2nd. 嫌いなのに

 真心をこめ造られたナイフがある。

 むろん、心だけでこの優秀な武器が造れるわけもない。技術も抽んでた友である鍛冶師の作によるナイフを、サワタリはモッズコートのなかの、いたるところに装備している。

 本来、人体を切断すさいは、ノコギリを用いるものだった。皮膚や肉はともかく、骨はノコギリのような刃物でなければ断てないのである。だが、サワタリのナイフは一振りで骨ごときれいに断つ。自分が身につけた人殺しの技術が、この優秀なナイフに乗ると、人の──おとなの男の太く固い手足でも、根もとからきれいに切断できる。

「やっ、やめろ、やめてくれ!!」

 最後の一人に取りかかるところだった。サワタリは無造作に四度、ナイフを振る。男の両腕と両足が、ぼたぼたぼたぼたと、落下した。

 嫌な悲鳴をあげる男の傷口──骨の断面も露わな四カ所には、緑の汁が貼りついている。男の手足を切断するナイフには、血止めの薬草を塗っているのだ。ゆえに、出血性ショックや、出血多量で死ぬことはない。

「やめて、とは、おまえが犯した女性も云っていたと思うが」

 手足を失い、頭と胴体だけになった男は、短い首をきゅうきゅうとさせ、顔をサワタリに向ける。

「女の『やめて』は、『もっとして』という意味じゃないか。なにもしてやらない方が、失礼だろう? なあ?」

 涙で汚れた顔に、下卑た笑みを浮かべる。男は命乞いをしていることを忘れ、女への加害欲にうっとりと浸っている。

 サワタリは無言で、ナイフを取りだす。男の手足を斬ったものとは別の、太い、杭のようなものだ。男がひっと悲鳴をあげる。夢想からお帰りらしい。男の周りには、二体、このナイフを口に押しこまれただるまが転がっている。

 女性への性加害を満喫した男たちは、三人いた。この男で、最後だ。サワタリは男の顎を掴み、口にナイフを当てる。

「おっ、女にフェラさせたからっ、だからそれを、俺の口に入れるのかっ!? 云っただろう!? あの女はしたがってたんだ! 俺のを咥えたがっていたから──っう、ぐうう」

 鉄色の重たい、鋭利なナイフは、男性器とは全く異なる質感だろう。だが、ちょうど勃起した男性器と同じくらいの径と長さであり、なによりそれを口に押しこまれ殺される、という暴力を受けると、男はこれを、男性器であると見做すのある。

 このナイフも、天才鍛冶師が心をこめて造った特注品である。サワタリは大切なナイフを、まだなにか喚きつづけている男の口にねじこんだ。

「おまえは女の膣が濡れているから、感じているのだと歓声をあげていたな」

 男の血走った眼が、サワタリを見る。男の口はナイフがみっしりと詰めこまれ、唾液ばかりがだらだらと垂れている。

「おまえの口にナイフを入れても、濡れているな。さぞや感じているらしい」

「っ……っ……!!」

 人の喉が出す音ではない音が溢れてくる。切っ先は男の喉を破らない。男性器を模したナイフで体内を犯され、ゆっくりと、時間をかけて死んでゆく。男の顔が青から土色になる。死に顔は、どれも凄惨な苦悶をたたえている。

「……、」

 サワタリは男の死体から視線を外す。そのついでに、見る。地べたにちょこんと座り、サワタリが男を殺すさまをじっと見つめていた──瞼に力をこめ大きく眼を見開き、必死に、それでも全部を見切ったから、気が緩んだのか。モモンガは、堪えきれぬよう顔を下に向けた。

 びちゃ、と音がした。小さな背を震わせ、モモンガが吐いている。哀れだと思わなければ、面倒だとも思わない。手が届くところにいるから、手をのばす。背をさすってやると、少しだけ吐くのがらくになるらしい。

「……ご主人、ごめんなさい」

 荒い息をつきながら、モモンガが云う。もういいのか、と訊くと、いい、と答える。サワタリが立ちあがると、ふらりとモモンガも飛びあがる。

「むりについてこなくていい。……何度もそう云っているが」

「それは、命令か?」

「知らん」

「それなら、おれ、ついてゆく」

 おれはご主人の従魔だから。──そう自分に云い聞かせる、これのすがたも見慣れてしまった。

「従魔というのは、どれほど嫌でもあるじに付き従ねばならないのか?」

「おれはずっと、ずっと憧れていたんだ。従魔になることに、憧れていたんだ」

 吐いても、泣いても、ついてくる。

「おれは従魔だ。ご主人の、従魔だ」

 まるで祈るよう、その言葉を繰りかえし、モモンガはサワタリの傍を離れない。

 離れず──また、殺人の現場に、至る。

 男女がいた。うずくまった女性は、先ほど三人の男に強姦されていた。彼女を慰めるよう肩を抱く男は──それで、と女の口もとに耳を寄せる。

「一つずつ、ゆっくり説明してごらん?」

 女性の顔は、涙と体液で濡れている。否、それらは乾いていた。彼女が口をひらくと、ばりばりと引き攣れた音がした。

「夜になったから、隣り町まで帰れないって云われたの。俺が魔物に食われて死んでもいいのか、って云われたの。だからあたしっ……」

 男の胸に縋り、女性は声を絞りだす。

「とても寒くて、声が震えていたわ。かわいそうだと思ったから、あたし、ドアを開けたの。一晩だけ泊めてあげると云って、家に入れたの。そうしたら──」

 家に入れたということは、そういうつもりだったんだろう。男たちは笑いながら逃げ惑う彼女の服を毟り、犯した。

「最初に、腰帯を抜かれたのかな?」

「……? え、ええ。一人に腕を掴まれて、それを振り払おうとしていたら、もう一人が腰帯を抜いて、笑って……」

「じゃあ、次は上衣?」

「──それよりも先に、スカートの中に手を入れられて、下着を……」

「下着から取られたの? 下半身丸出しで、また家の中を逃げまわったの?」

 女性が、おそるおそる顔を上げる。彼女の肩を撫でていた男の手は、いつの間にか彼女の胸の方まで降りてきている。

「……下着を、取ったのに、追いかけ回されたの。服を全部脱がされるまで、追いかけられて、叩かれて、蹴られて……」

「裸にされたんだね。それで、一人ずつきみを犯していった?」

「あたしの体を押さえこんでいる奴が一人いて、あとの二人は、あたしの口と、……膣に、むりやり入れて、順番だ、交代だって、いちいちはしゃぎながら、あいつら……っ」

「……やばい、すっげえ興奮する」

「……え?」

 何を云われたのだろう、と女性が瞬く。男はぎらついた眼を女に向け、手はすでに乳房をもみしだいている。

「やっ、やだ、なんで? なんで? あたし、強姦されたんだよ! 苦しくて、苦しくて、だからあなたのところに来たのに」

「物足りなかったんじゃないの?」

「──?」

「その男たちのテクじゃあ、物足りなくてさ。やっぱりほら、僕のテクの方が上じゃん。おまえの体のことをよく知っているのは僕だしね」

「なんで……? やだ……やだよ……血が出てるの、痛いの、怖いの、苦しいの。助けて、助けて、ねえ、助けて!」

「助けてあげるって云っているだろう! 僕のテクで気持ちよくなれば、たかがレイプされたことくらい、すぐに忘れるよ」

「っ……」

 押し倒してくる男の、欲にぎらついた顔を見て──女性は、へら、と笑った。へらへらと笑い、下半身を剥きだしにした男の下敷きになり、萎んでゆく。

 サワタリは。

 そこで、跳躍した。

「──? ──??」

 地面に切断された四肢が散らばり、その真ん中にだるまになった男が転げている。

 かれが自分の状況──両腕と両足を付け根から切断されていることに気づくまで、やや時間がかかった。既に女に加害する手も足も失っていることに気づいた時、かれの口は悲鳴をあげるために大きく開けられた。

「う──ぐぅう」

 その口に、サワタリはナイフを押しこむ。杭のかたちの──男性器を模したものだ。

 苦しげな嘔吐の声を聞き、ふとサワタリは顔をあげる。男は死んでいた。吐いているのは、サワタリの横で殺人を見つめていた──見つめ終えたモモンガだった。小さな背をさするが、もう腹のなかに吐くものもないらしく、胃液しか出てこない。

 しばらくモモンガの背を撫でていると。隣りに、ふらりと立つものがある。

「歩けるのか?」

「処女じゃ、ないもの」

 三人の男に強姦され、今また男に強姦されかけていた女性だった。顔は、ゆるく笑っている。へらへらと、彼女は云う。

「この男、あたしの恋人なの」

 なるほど、強姦され、助けを求めて恋人のところへ走り──性被害を受けたことを告白したのか。

「でも、あたしをレイプした男たちよりも、この男の方が、何倍も憎たらしいわ」

 へらへらと笑っていた顔が──くしゃりと、潰れた。

「憎くて憎くて、死ねばいいって思った」

 泣きだした女は、膝をついていた。腰を折っていた。サワタリに、頭を下げていた。

「ありがとう。殺してくれて、ありがとう」

 ありがとう、ありがとうと泣きながら繰りかえす女性から、眼を逸らす。サワタリは無造作に立つと、モッズコートを軽く振る。装着したナイフの位置を確認すると、歩きだす。

 サワタリは足が速い。ふつうに歩いていても、並の人間の疾走ほどの速さがある。であるから、ふつうの者ではついてこれないだろう──空を浮遊するモモンガでもなければ。

 だが、なにしろ胃液まで吐きつくすほど弱っている。肉体的にも──精神的にも。ふらふらと危なっかしく空を飛ぶ──それでも必死に着いてくるモモンガをちらりと見たが。サワタリは特に、歩調を緩めることなどはしなかった。

 町を出て、しばらくは街道を歩いたが、森に入ると道を逸れた。足裏に傾斜を感じ、山を登っていることを知る。人の踏みこまぬ深山へと夜を徹し足を進め、朝日が木々の隙間から溢れはじめるころ、ようやくサワタリは足を止めた。

 手早く野営の準備をする。降雪はないが、固く強ばった雪のかたまりが山をぺたぺたと覆っている。防寒の対策をし、焚き火の傍に腰をおろすと、ばさりと横に落ちてきた。モモンガだった。

「死んだか」

「生きてる」

 サワタリが動いている間は、休むことをせず、律儀にサワタリの傍──といっても相変わらず一定の距離を保っていたが──を浮遊していたらしい。モモンガに眼をやるでもなく、サワタリは焚き火に鍋をかけ湯を沸かす。

「おれは、ご主人が嫌いだ」

 鍋に薬草を放りこむ。

「ご主人は人を殺す。手足を切って、口にナイフを刺して、むごい殺しかたをする。おれはそれを見ると気持ち悪くなる。いっぱい吐く。それくらい嫌だ。おれは人を守るために従魔になったのに。なんで? なんで? 人を殺すご主人なんか、大嫌いだ」

 モモンガは地面に拉げたまま、ぼろぼろと言葉を溢す。言葉と一緒に、涙を溢す。

「おれはご主人を、大嫌いなのに……」

 すぐ吐くし、すぐ泣くのだ、これは。

「女の人は……ありがとうって泣くんだ」

 サワタリの野営では、切り倒した樅で風を凌ぐ。ために、すぐ手の届く場所に樅の枝葉があった。無造作に一本を折り、その枝で鍋の中みをかきまわす。

「いつも……何回見ても、いつも、絶対だ。強姦された女の人は、呆然としていたり、笑っていたりするけれど、最後は、泣いて……泣くことができるようになって、それで、ご主人にありがとうって云う。彼女を……レイプした男を、殺してくれて、ありがとう、と」

 モモンガの声がかすれている。もともと弱々しかった声が、ついに途切れがちになり。

「それを見ると、おれ、わからなくなる。胸が苦しくなって、それは吐くより苦しくて、あたまが、こころが、ぐるぐるする。ご主人のこと、嫌いなのに。きらい、なのに……」

 静寂の帳が降りるまで、時間はかからなかった。何も云わなくなったモモンガを、片手で転がす。眠った、というよりも、気絶した、という方がかなう。顔と腹の毛が汚れ、酷い臭いがしていたが。サワタリは構わず、膝に抱く。鍋から薬草の融けだした湯を汲むと、自分の口に含み、それをモモンガの口に流しこむ。

 焚き火の炎か、樅の葉の間から溢れた陽の光りか。明るいものに照らされ、モモンガの耳にくるりまわったピアスが、青く光った。

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