主従旅記─帝都にて─

序章

 帝都アマレ・レクスオミノム。

 意外だと思ったのは、緑が多いことだった。郭外──同じ帝都と呼ばれているが、城壁の外にひろがる町は、建物が密集し、夜も燦々と明るく、正に都市といった様相だった。だが、城門を抜け、そこに展開していた郭内の──真の帝都たる土地は、建物よりも緑が多かった。緑とは、自然である。なだらかな山があり、水色の川が縦横に流れている。大きな池があり、そしていたるところに森や草原といった緑があった。

「もっと、こう、お城がどーんとあって、その周りに豪華なお屋敷がずらっと並んでいるんだと思っていた」

 モモの言葉に、ゴドフロワが笑った。

「黄禁城は、あの辺りですね。向かって右奥に山があるでしょう。あの山の麓に展開しています。黄色の建物が幾つか見えませんか?」

 ゴドフロワの指す方を見る。──確かに、山の麓に黄色の大小様々な建物がぽつぽつと見える。

 郭外から郭内へ入る時に、坂道を上る。即ち城郭は一段高い土地に建てられているのだが、それは郭内すべてが一段高い土地──台地にあるというわけではない。一度隆起した大地は、再び急速に陥没する。つまり、帝都は周りをぐるりと高い丘に囲われており、その丘に城壁が設けられているのだ。従って、城門を抜けると、ちょうど帝都を見おろすかたちになり、遙々とよく見える。

「あの中に、お城があるのか?」

「陛下が政務を執られる満礬石榴宮が、黄禁城の中心とはなっていますが。それだけでなく、陛下が休まれる館や、王子殿下がたの館、ご親族が滞在されるときに使用される館や、他にも様々な館があり、また王族の遊興ための場、戦闘や勉学の修練の場といった建物以外の土地もすべてを含めて、黄禁城というのです」

 一つの巨大なお城が黄禁城というのではないのか、と思ったモモであったが。

「……いや、ちゃんと巨大なお城だった」

 いざ黄禁城の門を抜け、連れられた館の前に立つと──それは館とは云いがたい、とてつもなく大きく、とてつもなくうつくしいお城だった。遠目からは黄色の建物にしか見えなかったが、その一つ一つがつまり、お城なのだ。無数にあるお城と、お城以外の山や森や川や池も全部ふくめて、黄禁城と呼ばれているのだった。

 モモはしみじみと見つめる。ここは黄水晶宮と呼ばれる、第二王子が棲まう館だという。淡い黄色に輝いているのは、壁面のいたるところに使われている半透明の黄色の石が陽の光りを受けているせいだろう。正面中央にはりだしているのは、小さな神殿だった。太い円柱がずらり並び、品のある三角の屋根を支えている。その両端に外階段が設けられているが、複雑に枝分かれし、階段を上るだけでもう道に迷いそうだ。欄干の見事な造作もさることながら、やはりふんだんに装飾に使われている半透明の黄色の石──たぶん宝石と呼ばれるくらい希少な石なのだろう──が眼に鮮やかだ。

「黄禁城っていうのに、黄色ばっかりだな」

 つぶやいたモモに、ゴドフロワが答える。

「黄色は王族の色で、庶民がみだりに使うことを禁じている──禁色とされているという説明が一般的ですが、黄禁城の名の由来は別にあります。神がおわすところが、天にある黄道とされているため、その神の子孫である王族のみがゆるされた地として、黄禁城と称されているのです」

「……むずかしい」

 『む』のかたちに結ばれたモモの口を見て、サワタリが微かに笑う。かれの手もまた、微かに動いたのを見たのは、モモだけでなかった。

「あなたのご主人は、あなたを撫でたがっているようですが」

 もうしわけありません、とゴドフロワは頭をさげる。

「謝るべきところがずれている」

 サワタリが無表情に云う。かれの両手には手枷が嵌められており──おかげで、モモを撫でることは叶わない。

 ゴドフロワが親切なため、うっかりしがちだが。モモたちは物見遊山で帝都に来たわけではない。ゴドフロワは修道騎士として、人殺しであるサワタリを捕縛し、それを命じた王子様の前に連行しているところなのだ。

「サワタリはともかくとして、……あなたが枷につながれることはないのに」

 ゴドフロワは痛ましそうにモモを見る。モモも勿論、手枷を嵌められ、腰に縄をかけられている。

「モモ、あなたは殺人を犯していない。殿下の前に突きだされるのは、サワタリだけでいいのです。あなたは、一先ず俺の知り人の邸宅にでもあずかってもらって──」

「嫌だって、何回も云ったぞ。おれはサワタリの傍を離れたりしない」

 モモはゴドフロワの言葉を途中で遮る。

「そもそも、おれは無罪じゃない。ご主人の殺人を止めず、ずっと傍で見ていたんだ。ご主人が罪人ならば、おれも同罪で、裁かれるべきだ」

 理はモモにある。それはゴドフロワとて判っているのだ。だけれど──かれはほんとうに親切だから、どうしても──かの王子様の前に、モモを出したくないらしい。

 親切といえば、手枷と腰の縄だけという捕縛は、そうとも云えないほど甘い。数十人を殺した凶悪な殺人鬼を、たったこれだけの拘束で、黄禁城内を罷り通ることが許されるのは──それがゴドフロワであるからなのだと、モモは後に知る。

「……それでは、もう云いません」

 行きましょう、とゴドフロワが云う。階段を上りきったところに、黄色のマントをたなびかせた騎士──ゴドフロワと同業の修道騎士が立っていた。ゴドフロワがかれに用向きを伝える。

 プロスペルムの町で大量虐殺をした殺人鬼マーダラーを捕縛した、アベル殿下の前に連行する、と。

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