16.今なんと?①
陛下が待つ場所へダルマギクの案内で歩いていると向かい側から同じく案内されていた学園長は足早にカルミーユの隣に来ると声を顰めて名を呼んだ。
「カルミーユ君」
「何でしょう?」
「どうしてこの方と一緒にいるの?意地悪されてない?」
顔面蒼白な学園長にカルミーユは苦笑しつつ大丈夫だと告げた。
(お友達になりました。なんて言えない……)
「学園長は何をしてらしたのですか?」
「彼はローダン僕の友人でね。ずっと話をしていたんだ」
カルミーユ達の後ろを歩く近衛兵を見上げると、意味ありげに笑みを浮かべて言った。
「主に胃が痛い。行きたく無いなどの愚痴ですけどね」
「ちょっと何で言っちゃうかな?」
「学園でもずっと言っていましたわ」
「カルミーユ君!?」
声に出さず「やっぱり?」と顔で語ったローダンは「もっと威厳を保てよ」と助言にならない助言をしていた。
静かな廊下を暫く進み奥まった角の部屋に辿り着くとあろう事かダルマギクはそのまま扉を開け放った。
お目通りの許可無く扉を開け放たれ、唖然とダルマギクの背を見ていたからなのか呆れた声が聞こえる。
「ダル後ろが驚いているぞ」
「ん?すまない。時間の無駄だから
カルミーユ達もとりあえず素早く部屋に入り扉が閉まったのを確認すると学園長と共に挨拶をのべる。
「2人とも息災であったか?」
「「はい。陛下」」
「とりあえず掛けなさい」
学園長がカルミーユの座りやすい様に椅子を引いてくれるので礼を言って座る。
「カマド座らんのか?」
「胃が痛むので此処で控えさせて頂きます」
(学園長!?あれ?でも誰も何も言わないのはどうしてなのかしら?)
国王に勧められたのを断る事もその理由が「胃が痛む」のみ――何故か受け入れる空気が部屋に漂っている事にカルミーユは戸惑っていた。表情に出さなかっただけでも自身を褒めたいくらいだ。
(この部屋で、ただでさえ浮いてるのに……)
カルミーユは視線だけ静かに部屋を見渡す。部屋に居るのは――
国王 シオン・ソレイユ
前王 シラン・ソレイユ
王弟 スノード・ソレイユ (王位継承第二位)
宰相 ダルマギク・アルブル (アルブル伯爵家当主)
側近 レンギョウ・フラウ (フラウ公爵家当主)
側近 タルロ・フラウ
軍部総隊長 ケイジュ・ソル (ソル侯爵家当主)
副隊長 ヒイラギ・ソル
副隊長 シュロ・フドル
医務室長 ルドベキア・フドル (フドル公爵家当主)
財務部長 センリョウ・アルブル
そして壁際に控えている近衛騎士と学園長のカマドそしてカルミーユだ。
円を描くような配置で座っているのは王族と当主達で他は何故か皆後ろに控えている形だ。学園長もカルミーユの背後に控えているので、これではカルミーユのお付きのような立ち位置になってしまう。
(私も後ろに控えていたい……)
恨みがましく後ろのカマドを見れば「大丈夫」と言わんばかりの笑顔を向けられる。果たして何が大丈夫なのだというカルミーユの視線にもニコニコと笑って躱わすカマドに小さくため息をついた。
(カルミーユ落ち着くのよ。ここに居るのは、改革派そして大戦の時から国の為に尽力を尽くして来た人達だわ。それにしても最低限の人しか居ない。それに私達も秘密裏に呼ばれてるから表には出せない話をするってことよね?)
この国を支えているトップの人達が勢揃いした中で、カルミーユは何故自身が呼ばれたのかと思考を巡らせていたが、シオンの一言で呼ばれた理由を理解した。
「呼び立ててすまない。学園の内部事情を知りたくてな」
(ヤグル様はさておき殿下を含めここに居る方々のご子息は2・3年後には学園に通える……)
「学園内では、貴族間で始まっている派閥についての会話が徐々に増えております。また貴族主義の子達が教員の届かないところでかなり横柄な態度をとる事も……私としましては殿下方が通うのは避けた方が良いかと……」
カマドが答えるのを聞きながらカルミーユは今の学園の様子を思い浮かべ、このまま2・3年過ぎるとどうなるのかを考えていく。
(この1年を見ていても誰かが誰かを煽るように酷くなっている気がするもの……)
「カルミーユよ。そちもカマドと同じ意見か?」
「はい。派閥間の話で私が聞いたものだと、大抵が親が話していたのをそのまま話している印象を受けました。ですが、殿下方は良くも悪くも目立ってしまいます。貴族主義が自身の主張の為に殿下方を巻き込んでしまう可能性があると思われます」
「そんなに酷いのか?」
ダルマギクの問いに、カルミーユは小さく頷き言葉を続ける。
「平等と謳われる学園でもやはり平民と貴族の差は出ております。ヤグル様からお聞きになっていませんか?今学園内で彼が1番身分が高く、縁を繋ごうとする方達で溢れていますわ」
「ダルの孫より名目上、当主代理である貴女の方が身分が上なのにか?」
面白そうに問いかけてきたのは先王のシランだ。戦時、内紛が起こらぬよう早い段階で王位を退き、今も裏方として王を支えている。
「学園で当主代理が、当主不在時における役職であり、当主に次ぐ権限を持つ事を知っている方は一握りです。家名を重視される方が大多数ですわ。私は家名だけをみるとただの男爵家の者ですし」
「その意味すら分からんということは……教えておらんのか学ぶ気が無いのかどちらにせよ怠慢だな。ここに居る者の血縁者だとダルの孫と同じ状況になるもしくは貴族主義に餌を与えるような物か……」
シランの言葉にカルミーユはもし――という仮説を考える。
(殿下方が入学したらメアリーも飛びつくわよね?今はあの子が後輩だからと諌める事が出来てるけど……「私の方が先輩なのよ」ってあの子なら言うわ)
カルミーユは、メアリーが至る所で殿下たちに付き纏う様子が容易に想像出来てしまった。
(駄目よ!絶対にダメ。そんな事になったら不敬罪で処される。やっぱり学園に通われない方が安全よ(主に我が家が……))
カルミーユは一呼吸し、数枚の紙を差し出した。
「子息達の会話内容で真偽は分かりませぬが気にかかったものを少しばかり書き留めた物です」
「ミーユ」
「なんでしょうか?ダル様」
「先程、私に見せた物も全て出すといい」
カルミーユが愛称で呼ばれた事に「はいぃぃ?」と奇声が背後から聞こえたが、カルミーユは気にせず持ってきた物を全て出し、受け取りに来たタルロに渡した。
「これは?」
シオンの問いに答えたのはダルマギクだ。
「カルミーユ殿が、見つけた不正を告発したいと先程出された物です」
「まずは子息達の会話内容から確認しよう」
そう言ったはいいが、まさかの共に机を囲んでいたシラン以外全員が陛下の周りに集まり手元を覗く体制をとっている。
(学園でもこの様な光景を見たような――)
カルミーユが課題に取り組んでいる学園の生徒達と今目の前の光景を重ねていると、読んでいる大人達の表情が徐々に険しくなり、冷やりと背筋が凍るような寒気がした。
「御三方とも殺気をしまって下さい!」
カルミーユの頭を抱えるようにローブに押し付けつつ声を張り上げて言ったのはカマドだった。
(い、今のが殺気――心臓に氷の刃が刺さったようだわ)
「カマドは大丈夫か?」
「君が前に出てくれたからなんとか……久しぶりで驚いたけどね」
カルミーユがそっと伺いみると、カルミーユを庇ったカマドと陛下達を遮るように、ローダンを含めた護衛騎士が数名が立っていた。
「ケイジュ、ヒイラギ、シュロ」
シオンが静かな声で名を呼ぶとサッと3歩下がったが、まだピリピリとした空気を纏っている。
「カルミーユ殿。驚かせてすまないね」
ルドベキアがカルミーユの目線合わせて膝をついた。
「だい……」
(あれ?声が)
ルドベキアは、戸惑っているカルミーユの手をゆっくりと握る。
「目を閉じてゆっくり深呼吸しましょう」
幾度か深呼吸していると、止まったように感じていた心臓の鼓動が微かに感じる。
「ルドベキア様。もう大丈夫ですわ」
「僕は3人にお灸を据えておくね」
「あの……」
大丈夫だからと止めようとしたがルドベキアの有無を言わさない笑顔を見て何も言えなくなった。
「カルミーユ様どうぞこちらを――暖かい物を飲むと少しは落ち着くかと」
カルミーユが知る限り近衛の中で最年少。初めて会った時も物腰が柔らかく、よく文官と間違えられるので「こう見えて騎士なんです」と名乗ってくれた騎士が飲みやすい温度に調整されたお茶を差し出してくれる。
「有難うございます。レイス様」
「どうか私の事は、呼び捨てでお願いします。此度は隊長と副隊長が申し訳ございません」
レイスがカルミーユに頭を下げるや否や控えていた近衛騎士が一斉に頭を下げた。
「皆さん顔を上げてくださいな。私は大丈夫ですのでね?」
「カマド殿が直ぐに動いてくれたのでこの程度で済んだのです。隊長たちは規格外の方達です。殺気一つで他人を恐怖に陥れ操る事だって可能なのです。それを何も耐性のない人がいる場で出すものではありません。
事実カルミーユは声が出なかった。それは一瞬でも死という恐怖を感じたからだという。近衛の立場としている彼らにとって王の客人でここに居るカルミーユも護衛対象だ。後半の少し怒り口調で話していたレイスの顔が、先程のルドベキアと重なる。カルミーユはレイスをはじめ近衛騎士をぐるりと見回し言った。
「皆様の謝罪確かに受け取りました」
「「「有難う御座います」」」
「学園長も庇って下さって有難うございます」
「生徒を守れないなら長をやる資格ないからね。体調が悪くなったら言うんだよ?」
「はい」
部屋の隅っこでは3人が正座をし、ルドベキアに怒られている。
「子や孫の事で怒るのは分かるが、時と場を考えなさい。無関係のなんの耐性も持たない女性ましてや子供がいる場で殺気出すなんて非常識ですよ!」
「すまん」
「すみません」
「シュロ貴方もです。2人に同調するのではなく止めなくてどうするのですか?毎度感情で動き過ぎだと何度も言っているのに――もう少し感情を抑える訓練をいい加減にしなさい」
「……」
「シュロ」
「すみませんでした」
部屋の隅で大人が3人正座させられ怒られているのは、なんとも異様な光景なのだが、ルドベキアが諭すように懇々と話すたび、身体が小さくなって見えるのは果たして目の錯覚なのだろうか?いずれにせよ温厚な人は怒らせると駄目だということを間接的にカルミーユも学ぶのであった。
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