10th. きみの誰か、僕の誰か

 なんの前触れもなく、かれは云った。

「ゴドフロワともうします」

「うん?」

 きょとんと瞬くと、赤毛に鬱金の眼をした偉丈夫は、片手を胸にあて真率に頭をさげた。

「俺の名です。互いに名を知らぬのも不便だと思いました」

 モモは苦笑する。相変わらず堅苦しいが、それは自分でくずせないのだと本人が云っていた。名は知らないのに、同い年だということは判明していて──それなら、否、そもそも、自分は人質なのだからそういう丁重な扱いはいらないと云ったのだが、このような態度しかとれない、性分なのだと云われたのだ。

「おれはモモという」

「モモ……」

「さん付けとかしたら怒るぞ、ゴドフロワ」

「判りました、モモ」

 穏やかに笑う。鬼気迫る剣戟や、闇の町にまで追い縋ってくる粘着性、人質をとることに躊躇をしない狡猾からも、たちの悪い敵に思えていたが──実際は、穏健で謹厳な、まさに修道騎士らしいという形容が当て嵌まる人なのだった。

 ところで、モモとゴドフロワは賑やかな町を歩いていた。斜め十字山脈を北西から下山したところに、大きな町があった。王の道の始点であり終点であると、ゴドフロワに聞いた。ここから北に延びる道と、東に延びる道がある。つまり、海と山脈に囲われた北域を、西から東に横断する道と、南から北に縦断する道が、この山脈の麓で交わるのだ。

「あなたは俺の小姓ということにしましょう」

「小姓?」

「騎士の身の回りの世話をする従者です。通常は十四歳くらいまでなのですが……大丈夫でしょう」

「……おれが幼稚に見えるって云っているな」

「修道騎士になるためには、七歳くらいで行儀見習いとして騎士に附きます。そこで騎士に必要な行儀作法から、戦闘の訓練及び実践、そして武具や馬のことなどを学ぶのです」

「ふうん、じゃあゴドフロワも誰かの小姓をやったことがあるのか……って、話し逸らしたな」

「はい」

 にっこりと笑って。鬱金の眼を細め、かれは云う。

「かれに憧れて、修道騎士になりたいと思ったのです。あの人の小姓をしていた時が、いちばん幸せだったな。今ももちろん尊敬し、お慕いしております」

 ……こんな風だからもう、すっかりモモは責める気をなくしてしまうのだ。

 愚直なほどに真っ直ぐな修道騎士。かれが誅伐すべき対象である蛮族バルバロイたる自分が、こうしてかれの傍にいることに慣れるのもな、と思い、だけども人質だしな、とも思う。それを云うならば、たった今でも逃げだせるのに──モモはそれをしないばかりか、ゴドフロワの歩みを助けている。

 比喩でなく、モモはゴドフロワの歩みを支えていた。かれは右足を痛めていた──古傷というほどではないが、新しい傷ではない。モモの記憶が正しければ、それは初めてサワタリとゴドフロワが戦った時、サワタリのナイフが抉った傷だ。膝の下の傷は肉の断面を見せるほどに深い。モモは当然、その傷にも薬草を塗布しようとしたが、ゴドフロワが嫌がった。喉の重傷はもちろん、他の傷には騎士が携帯する薬を使っていたのに、この右足の傷には布を巻くだけで、薬草一つ塗らなかったらしい。放置された傷は悪化の一途を辿り、山脈を降りる頃、ついに歩みが覚束なくなったばかりか、発熱や全身の衰弱の症状も現れるに至った。せっかく喉の傷がふさがったのに、よりたちの悪い傷に蝕まれていたのだ。モモはその傷に気づいた時点で、むりやりにでも治療しようと思ったが──やはり嫌がる。気合いで歩けると本人は云うが、勿論モモが止めた。背の高いかれの右脇の下から、腕を自分に巻きつけるようにし支える。要するに、杖代わりだ。

 ……背の高い人の、杖代わりをすることは、前にもあった。だから、今度も要領よくできた。モモはゴドフロワの歩みを助け、かれとともに町を歩き──そして、到着したのは。

「屯所……」

 町にある、兵士の詰所だ。各地域には兵士のみが棲まう寨があり、そこから出向するかたちで、付近の町々に兵士が振り分けられ、主に治安の維持、警察の任務にあたっている。町人からすればトラブル時に駆けこむ信頼ある場所だが──なにしろモモは、人殺しであるご主人の従魔なのだ。屯所からわらわらと飛びだしてくる兵士から逃げることが、日常であるともいえる。

 であるから、足はどうしても避けたがる。自らを叱咤し、モモはゴドフロワを支え屯所の門をくぐった。

「失礼いたします。任務にお就きのところ恐縮なのですが、お時間をちょうだいしたく訪ねてまいりました」

 机の上に足を投げだし、煙草をふかしていた兵士が、面倒そうに振り向く。──が、その顔がみるみる強ばった。

「……う、うそだろ。なんでこんなとこに」

「帝都軍修道騎士団第五隊所属、ゴドフロワ・シンシェレと申します」

「本物だぁ!! おいっ、おいっ、誰か──」

 椅子から転がり落ちるように──実際落下し、だがバネのよう跳ね起き、兵士は屯所の奥へと走っていってしまった。

 ややあって、奥から出てきたのはさっきの兵士よりも上等な服を着た、みるからに偉そうな兵士だった。

「これは遠路ようこそおいでくださいました。わたくし、このアドペデムの町の分隊、伍長を務めさせていただいております」

 偉そうな人が、緊張した面持ちで頭を低くしている。──修道騎士は、それよりももっとずっと偉いっていうことなのか。

「ゴドフロワ・シンシェレと申します。真名はご容赦を」

「それはもちろんでございます。たっとい御身を、むくつけき屯所になどお運びいただきまして──あの、わたくしどもの隊になにか粗相がございましたでしょうか? いえ、いえ、粗相がないと申しあげているわけでなく、その、」

「馬をお譲りいただけないでしょうか?」

「修道騎士様が直接お叱りに来なさるほどの粗相に無自覚であったということ自体が──、……え、はっ、馬、と仰いましたか?」

 ゴドフロワは爽やかに頷く。

「はい! できれば長躯に耐える軍馬をいただければ有り難いのですが」

「それはもちろん、我が隊が誇る名馬を献上させていただきますとも!」

「有り難うございます、助かります」

「馬はお小姓様の分と、二頭でよろしかったでしょうか」

「いえ、一頭でかまいません」

 伍長と名乗ったかれは、ふんぞりかえって指示を出す。兵士たちの手によって、すぐさま門には艶やかな栗毛の馬が用意された。

「ほんとうに、助かります。帝都に戻るところなのですが、なにせこの足なもので」

「失礼ですが、たいへんなお怪我とお見受けいたします。帝都の名医には及びませんが、我が町で随一の医師を遣わしたくぞんじます」

「お心遣い有り難うございます。ですが、旅を急ぎますので」

「はっ、出すぎたことを申しあげました! 教皇猊下お身元へのつつがなきご帰還、お祈りいたしております」

 ゴドフロワは片手を胸に当て、頭を下げる。

「主の御心のままに」

「なんと、有り難うございます──」

 感極まったよう、うずくまり頭を地面にこすりつけている。伍長の後ろで、他の兵士たちも次々に叩頭している。

 ゴドフロワは馬の轡を取ると、もう一度、兵士たちに丁寧に頭を下げて。それから、馬を引き町の外へと出発した。

「よかった、片足でも乗れそうです」

 ゴドフロワは鐙に左足をかけると、ひらりと馬に跨がった。さすがに堂に入った乗馬姿である。

「おれはどうすればいいんだ? ええと、小姓だから、轡を持って歩くのか?」

 馬なんて扱ったことないぞ、と云おうとすると──ゴドフロワが笑っている。

「ああ、すみません。小姓と紹介せずとも、兵士のみなさんはあなたを俺の小姓だと確信しておられたなあと」

「……どうせおれはチビだし童顔なんだ」

「小さくて細いから、馬の負担にはならないと思ったんです。ほら、どうぞ」

「?」

「俺の手につかまってください。そう──」

 わあ、と声をだしかけ、慌てて口を閉じる。馬は繊細な動物なのだ。驚かせてはいけない──いきなりその背に引きあげられたとて。

「良い馬ですね、まだ余裕がありそうです」

「こ、こ……」

「怖いですか?」

「怖くないぞ!」

 正真正銘、馬に乗ったのは初めてだった。ゴドフロワの前に乗せられ、手綱を持つかれの両腕の間にいるから、転げ落ちることはなさそうだが──尻の下にある感触は、板や土などとは全然違う。生きている動物の肉や骨の生々しい感じが、とてもじゃないが座っていいものとは思えない。

「大丈夫です、二人乗りには慣れていますから」

「おれだって、抱っこされるのは慣れている」

「……」

「……」

 それって、と沈黙の後の一言目が、完全に被った。さすがに、モモは笑ってしまった──怖さも忘れて。

「おまえ、小姓時代にこうして、憧れの騎士様と二人乗りをしていたんだろう」

「あなたを抱いていたのは、あのマーダラーですか」

 思いだす。……ほんとうは、いつだって思いだしている。サワタリのことばかり、思っている。

 こうやって後ろから抱かれて、吟遊詩人の歌を聴いたことがある。正面から抱かれるのは、殆ど毎日だった。寝る時は、野営でも宿屋でも、サワタリはモモを胸に抱いて眠る。頭を撫で、頬を触れあわせ──。

「……、」

 モモは、右手でくちびるに触る。サワタリはいつも、ごくしぜんに、モモに触れた。撫でて、抱き、抱きしめて眠る。それがかれの癖であるかのように、あまりにもあたりまえの日常であったから──この考えは、合っているのだと思う。

(傍にいたのが、おれだから、だ)

 モモは、押しかけ従魔だ。サワタリに望まれてではなく、モモがアイテムを使い、むりやり主従契約をした。むりやり──かれの傍にいた。ずっと一人で旅をしていたサワタリの傍に居着いたのが、偶々おれだったから。

(したかったことを──傍にいればどうしてもせずにいられなかったことを、おれにしてただけ……なんだな)

 サワタリが触れたかったのは。撫でて、抱き、抱きしめて眠りたかったのは、ジルだ。ジルの──ご主人の好きな人の身代わりを張れるほど、それほど自分を評価する気はない。けれども、あのサワタリが、傍にいるというだけで触れてくるとは、不思議というものだろう。結して人と馴れあわない。酷薄な人殺しであるかれが、なぜあんなにも自然に、あたりまえにモモに触れたのか。それはジルの存在があったからだ。あの慰撫も、抱擁も、ほんとうはジルにそそがれるものだった……。

「どうかしましたか? 馬は揺れるから、酔うこともあります。もしも気分が悪くなったら──」

「違うんだ。だいじょうぶだ。ぜんぜん、だいじょうぶなんだ」

 前を向いていれば、ゴドフロワに顔を見られることはない。モモは馬を驚かせないように、だけど元気に聞こえるように、声を張る。

「でも、馬には慣れないから……気が紛れるように、話しをしてくれるとうれしい」

「どういった話しを?」

「ゴドフロワが二人乗りをした時のこととか」

「兄です」

「うん?」

「俺が修道騎士になる契機をくれた、尊敬する騎士。初めて馬に乗せてくれたのも──こうしてあなたを乗せるように、俺を抱いて二人乗りをしてくれたのも、兄なんです」

 ゴドフロワの声が、優しい。

「名を、ユーグ、といいます」

 ひどく優しく、かれは憧れの修道騎士である、兄の名を呼んだ。

「俺には兄弟が多くいますが、母も同じ兄は、ユーグだけなんです」

 つまり、お父さんが同じ兄弟がたくさんいるということか。男にとって、女の人は子産みの道具としか思われていない世だから、当然といえば当然だ。モモも、母の違うきょうだいがたくさんいた……。

「ユーグは、優しくて純粋な人です。修道騎士として、卓抜した実力がありながら、そのすべてを殿下に捧げています。殿下が可愛くてしょうがない、放っておけないと──どんな目に遭わされても、忠誠を覆しません」

「殿下?」

「俺たちが仕えるのは第二王子殿下です。修道騎士団は十二の部隊に分かれているのですが、俺とユーグは同じ第五隊に所属しています。第五隊は第二王子殿下附となるので、殿下の護衛をはじめとし、殿下の御心に従い種々の隊務に就いております」

「第二王子……たしか、今の王様には息子が二人いるんだったな。ええと、弟の方になるのか」

「そうです。御年十九歳……俺たちと同い年の殿下です」

「判ったぞ。カラミタス・ディアボリで壊れた結界を張り直しに来たのは、弟王子なんだな。それで、弟王子附のゴドフロワたちが一緒に遠征してきた」

「その通りです」

「同じ隊って云ってたな。あんたのお兄さんも一緒に来たのか?」

「ユーグは……体に不調を抱えており、現在軍務を外されています」

「不調?」

「……はい」

 病気か、と問いかけた言葉を飲みこむ。ゴドフロワの声は低く、重い。大切な兄が軍務を外されるほどの不調を抱えているのならば、傍に付き添っていたいだろうに。修道騎士として、かれは弟王子に従い帝都から遠く離れ、そればかりか……。

「あんたは、お兄さんの分まで……弟王子が大好きなお兄さんなら、きっとそうするだろうって、そんな気持ちで、王子様に一生懸命従っているんだな」

「……ふしぎです」

「うん?」

「そんな風に考えるのですね。……いいな。ええ、俺は、ユーグならそうするから、殿下に全身全霊を以てお仕えしている……」

 石畳の道に、馬の蹄の音が心地よい。でも、まだやっぱり、背中に跨がっているという申し訳ないような気持ちは消えない。

「さて、あなたの番です。あなたがあのマーダラーに抱っこされた時の話しを聞きましょう」

「お?」

 間抜けな声が出てしまった。慌てて両手で口を押さえたものだから、ぐらついた。手綱を持つゴドフロワの逞しい両腕が、ぎゅっとモモの体を挟んでくれたから、落馬なんて事態には陥らなかったが。

「話しをしてる方が、気が紛れていいとあなたは云いました」

「云ったけど……おれがご主人に抱っこされてる話しって」

 モモは懸命に体勢をたてなおす。

「そういえば、あなたはあのマーダラーを主人と呼んでいますね。従者なのですか?」

「ちがう。従魔だ」

「従魔? 従魔とは、調教師テイマーが従えている魔物のことでは?」

「あっ……、いや、まあ、いいか。うん、あのな、おれの正体は魔物なんだ」

「……。それはすごいですね」

「信じていないな」

 モモは馬上で音をたてた。──と、ゴドフロワの両腕の中からハーフアップの青年のすがたは消え、代わりに生まれたての赤ちゃんぐらいの大きさの魔物が出現する。

 短い足で馬に跨がるのはむりだし、これだとゴドフロワの腕の隙間から転げ落ちる──モモは飛膜を広げた。といっても、モモンガは飛膜で飛ぶのでなく、魔力を使って飛行する。

「これは、驚きました」

「そんな風には見えないけど」

 ゴドフロワのまわりをふよふよと飛び回る。魔物のモモの肩からぶら下がっている薬草ポーチに、かれは視線を注いでいる。

「あまりその……うつくしい魔物ではないですね」

 直截な言葉だが──まあ、モモンガはお世辞にも美しいといった形容が出てくる魔物ではない。ぎょろぎょろと飛びだした眼球に、ぎゅっと押しつづまった小さな鼻と口はアンバランスで。腕から垂れる飛膜は血管がぼこぼこと浮き出し、グロテスクだ。

モモンガおれは、見てのとおり不細工だし、なによりスライムに次ぐ最弱の魔物だから、需要がない。ご主人を求めて十年世界をさすらったけど、誰一人おれを従魔にしてくれる人間はいなかった」

「そこであのマーダラーが?」

「うん。ご主人とは──サワタリとは、おれが従魔の珠ヴィンクルム・ラピスというアイテムを使って、むりやり主従契約を結んだんだ」

「ヴィンクルム・ラピス……聞いたことのないアイテムですね。ですが、なるほど、マーダラーはシーフです。そのアイテムのおかげで、調教テイムのスキルを持たずとも、あなたを従魔にすることができたということですね」

 さすがに賢い。するすると事情を飲みこむゴドフロワは、やっぱり魔物すがたのモモのことが嫌そうだ。モモは音をたて、人のすがたに戻った──勿論馬の背の上だから、慎重に。

 人のすがたに戻ると、ゴドフロワはほっとした様子を隠しもせず、モモを両腕に挟み支えてくれる。

「あのマーダラーは、魔物のすがたのあなたも、抱いていたのですか?」

「うん。毎晩抱いて寝ていた」

「人のすがたの時も?」

「どちらのすがたの時も、ご主人はたくさん撫でてくれるし、抱っこしてくれる。たいせつそうに触れてくれる……従魔のこと、そんな風にすることないのに、ばかみたいだな」

「それは──」

「ばかみたいだって、思ったけど。でも、ご主人が抱きたかったのは、おれじゃなかったんだって、判ったんだ」

「……どういうことか、訊いても?」

「上手に云えないと思う。ぐちゃぐちゃで……」

 それこそ、上手に言葉が出てこず、モモはうつむく。こういう時、ご主人だったら頭を撫でてくれる。すると、その弾みで転がるように言葉が出てくるのだ。

 勿論ゴドフロワはモモを撫でたりなどしない。手綱を繰る手でついでにモモを馬上に支え、王の道を進む。

「ご主人には、好きな人がいたんだ」

 だから、ほろりと溢れた言葉は、モモの声ではなく、別のなにか──喩えば真実がかたちづくったものなのだろう。

「ほんとうはその人と旅をしたかったんだと思う。一緒にすごして、まいにちいつくしんで。そうしたいけど、できないから、偶々傍にいることになったおれに、つい、その人にしたいように、していたんだ」

「あなたを身代わりにしていたと?」

「それは、ちょっと違うんだ。ううん……上手く云えない」

 上手く云えないけれど。

「けど、そのことを知って、悲しい。ずっと、苦しい」

 モモは首をかたむける。

「なんでだろう。おれ、ご主人から撫でてもらうの好きだ。抱っこされて眠るの、好きだ。ご主人が誰を好きでも、おれを撫でて、抱いてくれることに変わりはないのに」

 身代わりでも、手癖でも、なんでも。どんな思いからだって、モモにご主人がくれる慰撫は、抱擁は、変質することなどない筈なのに。

「モモは、好きな人はいないのですか?」

「? おれが好きなのはサワタリだけだ」

「あなたは主人だけが好きなのに、主人は他の人を好きだから、苦しいのでは?」

「それは──」

 モモは笑う。唇の曲がった、不格好な笑みになった。

「ひどい、我が儘だ。あさましい。おれだけを──だって?」

 おれだけを撫でて。抱いて。……好きになって。

「……おれ、醜いな」

「そうですか? とても人らしいと思います」

 ゴドフロワの声は、柔らかな苦笑をふくんでいる。だから、モモの曲がった口も、素直な笑いを溢したのだ。

「おれは魔物なんだってば」

「そうでした。でも、あなたは──に、似ているから」

 風のせいで、ハーフアップが解けていた。モモは紐を咥え、髪を縛りなおす。

「うん? 誰に似ているって?」

「少し、じゃまですね。慣れてきたからって、馬上でむやみに動かないでください」

「だって、髪がぐちゃぐちゃだったんだ」

「どこもかしこもぐちゃぐちゃでいいんじゃないですか」

 モモは両手で胸を押さえる。どこもかしこもぐちゃぐちゃで、いい。そうなのだろうか──そうならば。

 ゆっくりと力を抜く。馬が歩き、体が揺れる。でも、もう怖くない。気を紛らわすため話しをしてもらわなくても、馬に乗っていられるようだった。

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