんだったね。研究成果は全部盗まれちゃったみたいだけど。あれも傑作だったなあ──」
とろとろと笑い、アベルは首を傾げる。
「きみが知っているウイキョウ草の薬効は、それだけ?」
「性ホルモン作用、気道液分泌高進作用──去痰薬としても使われる」
「それだよ」
アベルが指さす。
「ウイキョウ草と、あともう一つなんだっけ、性ホルモンにアクセスする作用を持つ薬草をブレンドして、ちょっとだけ秘蹟も使ってあげたんだ。これはぼくにしか作れない一等品の──媚薬だよ」
「びやく?」
そうつぶやいた、声の息が──熱い。息だけではない、全身が濁るように熱くなってきた。
「苦しそうだね、らくにしてあげようね」
ぱん、とアベルが手を打つ。すると、修道騎士が何かを担いで降りてきた。椅子──のように見える。実際、彼女はそこに座らされたのだ。
椅子とともに修道騎士が運んできたのは、女性だった。モモと同じ歳の頃に見える。彼女は──裸だった。裸のまま椅子に座らされ──その体勢に、モモは眼を逸らせた。
「いけないね、ちゃんと見てあげないと」
修道騎士が、モモの体を持ちあげる。むりやり女性の方に顔を向けさせ、固定する。──とても抗えない力で、モモはそれを直視することになる。
椅子には、片足ずつ縛るところがあり、それは大きく広げられていた。つまり、女性は椅子に座り、両足を縛りつけられることによって、開脚させられ──局所をあらわにされてしまう。
啜り泣く声を聞き、モモは奥歯を噛む。翳む視界で見ても、彼女が震えているのは判った。
「あなたに道徳を教えてあげるよ。お薬も女も用意してあげたから、優しすぎたかな」
モモは屈みこむ。自分のものが、勃起している。息をするだけで熱い。朦朧とする。女性器をこちらに曝した女性がいる。なるほど──アベルはモモにあの女性を強姦させようとしているのか。それが──罰で、道徳教育で。
眼を逸らさなければ。そう思うのに、顔が動かない。貪るよう女性の陰部を凝視する、おれの眼は発情した動物のそれなのだろう。勃起した自分のものが痛い。アベルは秘蹟を使ったと云っていた。通常の媚薬とは比べものにならないくらい──効果は、絶大なのだろう。
涎が垂れていることに気づいた。今にも立ちあがり、このずるずるした服をまくりあげて。挿入してくれと云わんばかりに、足を広げた女性を──。
「……おれは、しない」
モモは眼を瞑る。喉が渇いた、とか、腹が空いた、などとは比べものにならないくらい、激しい飢えがある。それでも、モモはあらん限りの力で抗う。肩で息をしていた。涎が止まらない。口を拭こうと右手を上げる──その手を女の方にのばせば──。
「おれは、しない」
両手を拳にする。噛んだ唇から、血の味がしていた。血。あの女性は処女だろうか。だとすれば出血するのだろうか。それを見たい、と思う気持ちが涌きだして、モモはいっそう強く唇を噛む。
「しかたがないなあ。あなたたち、手伝っておあげ」
修道騎士がゆらり、動く。モモを両脇から立たせると、椅子で両足を広げさせられた女の方へと引き摺られてゆく。
「おれはしない、しないんだ」
身を捩って抵抗するが、ろくに力が入らない。更に相手は王子直属の修道騎士である。モモごときの力では抵抗もむなしく、服をたくしあげられる。
グロテスクだ、と勃起した自分のものを見て、思う。女性が泣いている。震えているのはモモも同じだった。彼女も何か、罪を犯したのだろうか。否、なにもしなくとも、女は男の性処理の道具としか思われていない世界だった……。
「う──」
渾身の力をこめ、モモは暴れる。修道騎士が僅かに体勢を崩した。──その時だった。
「……!?」
両脇からモモを押さえつけていた修道騎士のすがたが、ない。
否──二人の修道騎士の間から、モモが消えたのだ。
「あ……」
呼んでは、いけないと思っていた。助けてと云ってない。コロッセウムで大量に虐殺される女性たちを見ても、アベル殿下の前に一人きりで突きだされた時も、今でさえ。
それでも。それなのに。
「悪い。遅くなった」
「ご主人……っ」
ご主人は、来てくれるのだ。助けてくれるのだ。
サワタリはモモを攫うと、そのまま抱きかかえ、もう片方の手でロープを掴む。どういった仕組みなのか、ロープがぐんとサワタリの体を持ちあげる。一息に、二階の出入り口まで。下では修道騎士たちが階段を上ってくる音がする。されど、かれらはサワタリに追いつけない。サワタリは二階の出入り口から、階段を使わず外へと飛び降りた。着地の衝撃をモモは感じない。既にサワタリは走っている。ご主人は速い。喩えモモを抱きかかえていたとしても、とうてい追いつけるものではない。見る間に主塔は視界から消えた。
だが、モモの眼はそれを見ていない。意識が朦朧とする──というよりは、意識が一点に向かいすぎている。すなわち、下腹部に。
「体が熱いな。何をされた」
呼吸も全く整わない。荒れた息で、モモは必死に言葉を綴る。
「媚薬、と云っていた。薬草、だけじゃなくて、殿下の秘蹟も使った、特別製だって」
「媚薬」
サワタリの眼が据わる。
「おまえにレイプを強要したのか」
あの主塔で、椅子に座らされた女性をも、サワタリは見ていたのだろう。瞬時にそう理解したかれは、今にも振りかえり、アベルをはじめ加担した修道騎士に斬りかかりそうな顔をしている。しかし、いくらサワタリといえど、修道騎士複数を相手に、更にはこの世界の王の子を相手に闘えるものではない。逃げの一手をうつ冷静さはあった。
「解毒薬はないのか?」
「作れるけれど──今のおれじゃ、むりだ」
薬草ポーチは幸いにも肩から斜めがけにしたままであった。だが、手は震え、脳もろくにはたらかない。射精感が腹どころか頭にまでぱんぱんに膨らんで、そのことしか考えられない。
だから、サワタリがどうやって王城を抜け、そこからどこを走って──ここに着いたのかもモモには判らなかった。
「サワタリだ。開けてくれ」
「ああ、マーリンの客人だよ、開けてやれ」
ランプの灯りがひどく眩しい。モモは両手で顔を覆う。玄関から入り、廊下を歩いたと思われる。辿り着いた部屋の灯りを、サワタリはつけなかった。
窓から入ってくる、細い月光。それがなくとも、真の暗闇のなかでもサワタリは自由に動けるのだろう。過たずモモを、寝台に降ろした。
「つらそうだ」
額の汗を拭い、頬を抱く。ご主人の大きな手にそんな風にされると、取り繕う気もなくなってしまう。
「つらい」
はあはあと喘ぐ呼吸が、自分でもうるさい。
「でも、薬が抜けるまでの辛抱だから」
だいじょうぶだ、と云いかけたモモだが。
ベッドが軋んだ。サワタリが乗りあがり、ベッドに腰かけていたモモの後ろに座る。ちょうど、ご主人の両足の間にモモが挟まる格好で、後ろから抱かれる。こんな風に抱かれるのは、慣れていた。一瞬、安心感に掻き消された射精感は、だがまたすぐに噴出してくる。
「服を、脱げるか、モモ」
首を振る。裾を引き摺って歩くほど長い『侍従』の衣装を着たままだった。
「ならば、少し服を汚してしまうかもしれん」
「なに、ご主人……?」
ご主人の手が、モモの前にのばされる。座ったまま器用に、サワタリはモモの服の裾をまくりあげた。
「あ……や……見ないで、くれ」
「灯りはつけていない」
でも、ご主人には見えるだろう。夜目が利くからこそ、こうして逃走が成ったわけで──などと考えていたら。
「っ……う、あ」
モモのぱんぱんに膨らんだそこが、サワタリの手のなかにおさまっている。
「あっ、あ、ご主人、汚い──」
「毒を出す。そのくらいのことと考えていろ」
先走りで、すでにモモのそこはべとべとに濡れていた。サワタリはそれを潤滑剤にし、モモのものを片手で扱きだす。
「うっ──あ、まって、まって、ごしゅじん」
凄まじい感覚にのみこまれる。性的な快感というものを、モモは初めて知ったのだ。
「でる、すぐ、も、あ──ふ、うううう」
さすがにこれが排尿ではないことは判った。モモは、射精していた。サワタリの手淫によって。
「さすがに一回だけでは治まらないな」
「や、あ、ごしゅじん、よごれる、きたない、おれ、きたないから……っ」
身を捩るが、全く力が入らない。そうでなくとも、背中から抱かれたこの体勢では、サワタリのホールドから抜け出すことなど、とてもむりそうだ。
「汚くない。可愛い」
「え……? あっ、あっ、また」
この手が、大好きだった。モモを撫でてくれる大きな手は、人を惨たらしく殺すナイフを握る手。相反する気持ちに引き裂かれても、残るのは大好きという思いばかり。その大好きな手に、モモは何度も、何度も精液を吐きだしつづけた。
もう何度射精したのか判らない。意識はどろどろに混濁している。でも、まだ出したい。止まらない。大好きなご主人の手を汚すたび、悲しいのと、それに少しだけ嬉しいのが混じる自分がおぞましい。ああ、また射精している……。
「……う、うう」
射精の直後の脱力に喘ぎながら、くたりと身を沈めて。ふと、そこでモモは気づいたのだ。
後ろから抱きよせられているつごう、モモの背は、サワタリの腹にぴったりとくっついている。だから、気づいたのだ。尻に当たる感触に。
「ごしゅじん」
「何だ?」
「ご主人の、も、その、あの」
「ああ──そろそろ、便所に行こうと思っていた」
サワタリのものも、勃起していたのだ。
「おまえの媚薬をもらったらしい」
モモは萎えた体を叱咤し向きを変える。ご主人に向かいあう格好になる。サワタリほど夜目が利くわけではないが、窓から入る月光で、輪郭は判った。
「モモ?」
「おれも、ご主人のを、する」
ズボンを下ろそうとしてみるが、手が震えてうまくゆかない。もどかしいというよりも、余裕がなかった。モモはぐっと身を屈めて。服の上から、サワタリのふくらみにかぶりついた。
「おい、モモ」
「ん、ぶ」
じゅぶ、ぶちゅ、と濁った水音をたて、モモはサワタリの股間をしゃぶる。サワタリの手はやめろという風に押しどけようとしたが、モモは両手でサワタリの腰を掴み離れない。軈て、口の中に別の味がしてきた。モモは夢中で口淫をする。
「モモ──、っく」
ご主人のものが、びくんびくんとのたうっている。射精している。それを唇で感じた瞬間、モモも射精していた。
「あ──ん、ん、ん」
ご主人の手にしてもらっていた時も凄い快感だったが、これも激しい快感だ。脳が焼き切れるような気がして、眼をぎゅっと瞑る。まだ、まだ、出ている。
精液は水のようにさらさらになっていた。排尿する時のよう、それを長く出したら、不意に凄まじい倦怠感に襲われた。そのままベッドに伸びたモモを、サワタリが抱きあげてくれる。
「おまえに命じることを、忘れていた」
「めいじる……」
もともと
「俺を拒むな、抱かれていろと」
「はい、ごしゅじん……」
つぶやいた時には、強烈な睡魔にひきずられ、気を失うようモモは眠っていた。
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