17.今なんと?②

 


「学園内に貴族主義以外の派閥は出来ているのか?」

「初等部ではそのような話は聞いておりません。中等部や高等部の普段の様子は流石に知りませんし……」


 カルミーユ自身は、中等部や高等部の教員らと関わりはあっても生徒とは寮内に居る人と挨拶を交わすか互いの研究について意見をもらう時に話すくらいだ。


「私も聞いていませんね。貴族主義を謳っている子達は、平民が、自身の成績より上だと「不正だ」と言って難癖をつけたりするのは多々ある事でしたが、最近で酷いもだと廊下ですれ違う際に道を譲らないだけで殴りかかる者がおりました……」


 余りにも横暴な振る舞いに、カルミーユを含め教員達が頭を抱えたのも記憶に新しい。話を聞いているダルマギクも眉を顰める。


「酷いな……その者は?」

「学院内でのそのような行為は禁止してますので、強制的に学院の隔離部屋へ――1ヶ月副校長による強制個人授業を受けさせました。反省し己を省みる事も学びの1つですし、まぁ2度目は退学だと伝えていますが……」


 学園を退学になると、滅多にない事など特に瞬く間に話が広がってしまう。退学=問題がある人と認識され、自身の将来を全て失うのに等しい。それを理解して、自身の行いを見つめ直す事を祈るしか無い。


「カルミーユよ」

「はい。陛下」


 シオンは告発の資料をもう片方の手で軽く叩きながら言った。


「脅しをかけて甘い蜜を吸う事も出来たのに何故しなかった?」


 カルミーユの心意を聞きたい――とその瞳が語っている。


「誘惑に負けて甘い蜜を1度でも吸えば、失う信用は一生分です。代価が大き過ぎますわ。商人と顧客は信用で成り立っています。また、国と民も信用で成り立っています。不透明な国や領主に、民が不安や疑念を抱けば誰も付いてこなくなり最後には国そのものが内部から崩れて行くのです。そしてそういった国から真っ先に手を引くのは商人達です。不安定な国に滞在していたというだけで、取り扱っている物は「本当に信用に足りるのか?」と買い手側が疑心を抱けば、商売が出来ず店が潰れてしまいますもの」


 カルミーユは一呼吸置き、真っ直ぐにシオンを見つめて言った。


「「人をその身分や身なりで測るな。その地に根ざし、人々の求める声を聞き、出来うる限りの力を使え、真に真心を持って人に接する事が商人に置いて重要なり、我ら一族は平民として商人として過ごして来た日々を忘れずに、貴族という新たな力を支えてくれた全ての人に惜しみなく出す事を忘れてはならぬ」爵位を得た際に先代が、後継に伝えた言葉です。私の祖父も母もその教えに従い、この国で暮らす人々の目線に立ち続けて来ました。私も先祖達や未熟な私を支えてくれている者たちに恥じぬ行いをしたいと思ったのです」

「そうか……これを告発しようと思ったのは何故だ?」

「一部の者が不当な方法で甘い蜜を吸っている一方で、税が増え、日々の生活が圧迫し飢えに苦しんでいる者もいるのです。陛下や皆様が終戦から今も復興に尽力している中、何故無くなっている筈のスラム街が増えているのでしょうか?既に根を広げているのなら負の連鎖は断ち切らぬ限り増え続けます。それを知り見て見ぬ振りをする事など出来ませんでした」


 シオンは少し考えるように目を閉じ、カルミーユを見て静かに言った。


「カルミーユ・フォンテーヌ。其方を囲わせて貰う。本日から我が影の一員とする」


 静まり返った部屋で真っ先に声を上げたのはカマドだった。


「陛下。彼女はまだ大人の庇護下に在るべき子供ですよ!」

「カマドよ。気持ちは、分かるがこれを読んでみろ」


 シオンとカマドのやり取りがやけに遠くに聞こえる。


 (陛下は今なんと……影ってあの影?実在していたのね。けれども何故私が?)


 王の影――その構成員や人数など全て不明でありその全容も誰も知らない。もしかしたらという噂が流れてるくらいで、影という存在が表に出てくる事は無い。


「陛下。発言宜しいでしょうか?」

「構わぬ」

「私は学園長が仰った通り、世間の目から見れば非力な子供です。武の才に恵まれているわけでもありません」

「「何故影に選ばれたのか?」と思っているのだな?カルミーユよ。国とは誰の物だと思う?」


 唐突な質問だが、カルミーユは考える間もなく答えた。


「国はその地に住む全ての人の物です。王1人では国は成り立ちません。民達だけでは法もなく統率も取れず、国が回りません。民達が居て王国を治める王がいる。王の統治が良ければ、民達が心穏やかに生活を営む事が出来る。そして民達がその営みの中で王を支え国を発展させていく。その2つが成り立ってこそ国が成り立つと思います。」

「その通りだ。だが、王1人では数多くいる民の声を全て聞く事は不可能だ」

「貴族は王と民の橋渡し役、国を発展させていく上で民の声を王に届け、王から預かった土地を発展させ民の生活基盤を作る役割もありますわよね?」


 貴族としての役割についてメアリーの家庭教師が説明していたのを聞いた事がある。当のメアリーは全て聞き流していたようだが……カルミーユはそれを聞いて祖父が書き記した手記や母が偶に話していた事がそこに繋がっているのだと理解したのだ。


「だが、中には自身の利益の為この様に虚偽の申告をし続ける者もいる。影は正しい声を拾い集め余に報告するのが主な仕事だ。近衛が表で守りとして武を磨いて動き、影が裏で頭脳を活かして守る役割を担っているのだ。そして余が判断を誤らない為の監視役でもある。影には幾つか条件があるが、1番大事なのは国の為、民達の為に考え動ける事だ」

「ですが、私も一当主として家を優先している者の1人ですわ」


 シオンはあくまでも当主としての義務を果たしたというカルミーユの発言に苦笑する。


「影にも様々な経歴の者達がいる。それに皆真に守りたい物は自ずと違うだろう。しかし、それも国という基盤が安定してこその事だ。その最善を見極める事の出来るものは意外と少ない。其方はこの国に生きる民達にとっての最善を考え告発した。だが、1度に一掃出来れば良いが、蜜のお溢れを貰っていた者達は、我先にと雲隠れするであろう。そして考えるのだ「我らの蜜を手折ったのは誰か?」貪欲な者ほど使う手段は酷いものだ」

「だから私を影として囲うのですか?」


 カルミーユを見るシオンの目には心配の色が浮かんでいる。


「告発した内容が内容だ。褒賞を与えなければならなくなる。だが、成人するまで仮初めの身分で過ごすには余りにも目立ってしまう。其方を隠すと考えると、影がやはり適任なのだ。カマドもそう思わんか?」

「そうですね。この内容だと、他にも釣れそうですし……」


 先刻のダルマギクと同じ発言をしたカマドは考え込むように資料を見ている。カルミーユはその様子を見て、ポツリと洩らす。


「……学園長も影なのですか?」


 カマドは静かに微笑む。それが肯定を示していた。


 (私が学園長に本来の身分を明かす事にあっさり許可が降りたのは影だったからなのね……)


 ざっくりと受けた影の説明では、王宮にいる影は数名で、影である事は王族とほんの一握りの王が許可を与えた者達しか知り得ぬ事らしい。普段はカマドのように表の身分で動いている。偏った情報に成らぬよう選別する為、最低2人で組んで動き、危険も伴うも事もあるので、片方は必ず武の心得があるものと組むらしい。学園には4人の影がいるとの事。


「もう1人。今は王都に居ないのだが、其方と同じ立場のような者がいるのだ」

「その方が私と組むのですか?」

「そうだ。歳も近く共に不足を補う意味合いも兼ねているが、置かれている環境で、早く大人になり過ぎている」

「簡単に言えば、同じ立ち位置にいれば互いに悩みを話したり、息を抜けるであろう?行き詰まれば我等を頼ればよい」


 シオンの言葉に重ねる様話したのはシランだ。シランは愉快そうな顔して、部屋の隅で未だ正座をさせられている3人を顎で示し


「大人でもこのようにして怒られているのだ。それに比べたらカルミーユは落ち着きすぎだ」

「そうでしょうか?」

「お主のいるSクラスは元々少し特殊だから当てにならんな。他の学友達を思い出してみよ。何も考えとらんからこのような戯言を平然と言うのだよ」


 カルミーユが書き留めた紙をヒラヒラとさせながら言ったシランは、書かれた内容に呆れた顔隠そうともしない。


「数年後に己の不用意な発言で、己自身の首を絞めたことに気づくのだからな……」

「シラン様。何年経っても気づかないが今も派閥を作っていますよ?」

「そういえば、そうだったなぁ」


 悪どい顔をしたシランとダルマギクが楽しそうに笑っている。正直に言えば巻き込まれたくない。胃を痛めるどころか穴があきそうだ。その証拠にシランの後ろに控えているレンギョウが遠い目をしている。


「カルミーユ君。あんな大人になったらダメだよ」


 溜め息を吐きながら言ったカマドにカルミーユは、苦笑しながら少し嗜めるように言った。


「学園長、聞こえますわよ?」

「聞こえるように言ってるんだ」

「宰相はお前を使うの好きだからなぁ」


 不満げな顔を隠さないカマドに、ローダンが笑いながら言った。近衛は基本、先程の非常事態は置いておき、壁に徹している筈なので、不思議に思って声のした方を振り返りよく見ると、ローダンがカマドの肩を抑えている。


「碌なことが無かったからね?」

「無駄に優秀なお前が悪い。この間の一件で文句があるのは分かるが、落ち着こうな陛下の御前だぞ〜」


 拳を握りしめ苦虫を噛み潰したような顔をして言うカマドを宥めるようにローダンが優しく諭すように話している。


 (他の近衛の方も苦笑しているわ。学園長がダル様に会いたく無いと言っていたのは――考えない方が良いような気がするわ。知らない方が良い事もあるものね)


「さて、センリョウ。先程から積み上げておるのはこの内容告発に関しての物か?」

「過去数年分の財務報告書になります。いっその事、此処で確認した方が早いかと思いまして」


 シオンは1つ頷き、センリョウから報告書の1つを受け取りながら言った。


「ルドベキア。その3人の事は後で奥方達にでも報告しておけ、こちらが先だ」

「はい陛下」


 (奥方に報告ってどういうことかしら?御三方の顔色が悪いのだけれど……)


 特にシュロに至ってはこの世の終わりを見たかのように真っ青である。


「ミーユ。カマド。探すのを手伝ってくれ終わらん」


 そんな3人の事など華麗にスルーしているダルマギクは物凄い速さでページを捲りながら積み上がっている紙の束を差し示した。


「……宰相殿。先程から私の生徒を何故愛称で?」

「友人になったのでな」

「カルミーユ君!?さっき何も無いって言ったよね?」


 カマドは顔を真っ青にして、カルミーユの肩を軽く揺さぶるが、カルミーユは力無く笑うしか無い。だが、ヤグルマギクと友人になった時より落ち着いて受け入れているのを自身でも感じているのだ。


 (ヤグル様は行動が読めないから心臓が幾つあっても足りないもの)


 平穏な学園生活を求めるカルミーユにとってヤグルマギクは嵐のようなものだ。人を巻き込むのが上手いとも言える。


「カルミーユ殿。私とも友人になりましょう。ルドと呼んでくださいな」

「私はレンと……そこのバカもケイで良い」


 始終シランの後ろで控えていたレンギョウがケイジュを示しながら言った。


「私の事はミーユとお呼び下さいな」

「カルミーユ殿。私達が当主を襲名したら友人となって頂けますでしょうか?」


 例えカルミーユが自身の子と変わらぬ歳であっても当主としてのカルミーユを立てるセンリョウ達に、カルミーユも笑顔で了承の意を答えた。

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