1年 第1学期 10週目

 

「学校に行きたくない」


 朝起きて初めに思った事である。今日からあれが返ってくる……そうテストだ。

 昨日からずっと0点だったらどうしようかと気になり考えすぎて胃が痛いのである。


「欠点なのは確実なのよ。せめて1点は欲しい」


 言葉が出来ないからこそ、1点でも取れれば正直嬉しいのだ。

 日本にいたら絶対に思わなかっただろうと私は思う。

 正直言えば、異世界に来てから自分が小さな子供に戻った気分なのだ。

 どれだけ時間かけても何か1つ出来たらそれだけで宝物得た気分になる。


「大きくなると忘れちゃう感覚なんだろうな」


 初心に戻る(戻りすぎだけど)ってこんな感じなんだろう。


 それでもやっぱり気が乗らないので、のろのろと準備をして出かけた。


 結論から言おう――


(見事なまでに欠点だらけ……だけど0点じゃない!!)


 結構惜しいのもある。英語は中国に訳せとかが全滅だった。これに関しては、乾いた笑みが出たよ……


 会計学は、日本の簿記の問題でもある様に、使う言葉が堅苦しいというか、読解力が、必要なものがあったりするんだけど、中国語なので余計に意味が分からなかったから引っ掛け問題にまんまとやられたという。

 高校の時にこの点数いや私と一部の友人は、簿記関連は満点取らないと先生に殺されているので、今が高校出ないことを心底安堵した。(高校だったらギリ欠点じゃない点数かな)


 微積分はね……単純計算は出来てたけど応用が死んでいる。泣くしかない。


 民法とかの法律関連は、正直言ってたくさん書けなかったので、部分点で稼いでいるところが多かった。


 問題は、国語だった。

 老師Lǎoshīが答案用紙を返していくために名前を呼んでたんだけど、正直クラス全体の点数があまりよく無かったのか……私の名前を呼んだあと、私が教壇の前に歩いていくまでの間に爆弾発言(クラスメイト達にとっては)をした。


在期末Zài qímò考試kǎoshìzhōng如果rúguǒ你的nǐ de分數fēnshù比日本bǐ rìběn同學低tóngxué dī你有nǐ yǒu平時píngshí成績也chéngjī yě要擋你yào dǎngnǐ。【期末テスト、日本人のこの子より低い点数を取ったら平常点があっても落とすよ】」


 静まり返る教室――


(なるほど私がクラス内での最低点なのね)


 数秒後「え~」と叫ぶ声にブーイングの嵐と抗議の声が響く教室の中、私は答案用紙を受け取った。


(12点……まぁほぼ最後の問題しか書いてないしね~あれでもそれだとこの点数は……)


 中途半端な点数にさっと自分の答案用紙に目を通すと、なんと頑張って訳していた所に部分点があったのだ。

 私はとっさに老師Lǎoshīを見た。老師Lǎoshīは笑ってって言った。


我看到Wǒkàndào你在努力nǐzàinǔlì花時間Huāshíjiān沒關係méiguānxì繼續jìxù加油jiāyóu有不懂Yǒu bùdǒng的隨時de suíshí問我wèn wǒ【貴方が頑張っているのは見てわかるわ。ゆっくりでいいから頑張りなさい。分からないなら遠慮せずに声を掛けなさい】」


 お情けでくれた部分点だと思うけれど、私にとってはそれがエールに聞こえた。正直人生の中で過去最低点だろうが、私にとっては100点以上に印象深いものになった。


 私は一人感激していたが、教室内はそれどころではない……


天野Tiānyě不要bùyào唸書niànshū!【天野勉強するな!】」

你不要Nǐ bùyào認真rènzhēn也不要Yě bùyào做筆記zuò bǐjì!【真面目にならなくていいよ!ノートも取らなくていいよ!】」


 老師Lǎoshīとは別の意味での頑張るなコールが巻き起こる。


(国語というか古文苦手な人からすれば死刑宣告だもんね)


 ふと私は思った。老師Lǎoshīがわざわざこう言ったのも理由があるはずだ。全く勉強してない子や「国語だしいいや」って思ってる子が……なら私は、どうするべきか……少し考えてワイワイ言っているクラスメイトに向かって


我才不要Wǒcáibùyào!我想要Wǒxiǎngyào和大家hàndàjiā一起Yīqǐ畢業bìyè!所以我要Suǒyǐwǒyào念書niànshū如果Rúguǒ不想bùxiǎng被當bèi dàng的話dehuà你們也nǐmen yě 念書吧niànshū ba然後Ránhòu教我Jiào wǒ!【いやよ!私はみんなと卒業したいの!だから勉強するに決まってるでしょ。国語落とされたくないならみんなも勉強すればいいのよ。そして私に教えてね!】」


 満面の笑みで言ってやった。案の定「やめろ」「いやだ」の押し問答が始まり、老師Lǎoshīに至っては大笑いだ。

 私は清々しいままに吹っ切れた顔をしていたのだろう。

 タイ国の子たちも居るけれど、中国語レベルで言えば私より上。私はクラス内で言えば一番底辺にいるのだ。ここから落ちることはない。だから成績が落ちるプレッシャーなんぞ今の私にはない。元々勝負事とかそういったものに昔から興味がなく、やるべきことは最低限やるくらいの心意気で生きてきた私が、初めてこの言葉を口にした。


「ここは戦乱の世ね。一番下っ端がどこまで上がれるか。下剋上よ!下剋上!」


 私が意気揚々と日本語で下剋上と呟いていた為か……隣にいた。夢玲Mèng língに「怖いよ。何する気」と日本語で言われてしまい。「別に~それよりもテストどうだった?」思いっきり話をそらした。夢玲Mèng língは、「数字系全滅」と遠い目をして言った。本当に苦手だったのね……「一緒に頑張ろう」と互いに慰め合ったのだった。





 ***





 木曜日私は朝から出かける用意をしていた。木曜は授業がないので、夕方に臺北Táiběiに戻ればいいのだが、今日は1ヶ月コースの語学学校で友達になった子が、もう一度同じコースを受けに来たので、会いに行くのだ。


「忘れ物は無し、お土産も持った」


 私は家を出て、バス停まで歩いて行った。この道も慣れればどうってことないが、やっぱり家の近くにバス停が欲しい。


 私はバスに乗り込み。右側前から2列目通路側の席に座った。私の隣には、仕事で主任やってますって感じのお姉さんが座っていて、斜め前運転手の後ろの席に、お爺さんと外国人のお姉さん。前2列は、そんな感じで座っていて、3列目以降は、私と年の変わらない子や主婦とかが結構座っていた。


 林口Línkǒuから臺北Táiběiに向かうバスは高速道路を走るので、全員座らないといけないが、シートベルトの着用は個人の自由だった。この2間丁度真ん中に「高公局Gāogōngjú」って言うバス停があるんだけど、バス停に入るときは下り坂で、高速に戻るときは上り坂なんだけど、下りに差し掛かった時、何気なしに前の窓を見ると前に三台の車があった。


 すると突然――


Hēi在幹嘛zài gàn ma!【おい、何やって!】」


 焦った運転手の声と急ブレーキの音が聞こえた。


 スローモーションの様に自分たちの前にあるバスの後ろ側に書かれている「三重Sānchóng客運kèyùn」って文字が近づいてくる。


(ま、待って……これヤバイ)


 頭の中の警報が鳴っている。声も出てこない。ふと誰かに背中を押されたような気がした。もちろん後ろは椅子しかないのだが……

 私は着替えの入った大きめのカバンを膝に載せて座っていて、それを前方の座席に押し付け、そこに顔をぴったりとくっつけ、椅子についている手すりをがっしりと掴んだ。ほとんど無意識にその体制を取っていた。


 ここまでの時間わずか数秒――


 甲高いブレーキ音と激しい衝撃――


 何かが割れる音と叫び声――


 どれくらいで揺れが収まったのかよく分からなかった。静まり返る車内にそっと顔をあげると

 前方の窓ガラスは割れて車内に飛び散り、表にあるはずのバスの表示は内側にめり込んでいる。

 前にあったバスの背は、向こう側にへこんでいた。


 私と視界の隅に移った。前に座る二人組は目の前の光景にボー然としていた。


 先に動き出したのは運転手だった。一番前にいたのだが無傷らしい。服に着いたガラスを慎重に落としていた。


「貴方怪我無い?」と声を掛けてくれたのは私の隣に座っていたお姉さんだった。見たところ切り傷とかはないしぶつけた手足も普通に動く「大丈夫。お姉さんは?」と聞き返すとこちらも大丈夫との事。見たところ前の二人も無事みたいだ。


「うっ」とうめき声が聞こえ、後ろを振り向くとその惨状に声が出なかった。

 予期せぬ事故に対処できなかったので、強くぶつけたのか鼻血が止まらない人とかが沢山いた。


(こういう時ってどうすれば)


 そう考えていると、外の状況をひとまず確認していた運転手が、現状無傷っぽい私たち四人に「危ないから先に車を降りてくれ」的な事を言われて、もう一台のバスの運転手と思わしき人物が、警察とかに連絡しているのが見えた。


 私たちはバス停にある椅子に腰かけていると、さっき隣にいたお姉さんが問いかけてくる。


你是Nǐ shì外國wàiguó人吧rén ba聽得Tīng dédǒng中文嗎zhōngwénma?【貴方外国の子よね?中国語分かる?】」

我從Wǒ cóng日本來rìběn lái留學的liúxué de我聽得Wǒ tīngdédǒng一點點yīdiǎndiǎn【日本から留学しに来たの。少しならわかるよ】」


稍微Shāowéi等等děng děng我會跟Wǒ huì gēn司機談談sījī tán tán【少し待っててね。運転手さんと話ししてくるから】」


 暫くして、本当だったら全員もれなく病院に行くのだが、けが人があまりにも多い事とここが高速道路の中継地点の為、救急車が沢山入ることが、出来ない為重傷者から順番に病院へ搬送することになったこと。今無傷の私たちは、後続に来るバスに乗り換え、予定通りに臺北Táiběiに向かい、各自バス会社に連絡してくれてと言われたらしい。お姉さんはゆっくり私に説明した後、バスを待っている間に、バス会社に連絡したみたいで、私の名前と電話番号を一緒に伝えてくれた。


 後から来たバスに乗り込み、事故現場を後にする。座ったとたん急に実感したのか、手の震えが止まらなくなった。


(私生きてる)


 恐怖は後から来るとはこの事だろう。現場にいた時は頭の処理が追い付いていないのが事実だ。

 少ししてバスに乗り込んだ時、私の前の席に座った先ほどのお姉さんが、メモ用紙を渡してきた。


「ここに私の名前と電話番語が書いてあるからもし何かあれば連絡してね。バス会社から後日電話行くと思うから貴方が日本から来た子って言うのも伝えているから対応もゆっくりしてくれるわ。後もし知り合いの大人がいるなら今日の事、後で連絡しておきなさい。病院にも必ず行く事」


 という内容を私が理解できるように、ゆっくり丁寧に説明してくれた。彼女は私よりも先に降りるらしく、私は座ったまま頭を深々と下げて、「有難うございます」とお礼を言った。本当に親切な人だった。


 私はバスを降りた後、MRT【地下鉄】に、向かう前へに臺灣在学中の保護者であるお姉さんに電話した。


「和音?どうしたの?」


 聞こえてくる日本語に少し安堵する。


「あのね。驚かないで聞いて欲しいの」

「どうしたの?」

「乗ってたバスが事故に遭った」

「……和音ケガしてない?今どこにいるの?」

「今は圓山Yuán shānの駅の前、手とか足ぶつけたけど骨は折れてないと思う。隣にいたお姉さんが……」


 私は先ほどの出来事を説明すると、明日学校終わりに、迎えに行くから病院行くよって言われた。

 元々約束していた予定をキャンセルするわけにもいかず、友人と会い。お昼を一緒に食べた後、寮に戻る。

 夕方丁度今日の交流会は、教会でするので、女子寮の責任者のお姉さんに、事故があったことと湿布とか無いか聞いた。寮で確認したら痣が出来ていて少し痛むのだ。

 その後寮の子たちや交流会のメンバーが大騒ぎしてたけど……

 少しにぎやかな方が今の私には良かった。


 寮に戻ってパソコンを立ち上げる。


(一応家にも連絡しないと)


 心配かけたくはないがこればっかりは言わないと後々怒られる。

 普段この時間帯に電話をかけたりしないので、驚いていたが、事情を説明すると、本日何度目か分からない問いかけを聞いた。明日病院に行く旨を告げ、寝たのはいいが、夢の中で「三重Sānchóng客運kèyùn」の文字がスローモーションで近づいてくるのが見えて、飛び起きて「夢か」と呟くのを何度も繰り返した。フラッシュバック現象である。正直恐怖でしかない……


 翌日学校の後、病院へ行くと左手足の打ち身と診断された。今の所脳に異常はないが、念のため2、3日は安静にするようにと言われた。


 後日バス会社の人が、お詫びに林口へ来たので、2階の共有ロビーで付き添いのお姉さんと一緒に話を聞くと、事故の原因は、私たちのバスの2つ前のバスが急にバックをしたらしく、私たちの前にいたバスも自然とバックせざるを得ない。基本高速道路と同じ扱いなので、バックしてくることなんて念頭にない私たちが乗っていたバスの運転手は、坂道で2つ前のバスが死角に入り、前方の状況が分からず、減速とブレーキが間に合わなかったことが事故の原因らしい。


 私たちは前方4名はその中でほとんど奇跡に近い無傷だったらしい。


 後ろにいた子の中には、骨折や酷い子だと顔の半分が腫れあがっていたそうだ。


 それはそれこれはこれである。お姉さんはまぁまぁ怒っていた。見舞金で6000元渡されたが、下手したら死んでたかもしれないのに、少なすぎるとの事。向こうは向こうですごく謝っていた。臺灣のバス事故結構多いからね。改善できるように運転手を教育し直しなさいよってめっちゃ言ってた。

 私は静かに聞いてるだけだったけどね。


(命あればそれでよし。怪我した人たちが早く良くなればいいな)


 親切にしてくれたお姉さんには後日お礼の電話とバス会社と話しも出来たことを連絡したよ。

「事故があったけど、臺灣を嫌いにならないでね。勉強頑張って!またどこかでお会いしましょう!」って言われた。どこまでもお優しい方である。見習いたいね。


 それ以降私はバスに乗る時、シートベルトを絶対に着けるようになった。

 急ブレーキをかけられると結構身体が硬直するようになってしまった。体に染みついた恐怖ってやつよ。

 少し後の話だが、シートベルト着用をお願いする運転手のアナウンスが流れたりするようになった。



 皆もシートベルトはしっかり止めようね!

 運転する皆さんは安全運転を本当に心がけてください!



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