2年 第1学期 5週目


 10月8日


 志豪Zhì háoが中々捕まらない。教室居たと思えば、声を掛ける前にどこかへ行ってしまったり、私も副班長としての仕事があるのと今日は朝からフルで授業が入っていることもあり、結局彼と会話が出来たのが最後の授業が終わった後直ぐだった。私がどうしても彼を捕まえなければならなかった理由お分かりの人はお分かりだろう


 「志豪Zhì háo書呢Shū ne?【志豪Zhì háo本は?】」


 そう本だ。明日プレゼンなんだよ。これから急ピッチで読まなきゃならない。朝から手に出来ていれば休み時間や昼休みに読めたのにと心の中で嘆き悲しんでいたが、過ぎた時間は戻らないから仕方がない。詫びれた様子なく手渡された本を手にした時、隣からこれからの悲劇に更なる追い打ちが掛かった。


 「我也Wǒ yě還沒hái méi【私もまだ読んでない……】」

 「我也Wǒ yě剛剛gānggāng拿到的nádàode【私も今受け取ったところ……】」


 声の主は婉玲Wǎn língだ。今回はこの4人で班を組んでいた。私と彼女は本と互いを見つめ合って固まっている。お互いがまだ読んでいない人がいたことに驚いているとでも言っていい。


 「很快Hěn kuài就會jiù huì結束jiéshù【すぐ終わるよ】」


 問題ないでしょとでも言いたげな志豪Zhì háoの言葉と顔に私も流石にイラッとしたので、「そもそもあなたがずっと持っていたのが原因で、先週何度も言っているのに忘れたのは誰?」と言えば、「怒らないでよ~」と猫なで声みたいな声を出して、腕をツンツンつついてくる。鬱陶しいので振り払ったが、自分が悪い事にいい加減気付いてほしい。今はそれどころじゃないので、志豪Zhì háoほっといて、婉玲Wǎn língとお互いがどの場所担当なのか再度確認する。


 「今天Jīntiān打工到dǎgōngdào晚上wǎnshàng10點shí diǎn你可以nǐ kěyǐ先看xiān kàn【今日バイトで夜の10時までだから先に読んでいいよ】」

 「那邊的Nà biānde咖啡店kāfēidiànma我會Wǒ huì 盡快jǐnkuài做完zuò wán,帶去dài qù拿給你nágěinǐ【そこのカフェだよね?急いで終わらせて、持っていくよ】」

 

 婉玲Wǎn língのバイト先は寮の3軒先の場所にあるカフェだ。現在4時過ぎ今から急いでやれば間に合うかもしれない。いや間に合わせないといけないので、お互い「後でね」と私は足早に教室を出て、今日の点呼表を提出して、寮に戻ろうとすると何故か目の前に志豪Zhì háoが立っていた。


(気配が無かった。怖すぎるでしょ。何でニコニコ笑っているのよ)


 何かと思えば腕を捕まえられて、「行くよ」と「どこに?」と問えば、ご飯だそうだ。いやあなたのせいで私急いでるんですけど!?という抗議は聞き流され、抵抗虚しく引きづられる様にして連行されていると一人の男性が志豪Zhì háoに手を振っている。しかもお互い英語で身振りそぶりで話しているかと思えば、男性の方が私を見て、掴まれている腕を見る。お互い「誰?」状態である。聞けば、日本の姉妹提携校から1週間体験留学で来た方だそうで――


(あの時の話のやつか~)


 あの時の話って言うのが、新学期が始まって1週間した頃、ホームステイの受け入れを学校が募集しているとの事だった。各国の姉妹提携校の生徒が来るのにあたって、文化交流名目で、ホームステイと学校の授業見学みたいなのをするみたい。話を持ってきたのは志豪Zhì háoであるが、その時に「天野も受け入れない?」って聞かれたけど、断ったのだ。私に余裕があるわけもなく、もう1つが一人暮らしの女性だという事。自分の身を自分で守らないといけない身としては危険が無いとわかっていても知らない人を止めることは出来ないし、異性ならもってのほかである。「なら寮は?」と聞かれてもあそこは基本的に規律があるのでもっと無理、と伝えれば異文化交流しようよと言われたが、既に異世界にいる身としては、あなたと話していることが異文化交流ですと声を大にして言いたい。まぁとにかくその時は話していた人だろう。志豪Zhì háoは、クラスの最近そこそこ私が仲良くなっていた女子お二人とルームシェア中で(志豪Zhì háoがお姉さまぽいのでほぼ女子としてカウントしているそう――)、交換留学できた日本人3人をいきなりホームステイさせるとか勝手に決めたらしく、自由奔放すぎる彼に怒りながら私に簡単な挨拶を教えて欲しいと頼まれた時からその女子2名とは距離が縮まった。ほぼあちらさんの愚痴を聞くことから始まったんだがそれはまた今度……


「えっと初めまして、志豪Zhì háoと同じクラスの天野と申します」

「初めまして、よく話に聞いてます」


(待てまて何のお話かな?)


 私の心情はさておき、典型的な挨拶を互いにかわす。いきなり連れて来られてご飯行こうよろしくと言われましても何話すの?とまどう私――臺灣でよくあるのが、日本人と日本人もしくは日本語話せる人がいた場合、多くの人が何か日本語で話してみてという。いきなり言われても困るんだよ。そして互いに気まずい空気が流れたり、何なら初対面同士でそんな風に言われることも多いので、解決策とも言わないけどとりあえず、自己紹介もしくは笑って「言われて困りますよね~」と言う。もうそれだけであちらさんは満足なのである。


 出会ってしまったので、寮から一番近い餃子とか売ってる店で注文を済ませ、待っている間に、本の内容を確認しつつ会話を始めたのはいいが、志豪Zhì háoがこの人阿媽a máですなんて訳の分からんことを英語で言いだした。何を言ってるんだこいつと言う私の顔とどういう意味って言う迎え側の男性……


 「えっと阿媽a máって臺灣の言葉でお祖母ちゃんって意味があるんです。天野っていう日本語の発音がこれに似てるってことで彼が勝手に言い初めただけなので、お気になさらず」

 「なんか大変そうですね」


 同情されたよ。なんだろう辛い。


 「臺灣はどうですか?慣れました?」

 「暑いなぁ~って」

 「分かります。私も毎日暑いなぁ~って思いながら過ごしてます」


 志豪Zhì háoほっといて二人で会話する。入れるとややこしいとかそんな事ではないよ。私の話で何を聞いたのかそれとなく聞けば、仲良くなった女子2人が、クラスにいる日本の子が凄く頑張ってるんだ~的なことを話していたらしい。因みに食べている間に志豪Zhì háoが私の本のページ数一番少ないから増やさない?とか言い出したので、懇切丁寧に色々小言を述べてやった。増やす以前に、他の人が読んでないの分かっていて一人で2週間近く本を持っていたことを反省しろとも伝えた。食べ終わった後は、断りを入れて急いで寮に戻る。時間が無いので焦っているとでもいえよう。


 寮に戻って本を開けたはいいが、かなり専門的な内容すぎて、よく分からない。頭を抱えているところに「帰ってたの?」と声が掛かった。寮長である。私は天の助けと言わんばかりに、時間があるなら教えてと助けを求めた。どんな内容って聞かれたので本を渡せば、これ夜の9時半までなんだけど……と言えば間に合うの?って聞かれた。好きでこんな短時間になったのではない。


 寮長は椅子を引っ張ってきて私の隣に座り、軽く内容を読んで、私が分かる様に本の内容を説明してくれた。それで何とか自身の担当の部分をギリギリ終わらせることが出来たのだ。一人でやってたら間に合わなかった。ものすごく寮長には感謝したよ。しかも時間が許すまで、私がよく分かっていない言葉の意味を教えてくれたりした。


 もちろんその後急いでカフェに本持っていったらお疲れと言われた。なんでも私が連行されてるのを見たらしい。軽く愚痴ったのは許されるよね?因みにこれを機に婉玲Wǎn língと更に仲良くなったのは言うまでもない。


 

 10月9日


 なんとかプレゼンが終わって一安心である。

 取りあえずすごく疲れた。そして眠い。昨日は母の誕生日だったのだが、ビデオレターを送っておめでとうと一言伝えることしかできなかった。もっと話したいけど、昨日は忙しかったし、今日は交流会があるので、そちらに向かう。


 いつも通り過ごした後、明日の確認をしてその日は解散した。



 10月10日


 今日は國慶日Guóqìng rìざっくりいえば中華民国が設立した日である。雙十Shuāngshíjiéと言ってる人もいるよ10が2つで雙十Shuāngshíjiéね。まぁ祝日なのだ。


 今どこにいるかと言うと、陽明Yángmíngshān!交流会のメンバーと遊びに来たよ。


 台北市内からバスやMRTで約1時間くらいの台北郊外にある700~1000m級の山々が連なる陽明Yángmíngshānは国家公園に指定されてるよ。実は陽明Yángmíngshānという山はなくて、地域一帯を陽明Yángmíngshānって言うんだよ。

 どういう事かと言うと陽明Yángmíngshānは、大屯山Dàtúnshān七星山Qīxīngshānなど複数の火山から形成されていて、噴火口やカルデラなどを目にすることができる。北投から金山にかけて断層があり、そこから数多くの温泉が湧いている。標高の高い所では、冬になるとごくまれに雪が降ることもある。その雪化粧した姿は淡北八景の1つ「屯山Tún shān積雪jīxuě」と呼ばれてる。


 陽明Yángmíngshānは、春には桜咲くことでも有名だ。日本に比べれば濃い桃色の花が咲くよ。季節ごとに色んな種類の花が咲いてとても見ごたえある。


 見どころ沢山の観光スポット中で、私たちは今小油Xiǎo yóukēngって所にいる。

 ここは臺灣の中で唯一火山活動を観察できる場所でもあって、噴気が立ち上る噴気孔の特殊な景観が楽しめるよ!そしてここは七星山Qīxīngshānの登山口にもなっている。


 今日はハイキングデーなのだ。もちろん運動靴に動きやすい恰好で来たよ。

 七星山Qīxīngshānに向かって歩き始めたのだが、ほとんどが石段である。歩いて行けば沿路の両側はススキや矢竹ヤダケに挟まれていてるんだけど、遮るほど大きいものがないから日差しが強い日は大変だなぁ~と若干思いつつ周りの話声を聞きながら黙々と昇っていく、山なので急な気候の変化があるのとここ石段とか急な斜面とかがあって、滑りやすいからここでハイキング希望の方は、滑り止めが付いた靴を履いてね。雨具とか万が一の時の為に食料も忘れずに、聞いたところによると七星山Qīxīngshānに向かう登山口はいくつかあって、他にも上級者向けのコースとかがあるんだって、今日私たちが行っているコースは、どちらかと言えば初心者おすすめ1時間弱で登れるらしい……


 七星山Qīxīngshānは海抜1120 Mで、台北の最高峰なんだって!山頂まで行くと天気が良い日は、雪山雪山Xuěshān山脈、台北市、金山Jīnshān海岸等が見えるらしい。今日は少し曇り空だったんだけど、暑すぎず程よい気候で登れたから良しとしよう。途中色んな小道をみんなで探検しながら登ったので、かなり時間がかかったのだが、とても楽しい1日だった。


 今度は、花目当てか温泉目当てでも楽しそうだなぁ~

 みんなも臺灣の自然満喫しに陽明Yángmíngshānへ訪れてみない?



 10月11日


 同じ交流会の先輩は筋肉つだそうです。

 「なんでそんなに元気なのよ」って聞かれましたが、体育で走ってるからなぁ後、林口から台北に行くのに家からバス停まで小走り(バスいつ来るか分からないから)だし、台北駅から善導寺まで時間があれば歩いてるし、うん運動してるからだとしか言えなかった。


 今日も今日とて授業は英語と中国語の挟み撃ちでよく分からないまま終わり、バイトの空き時間にひたすら英語を訳す作業をしていた。


(テスト本当にどうしよう)


 目下一番ヤバイ教科である。内容理解する前の言葉の壁ってすごく高いと改めて思い知らされた。



 10月12日



 相変わらず高速スピードで微積分を話す老師に、聞いても分からないのは1年の時に学習したので、とりあえず教科書の例題から順番に解くという事を繰り返す。分からなかった問題は、後で、もう一度やり直す。


(高校の微積分から勉強した方が理解できるのかなぁ)


 と若干思い始めたので、ノートに小さく「妹に聞く」と書いた。妹は理系科目専攻なので、習っているはずだと信じたい。妹に聞くの?って思ったそこのあなた!知ってる人には、素直に聞いた方が自分の為、年上だからとか要らん見栄を張るのはアカンよ!異世界なんて右も左も知らないことだらけ!小さなプライド守っても後から後悔するよりかは、知らないことは素直に聞く、逆に聞かれて分かることは答えるってやった方が、コミュニケーション取れるし一石二鳥じゃない?これ思ったの私だけかな?


 授業が終わり、林口に戻れば、洗濯や掃除が待っている。それを手早く済ませ、今週の授業の内容を整理する。ここ最近の私のルーティンだ。林口の方が、ネットを繋げていない分、恐ろしい数の通知を見ないで済むともいえよう。静かに集中できるので、とても良い環境だ。



 10月13日



 つい集中しすぎて、寝るのが遅くなったので、眠気がすごい――


(教会終わって軽く勉強したら今日は早めに休もう)


 そう思いながら結局お茶をしてから帰った。

 我ながらおやつとお茶で釣られているのもどうかと思うが、美味しいのだよ。あと皆が話してるのを静かに聞くのは楽しい。結局家に戻った後は、明日の準備をして、早々に寝たのだった。




 

 


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