9th. 愚直

 サワタリのけがの治療に、モモはドロシーの庵から持ちだした薬を使った。

 天才薬師の作った薬は、怖ろしいほどの効果がある。とはいえ、最低でも二日は休むべきである。あの修道騎士との戦闘は、それほどにサワタリにダメージを与えていた。

 だが、サワタリはひととおり薬草での治療が済むと、立ちあがった。まだ夜も明けない。

「ご主人」

 モモはサワタリの腕にしがみつく。

「まだ、だめだ。腹のなかの傷が開いて、また血を吐くぞ」

「俺の休息は、とりもなおさずあの修道騎士が逃げきる猶予になる。これ以上看過はできない」

 それは──そうなのだろう。こうして治療を受ける時間をくれただけでも、破格なのだ。サワタリとしては、一刻も早く修道騎士の捜索に走りだしたいところだろう。

「でも、でも」

「……モモ」

 ふ、と。サワタリの目許が、少しだけゆるむ。

「おまえから、俺に触れる分は、かまわないのだな」

「……?」

「さっき、吊り橋で。おまえに触れようとしたら、振り払われた」

「!」

「俺を庇った時も、俺を支えてくれた時も、薬草を当ててくれた時も、──今も。こうしておまえは、俺に触れてくれている」

 モモは瞠目する。そして──自覚する。サワタリの腕にしがみついた自分を。それに重なるのは、甘えるようサワタリの腕にしがみついたジルのすがた……。

「あ……」

 気づいた時には、サワタリの腕に巻きつけていた自分の手を、背中の後ろに隠していた。

「……、」

 サワタリが、何かを云いかけ、やめる。中途半端にひらいた唇が、困った風で。らしくなく、躊躇いながら──困った口のまま、ご主人は云う。

「だめか? おまえに触れては」

 モモはうつむく。ぎゅっと結んだ唇が震えているのを、見られたくなかった。

「……いいんだ」

 どうか、どうか、ふつうの声が出ていますように。

「ご主人は、おれのご主人なんだから、おれになにをしてもいいんだ」

「振り払うな、と命じれば。抱かれていろと命じれば、おまえは従う」

「うん」

 サワタリが微かに笑う。自嘲、のような笑みに。またぐっと胸が苦しくなる。

「振り払うな、抱かれていろ、モモ」

「はい、ご主人」

 サワタリの大きな手が、モモのハーフアップの頭を撫でる(ジルのひとくくりにした髪を、撫でていた)。サワタリのモッズコートの腕が、痩せたモモの体を囲い、抱きしめる(ジルの背を愛しげに抱き寄せ、夜には共寝をするのだと……)。

 情景が幾重にもかさなり、頭のなかがぐちゃぐちゃになる。心は、もっとぐちゃぐちゃだった。おれはサワタリの従魔なのに。従魔だから。こんなにもこの腕から逃れたいのに、撫でてくれる手のひらが、泣きたくなるほど慕わしい。

「酷い、顔をしている」

 ご主人の指が、頬をすべる。眼のしたのあたりをこすって。その指ごしに、唇をおしあてる。

 そして。

 そして、ご主人はモモを抱いていた腕を、引いた。モモを撫でていた手をぜんぶ、引いた。

「無理強いをした。すまなかった」

「……っ」

 モモは首を振る。そうじゃない、ちがう。おれが勝手にぐちゃぐちゃになって、だから、ご主人が酷いことをしたわけじゃない。ご主人に謝らせるおれが酷い。酷い。酷い。首を振りながら、モモは奥歯を噛んで。顔をあげる。

「ご主人は、こんなことをしている──おれにかまっている暇こそ、ないんじゃないか。あの修道騎士が、逃げてしまうぞ」

 笑え──元気に笑え、おれ。

「そうだ、おれが捜しにいくから、ご主人はここで休んでいてくれ。魔物になれば飛べるし……えっと、モモンガは飛ぶの、遅いけど」

「ウトゥラガトス・ニドムにはずっと世話になっている。そうでなくとも、独立不羈のあの町を、俺ごときの妄動で危険に曝すことは、俺を極刑に処しても取りかえしのつかない愚挙だ。今すぐに修道騎士を捕らえ、殺さねばならない」

「うん、ご主人があの町を──あの町を大好きなのは、判る。だから、おれが──」

「だが、俺はおまえに触れたかった」

 息をのむ。とりつくろった笑顔など、とうに消えていた。

「優先度は明らかだ。であるのに、俺はおまえを抱きたかった。それほど、振り払われたことが、ショックだったんだな」

「ご主人はそういう……そういうのじゃ、ないだろう」

「どういうのが俺なんだ?」

「冷静で、強くて、おれなんかのことで、そんな風になったりしない」

「おまえを失った時、俺がどうなったかを、忘れてしまったか?」

 白雪が、眼の前をざっと覆った。雪原の金檻の都で、ご主人とおれは、従魔契約を解消したことがある。

 モモがその時の記憶に巻き戻されたように、サワタリもその時の記憶に巻き戻されていた。だから──。

「……え」

 何もかもが遅かった。雪の夢から覚めたとき──モモは地面に頭から倒れこんでおり。

「モモ!!」

「動かないでください。この子がどうなってもよろしいのか?」

 サワタリはナイフを構えたところで、凍りついていた。

「……?」

 モモは瞬く。顎が──じんじんと痛い。たぶん、押さえつけられた時に打ったのだろう。背中から押し倒され、今なお、地面に押さえつけられている。そして、ひやりと──感じたのは。自分の首筋に当てられた、刃の冷たさ。

(幅広の……十字剣)

 この大剣は──黄色のマントは、ワンズの盾は。

「教皇の聖なる剣盾である修道騎士が、人質をとるなどという非道をするのか」

「そうですね。俺のこの行為は、修道騎士の精神に悖ります。誓約破りの卑劣感として、主の御心のままに罰されましょう」

 モモは修道騎士の手で引き摺り上げられる。

「動かないでください。三度は云いませんよ」

 立派な剣だ、とぼんやり思う。勢いをつけなくても、このまますっと横に引くだけで、モモの首はぽとりと落ちるだろう。

「あなたは、俺と来てもらいます。こちらへ──」

「なあ、一つ約束してくれないか?」

 モモは首に剣先が食いこむのを感じる。少し、血が流れているようだ。ぼんやりとそれを感じながら、修道騎士を見あげる。

「約束、ですか? あなたは人質なのですよ」

「うん。でもおれが死んだら、人質にはならないだろう? 約束してくれないのなら、おれ、自分でこうやって」

「モモ! やめろ!」

 ご主人の命令に、体が止まる。──いいや、だけど、従魔にはご主人の命令よりも生命の方が優先される。モモは首に食いこむ刃に、なお向かってゆく。

「こうやって、自分の首が斬れるまで、やる」

「判りました。約束というのを、聞きます」

 修道騎士の方が、モモから刃を遠ざける。それでも、いつでもモモの首を刎ねられる位置は保たれている。

「ウトゥラガトス・ニドム──あの岩山の町のことを、忘れてくれ」

 修道騎士も、首から血を流していることに気がついた。サワタリのナイフに打ちこまれた傷は深く──そのため大兜がだめになったのだろう、かれはそれを脱ぎ素顔を曝している。

「判りました」

 赤毛の短髪に、瞳の色はふしぎな黄色……鬱金だった。(どこかで見た、ような)

「俺が云いつかったことに、あの町のことは含まれていません。この山脈にあのような町があることは、一切忘れることにします」

「うん。そう云ってもらえると、嘘でもほっとする」

「嘘ですとも。なにしろ俺は、人質をとるような、修道騎士たらざる卑劣を今以て遂行していますので」

 きらっと、刃が光った。遠ざかる刃を不思議な気持ちで眺めていると、首に凄まじい衝撃があった。修道騎士は刃を返し、その柄でモモの首を殴打したのだ。

 気を失ったモモは、それ以降のことは判らない。サワタリに云いたいことがあった。たくさんあった。けれど、それを云わせないために、修道騎士がモモの意識を奪ったのだろう。

 修道騎士は昏倒したモモを人質にし、サワタリの動きを封じた。そのうえで、まずかれが選んだのは逃走だった。山中を逃げてどれほど経ったのか──モモには、判らなかった。モモが意識を取りもどした時、辺りは暗かった。月明かりも届かぬ豊かな森の葉陰を進んでいるのだと知り、岩盤が剥きだしである西の山脈を離れていることを知る。

「……あったかい」

 思わず、つぶやく。モモの体は、修道騎士の背にロープで固定されていた。そのさい、騎士のマントで体を包みこんだ上からロープをかけたのは、手足の自由を奪うためなのかもしれない。けれど、とモモは思う。黄色のマントは、素材は判らないがたいそう上質なもので、薄手だがひじょうに暖かい。底冷えのする山の夜、このマントがなければ、きっと寒さに苦しんだだろう。

「気がつきましたか」

「マント、あったかい。有り難う」

「人質を拘束しているだけです」

「うん」

 修道騎士が、何か云いかけ──だが、ふと口を噤むと、その手が腰に帯びた剣の柄に伸びる。

 闘気、というものがあるのならば。この時かれから真っ直ぐに立ち上ったのはそれだった。真っ直ぐに──愚直なほどに。

「ランペイジエイプ」

 出現した魔物は、猿に似ていた。むろん動物の猿よりも一回り大きいが、視線を持ってゆかれるのは腕だ。腕ばかりは一回りどころでなく、丸太のように太い。筋肉の隆起する腕が、凄まじいスピードで繰りだされる。

 修道騎士は端然と、剣を構える。大猿が跳躍する。落下の勢いとともに振り落とされる両腕を、避けることもなく。

「──」

 幅広の十字剣は、丸太のごとき二の腕を切り飛ばし、なお、胴までも裂いていた。

 魔物のはらわたが森にこぼれる。凄まじい臭気があがった。愚直だ。モモはそう思う。修道騎士の闘気はおとろえない。それはくらい森に灯る炎のように──蛾を集める光りのように、魔物を惹きつける。

 凄まじい戦闘が連続した。修道騎士は真っ向から攻撃を受け、それを押し潰すかのごとく剣を遣った。サワタリの戦い方とは全く違う。サワタリは敏捷で相手を攪乱し、適確に急所を狙う。だが、この修道騎士は避けるということをすることはなく、放たれる攻撃を剣で斬り落とし、踏みこんでは急所であろうとなかろうと、剣を繰りだすのだ。

 更に、かれは闘気を隠さない。サワタリはそも、魔物と邂逅しないよう自らの気配を消し、戦闘を最小限におさえ、山を行った。だが修道騎士は真っ直ぐに闘気を放ち、堂々と正面から魔物に立ち向かう。

 そんな戦いをどれほど経てか。ようやく空が白んできた。日が昇れば、夜行性の魔物の襲撃はいくらか間遠になる……。

「愚直な戦いかたをするんだな」

 モモはつぶやく。声をだすと、涙がこぼれそうになって──そんな自分が、情けない。

「マーダラーはシーフでしたね」

 マーダラー──かれが追う殺人者マーダラーとは、サワタリのことだ。サワタリは、盗賊シーフとして冒険者の登録をしている。

「シーフは素早さと器用さに優れ、その技で冷静に魔物を狩ります。気配を感じる能力も高いため、山の夜とて安全に進むことができる。力任せに剣を揮い、殺意を内にこめることもできぬ俺の戦いかたは、まさに粗暴というものです」

「愚直、っておれ、云った」

 修道騎士は、笑ったようだった。

「人質を、後生大事に守る戦いかたをするとか、ばかみたいだぞ」

 愚直だと思ったのは、攻撃を避けないことでも、闘気を隠さないことでもなく──そうやって、標的を自分に向けさせることによって、背にくくりつけたモモを害さぬことを、どこまでも貫いたからだ。きっと──自分が気を失っている間も、この修道騎士はそうして、モモを守りながら山を歩いてきた。

(……みたいだ)

 どうしたって思いだす。主人あるじのくせに、従魔を後生大事に守る戦いかたをやめない、全然やめない、サワタリと重なるから。溢れそうになる涙を、のみこんで。

「おろしてくれないか」

 モモは云っていた。

「おれ、薬を持っている。ご主人に刺された喉の傷が深いんだ。咳に血が混じっているの、おれ、見たぞ。気管が傷ついている、放っておくと命にかかわる」

「あなたはつくづく、人質であるという自覚がないようですね」

 いつでも逃げ出せた、とモモは思う。モモには変げのスキルがある。蜂にでも化ければ、こんな拘束など意味をなさず、飛んで逃げることは可能であったはずだ。ウトゥラガトス・ニドムで髭の職人に襲われた時は、ジルに──延いてはご主人に迷惑をかけたくなくて、逃げることはしなかったけれど、今はそんな制約はない。むしろ、逃げだした方がご主人の益になるだろう。

 それでも、おれは逃げなかった。

「ですが──もう、いいのかもしれません」

「……?」

「俺は、どうせユーグを助けることができない。ならば、あなたを縛しておく必要などもう、ありません」

「! おい!」

 がくん、と前にのめった。修道騎士が両膝を地面に着いている。あったかい、と思った。否──熱い。

「いますぐ縄を解いてくれ! おれが、治す」

「……、」

 修道騎士の手が、ぴくりと動く。震えながら、剣を握り。残った力を振りしぼるようにして、背にくくりつけたモモの縄を切った。

 モモは自分にかぶせられていたマントで、修道騎士の体を包みこむ。首に触れると、怖ろしく熱い。高熱を発しているのに、顔は青白い。モモは薬草ポーチを開ける。ドロシーの薬を使うのか──使う。

「水はあるか?」

「腰の、革袋に」

 修道騎士の腰から、革袋を外す。ドロシーの丸薬をかれの口の中に押しこみ、水で飲みくださせる。

 背の高いかれが、横様に倒れた。大丈夫だ、と云い聞かせる。この眠りは回復するための眠りだ。修道騎士が眠っている間に、モモはかれの体を丹念に診る。やはり、喉の傷は殆ど致命傷だ。これでどうやって声を出していたのか。息をすることさえままならないだろうに。

(酷い……傷口から気管が飛びだしてきている)

 更には息弾む戦闘までこなしていたのだ。むりを重ねた末に──今、首の傷はかれの命を摘み取るところまできている。

 モモはぎゅっと両手を握る。冷静に、と云い聞かせる。ご主人の半分でもいい、冷静に。

(火を熾す)

 枯れ木を集め、火を熾して。手持ちの薬を最適な状態で投与する。

 モモは森の木々の隙間から見える、空を仰ぐ。治療の間に、魔物に襲われない保証はない。だけど──襲われたら、それはおれの運ということだろう。

 疾うに決めていた。おれのポーチの薬草をすべて使ってでも、この修道騎士を助けると。



 麻の小袋を左手で振ると、右の手のひらに溢れ落ちる。芳ばしい匂いを嗅いだような気がしたが、気のせいだろう。この胡桃を煎ってもらったのは、もう随分と前になる……。

「……、」

「それは何だ?」

「──胡桃だ」

「ああ。おまえの好物だったな」

「そうだ。とても好き、で、……」

 ナイフを構えるよりも、手に握った胡桃を落とさないようにする方を選んでいた。そんな自分が可笑しい。もっとも、いくらこの状態であるとはいえ、自分に気配を悟られず近接できる者など限られる。──まさか。

「まさかここで、あんたに会うとは思わなかった」

「わたしもだ。──と云いたいところだが」

 長い黒髪を優美に結い上げ、豊満な体の線も、瑞々しい肌も、惜しげもなくさらしている。凡そ女性がそんな格好で出歩けば、男たちは「レイプをねだっている」と喚き、輪姦に及ぶだろう。だが、彼女は──。

「ジルに、研ぎを頼んでいた。それをひきとってきたところでね」

 男でも持ちあげられぬほどの重量と巨大さを誇る大斧を、背に負っている。これが彼女──ジャンヌの武器だった。サワタリが出会った時と変わらず、一つの衰えも見せず──そればかりか、いっそう膂力は増し、戦闘力が跳ねあがっているのは見ただけでも知れた。

「ウトゥラガトス・ニドムで、俺のことを聞いたか」

「姉妹が臥せっている。わたしのパトロヌスがついているから死ぬことはなかろうが、まだ長旅には耐えられない。ゆえに回復を待っているところだ」

「暇に飽かせて、俺を構いに来たと見える」

「おもしろい子がいると思ったのだよ。いや、おまえもおもしろいけれどね、サワタリ坊や」

 妖艶に笑うジャンヌは、美しく塗った爪を向ける。

「そうか、おまえたちは似ているのだな。なるほど……」

 胸と腰だけを覆う衣服は、宝石の粒をつないだもので、しゃらしゃらと音をたて輝く。

「モモを見たのか?」

「変げのスキルを持つとは、あの歳で珍しい」

「まいったな、そこまで知っているのか」

「それを知ったのは偶然だが。あの修道騎士とおぼしき男に連れ去られたのを目撃したのは、必然だね」

「人質にとられた」

「人質ごと刺し殺すのがおまえだろうに」

「モモは、自力で逃げることが可能だ。あんたが今云った、変げのスキルでも使えば、容易にな」

 色を塗っただけでなく、ここにも宝石をあしらっている。豪奢な爪で唇をなぞり、ジャンヌは瞳を瞬かせる。

「あの子は自分の意志で、おまえから離れたということか」

「……」

「傷ついた眼をするじゃないか。ほんの子供ガキの頃ですら、顔色をいっぺんも変えたことのない冷血漢であったのに」

「……それでも、俺は諦められない」

 腹を押さえる。鈍痛が続き、まだ時々血を吐く。それでも、モモが手当てをしてくれたおかげで、ずっとらくになっている。

「諦められず、こうして、執念深く後を追っている」

 服飾の宝石よりも、いっとううつくしい。翡翠の瞳をほそめ、彼女は問う。

「あの子はおまえの何なのだ?」

「あれは、俺の従魔だ」

 即答すると、笑われた。

「一匹狼だと思っていたが──実際おまえは、わたしが見る限りいつでも一人だった。それが、人とともにいると驚けば、従魔とはな」

「……事情がある。あんたに判ってもらおうとは思わない」

「拗ねるな。そも、おまえは判りあうための言葉すら惜しむ分際で」

「言葉だと」

「なぜあの子がおまえから離れたのか。どうせ、その理由を訊く気もないのだろう」

「……」

 吊り橋で。モモの頭を撫でようと触れた手を、振り払われた。あの時の──心臓が落下するような感覚。その後、モモの方から自然に触れてきたが、それを指摘すると顔色を変えサワタリから離れた。無意識でも、意識的にも、モモはサワタリを拒絶している……。

 なぜ、と思った。どうすればまた触れることがゆるされる? 怒濤のよう口から溢れそうになる言葉は、そのくせ端からばらばらと砕け、散っていった。

「必要ないと、口を噤んだまま。せいぜい、後をつけまわすことしかできない。そんなおまえを、そうさな、姉妹の傷が癒えるまでの暇つぶしに、見物させてもらう」

 衣服や髪飾り、爪にいたるまで派手な宝石を鏤めているが、腕輪は質素な白の一色である。なんとなく、その白を見た瞬間、彼女のすがたは消えていた。

 この眼をして追うことすらさせしめない。それはそうだ──彼女は、サワタリの師匠にあたる。不肖の弟子よりも、数段高い戦闘能力に比す、隠密の能力を持っている。

「……、」

 右手に溢した、胡桃を握ったままだったことに気づく。小さな欠片を、そっと麻の袋に戻して。モッズコートの内側からナイフを抜く。師匠ほどではない隠密を使い、修道騎士とモモの後をつける。──かれらに襲いかかる魔物を、静かに排除しながら。

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