9th. 矯正

 私は、女を愛する女だった。

 同性愛者──とりわけ女同士のそれは、苛烈な迫害に遭う。激減した人口を取り戻すため、女は子を産まねば不道徳者と誹られた。女同士で恋をし、性交をする私のようなものは、子産みをしない。父が決めた夫の元に嫁がされる日、私は町を脱走した。

 私には恋人がいた。同じ町で育った幼なじみは、凜々しく、逞しく、英邁だった。女二人の逃避行など成功するはずもなかったのに、私たちは逃げおおせた。更に──彼女は、北辺にあるという『女の都』を探し当てたのだ。

 私たちのよう社会から排除された女同性愛者たちは、世界を彷徨った末に、北辺へと流れ着いた。人は棲めぬと云われる極寒の土地は、樹木も育たぬ永久凍土を下敷きに、一年中氷と雪に閉じこめられている。夏は太陽の沈まぬ日が続き、冬は太陽の昇らぬ日が続く──蛮境ばんきょう。私たちの都は、そこに造るしかなかった。そう、私たちが北辺に辿り着いた時は、まだ町というほどの規模もなく、世界中から女たちが集まってきている最中だった。

 私たちは──女たちは力を合わせ、一つずつ困難に立ち向かった。凍った地面を、手を血まみれにして掘った。その上に流木や鯨骨で骨組みをつくり、土を厚く貼りつけた竪穴式住居を完成させた。野生の狼犬を慣らし犬ぞりを引かせ、弓で狩りをした。獲物は主にトナカイ。肉を主食にしたのは勿論、その毛皮で衣服を拵えた。海獣から採った油のランプで皮をなめし、服やズボン、手袋、靴から寝具まで様々な物を工夫し、つくりあげた。トナカイの毛皮は、南の町に持ってゆけば金になるため、そこで北辺で手に入らぬ鉄や珠玉、穀物や調味料を買いつけた。銛ができると、冬の間でもアザラシが捕れたため、重要な食糧となった。

 過酷な生活だった。堪えきれず、南へと帰っていった女たちも多い。だが、残った女たちの結束はより強くなり、最低限の生活が成り立ってきた。その頃、女たちはこの町を『チビタス・ムリエラス』と呼ぶようになった。見窄らしい竪穴式住居の外壁には、血の滴る生肉が吊してある。ぶくぶくと太って見えるトナカイの毛皮を着て、弓や銛をふりまわし狩りをする。凡そ『男』が欲する『女』の美しさからはかけ離れた私たちだったが、それでこそ自らの町を『女の都』と誇ることができた。

 幸福だった。獲物がとれず、飢えることもあった。書物などの娯楽もなく、アザラシの腸を張った窓からは酷い臭いがした。それでも、私たちは幸福だった。男たちに脅かされることなく、愛する女とともに生きる。猛吹雪で荒れる轟音の底で、私たちは愛しあった。石ランプが仄かに照らすあなぐらの住処は、互いの体温をかけがえのないものと感じられる至福の場所だった。

 その場所を。

 私たちの命にもひとしい都を。


 蹂躙された。


 最初に気づいたのは犬だった。そり犬たちは外の小屋につないでいるのだが、リーダー犬だけは住居の中で主人たちと暮らす。その犬が、突然吠えたのだ──異常な吠えかただった。

 私は入り口を通り、家から這いだした。他の家の者たちも異変に気づいたらしく、次々に出てきている。女たちは、町の中央にある広場に集まった。女の都に統治者はいない。何かあれば女たち全員の話し合いで決めることになっており、その場合ここに集まる。程なく──奴らがやってきた。

 男たちだった。

 武装した兵士だというのは、見れば判った。男たちは云った。即刻この町を取り潰すよう国から命令が出ている。住民は北鎮部隊で保護をするから──おとなしくついてきたまえ、と。

 予兆はあった。寒さをしのぐこと、食べ物を確保すること、町を維持してゆくのに様々な苦労があったが、最も手を焼いたのが男の侵入だった。人も棲めぬ過酷な北辺は、天然の要塞であるにもかかわらず、男達は『女の都』に執着し、豪雪にもめげずやって来ては、女にいたずらをしかけた。奴らは「ほんのいたずらじゃないか」と笑いながら女を強姦する。そのたび女たちは協力し、弓や銛で男を追い払った。追い払われた男たちが、腹いせに兵士に告げ口をしたのだろう。道徳に反する町が北辺にできていると。

 兵士たちは隊長の指示に従い、広場になにかを放り投げた。そり犬だった。防寒に優れた厚い毛は、血でべっとりと汚れている。犬は皆殺しにされ、積まれた死体が広場に山をつくった。

 私たちは話し合いをしなかった。無言で各々の家に帰り──武器を手に取った。私は銛を持った。弓の得意な女は弓を持った。相手は正式な訓練で鍛えられ、完全に武装した兵士である。薄ら笑いを浮かべ剣を見せびらかす男の顔に、銛をぶちこんだ。女たちは果敢に戦ったのだ。十数名の男を殺した。だが──そこまでだった。

 男と女は、膂力が違う。ただ男に生まれただけで、女を圧倒的に凌駕する体格と力を贈られた男たちは、それを自らの能力と誇示するごとく、女たちを加害する。

 女たちは腕を折られ、膝を潰された。そして──比喩でなく血を流し造った家へと引きずりこまれた。

 私たちは下着をつけていなかった。トナカイの毛皮を直接肌に当てることで、体温を保つのだ。だから、一見すると着ぶくれているが、裸にするのは容易かった。フードで頭まで覆った不細工な肥満体が、つるりと脱がすと細い女の裸になることに、男どもは興奮した。泣きたくなかった。それでも、涙が止まらなかった。このベッドは、彼女と一緒につくった。凍りついた大地の底で、彼女と愛をはぐくんだ。彼女の体温。彼女の匂い。彼女の微笑み。それらが花びらのように舞う幸福なベッドで、私はこの世で最も憎い、憎い憎い憎い男性器で犯された。

 兵士は、五人ほどいた。一人目が終わらぬうちに、もう一人が割り込んできて、私の肛門を犯した。女性器と肛門の二カ所をえぐられ、私は嘔吐した。男たちは下半身の装備だけを取り去り、おぞましい男性器をぶら下げ、私の髪を掴み、乳首を引っ掻き、膣と腸の間が破れても、なお私を犯しつづけた。

「レズなんてのは、男を教えてやればすぐに治っちまうもんなんだ。女とするより男の方がイイだろう? なあ?」

「また吐きやがった。レズの女は、チンポへの恐怖を克服しねえとな。ちゃんとできるまで、俺たちがかわいがってやるからよ」

「おうっ、いくぞ、妊娠しろ、子を産んでこんな町を造った不道徳を償え!」

 私は泣きながら、祈った。どうか彼女が帰ってきませんように。私の愛する彼女は、買い出しで南の町へと旅だっていた。帰ってこないで。あなただけは、こんな目に遭わないで──。

 そう思った私は、醜い。だって、私の隣りでも、床でも、女が犯されていた。外は極寒であるから、兵士は弱らせた女を眼についた家に引きずりこみ、強姦していたのだ。私の家では、私を含め三人の女が犯されていた。彼女たちも、愛するパートナーがいた。そして──どこか別の家で、彼女たちのパートナーも、こうして強姦されているのだ。それなのに、私ばかり、私の愛する人の無事ばかりを祈る私は、醜かった。

 醜い、私の瞳に。でも。それなのに。どうして。

「ルイス……」

 どうして、どうしてどうして。

「ルイス、来ちゃ、だめ……逃げてぇ……っ!」

 最愛の彼女の姿があった。うつくしい赤毛。凜々しい碧の瞳。聡明な彼女は──壁から槍を取ると、咆哮をあげ兵士たちに向かっていった。

 私を犯していた男の首が飛んだ。その前後にいた二人の兵士の腹を突いたところで、ルイスは取り押さえられた。それからは──同じだった。

 残った男どもは、更に興奮し──ルイスを犯した。私の眼の前で、私の恋人は男どもに強姦された。男の一人が剣でルイスの下腹を刺した。「レズの子宮は臭えってのは、本当らしいな!」そう云って、男どもは笑いながら、ルイスの腹を刺しては肉を指でほじり、その指を嗅いでいた。臭え!魚の臭いがしやがる!

 軈て、家の中に隊長らしき男が入ってきた。酸鼻を極める──男の眼にはそうは映らないかもしれないが──屋内を一瞥し、やれやれとため息をついた。

「この女どももダメだな。一人二人は捕獲して、兵舎の性奴隷にしてやろうと思っていたんだが」

 肩を竦め、ひきあげるぞ、と号令をかける。兵士達は慌ててズボンを引きあげ、防寒のコートを着こんでいる。

 男どもが去って──どれくらい経ったろう。朦朧とする私の手に、ふんわりと触れるものがあった。

「ユリア」

 涙が。

「ユリア、ユリア……」

 溢れて、溢れて、止まらない。

「ルイス」

 あんなにお腹を刺されていたのに、彼女は動いたのだ。床を這い、ベッドによじのぼり、私を抱きしめてくれている。

「ああ……ルイス……帰ってきてしまったのね……」

 買い出しに行っていた彼女は、もしかしたら難を逃れられると──醜い期待をしたのに。

「帰ってこれて、よかった……」

「どうして」

「ユリアと、話すことが、できた……ユリアを、抱きしめることが、できた……」

 私の眼はもう見えなかった。指の感触もない。だけど、腕をまわしたつもりになった。わたしのぜんぶで、ルイスを抱きしめたつもりになった。

「まだ、あたたかい……」

「ええ、あたたかい……」

 それでも、こんなに、がんじがらめに抱きあっていても、互いの体温が急速に低下しているのが判った。床に置き去られたふたりの女の息はうにない。たぶん──すぐに私たちも彼女らの後を追うことになるのだろう。

 せめて最後は、この人と抱きあって。そう思いもう感触のない唇を、彼女の頬に押しあてた時だった。

「北鎮部隊だな」

 男の声に、ぞっとする。見えない眼をさまよわせていると、ルイスの腕がぎゅっと私を抱いた。

「ご主人、殺しに行くのか? 兵士がたくさん、たくさんいたぞ」

とりでに行く。聯隊相当の兵士の皆殺しとなれば、少し作戦を立てねばな」

 ルイスがぴくりと反応した。

「おまえは……」

「踏みいるなと云われたが、来てしまった。そのことを詫びる」

 頭を下げる気配がした。

「殺して……くれるのか……?」

 ルイスが云う。いくたびも憎悪がはちきれる、死んでもゆるせないあの男どもを、殺してくれるの?

「殺す」

 ルイスと私は、抱きあって泣いた。

「……ご主人、この人たちはもう」

「……ああ」

「おれ、ご主人の命令に背く。この人たちの傍には、いられない」

「それが、俺の命令に従うということだろう」

 視線が、途切れる。足音が聞こえた。遠くなる。男は家を出て行ったようだ。

 兵士ではなかった。ルイスが知っている男なのだろうか。南の町で交易をしていた人間?浮かんだ疑問は、だけど砂のようぱらぱらと落ちてゆく。寒い。眠い。ルイスの体を抱きしめる。

「ユリア」

 ルイスが抱きしめかえしてくれる。ああ、幸福だ。

「ユリア、私の名を、呼んで」

「ルイス」

「ユリア」

「ルイス」

 ふたりが名を呼び合う声は、少しずつ小さくなってゆく。軈て吹雪の轟音に融けて消える刹那まで。そこに響く愛しみは、消えることはなかった。

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